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紅の友 Ⅳ
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六花の母親は、彼女が小学四年生の時に家を飛び出した。
日本語のできない母親は、書置きを残していない。
六花が覚えているのは、母親が家を出る夜に、抱きしめられ、泣かれたたことだけだった。
それ以降、六花の家は悲惨だった。
生活保護を受けていたが、支給額のほとんどは父親の酒に消えた。
酒に酔うと、父親は六花に暴力を振るった。
どうしてそう思ったのかは、自分でも思い出せない。
六花は、父親の暴力に、泣いてはならないと考えていた。
母親の涙が、いつも頭に浮かんだ。
六花の容姿は、飛び抜けて美しかった。
しかし、子ども同士の間では、時にそれは妬みとなり、虐められる原因ともなった。
靴が隠される。
教科書やノートが破られ、捨てられる。
そういうことは悲しかったが、その時も六花は泣くことはダメだと思った。
ある時、学校の屋上の倉庫で、上級生の男子たちに裸になるように言われた。
何人かの同級生が、同じ目に遭っていることを聞いたことがあった。
六花は、いつも父親にやられていることを、男子たちにやった。
頬を張り、腹を蹴り、蹲った身体を蹴り続けた。
小学生には、六花が与えられた暴力を防ぐことは出来なかった。
六花は、男子たちに同級生に謝るように言った。
それは実行された。
その件から、同級生の女子に頼られるようになり、また次第に下級生や上級生からも助けを求められるようになった。
六花は助けた。
父親から受けた暴力が、六花を強くした。
六花を慕う者たちが、六花を助けるようになった。
満足に食事の出来ていなかった六花に、多くの女子たちが家に呼び、また給食を分け、時には小遣いで何かを与えた。
六花は深く感謝し、次第に絆が生まれていく。
そんな中で、特に六花を慕う女の子がいた。
紫苑。
病弱なその子は、よく学校を休み、それによってクラスから浮き上がっていた。
六花が虐められなくなると、紫苑に標的が移った。
それを六花が救った。
クラス全員の前で、紫苑を虐める者は自分が許さないと言った。
紫苑は、六花の大事な人間と認識され、彼女を虐める者は無くなり、クラスに受け入れられるようになった。
紫苑はよく、六花の傍にいた。
六花も、紫苑を言葉通りに大事にし、二人でいることも多くなった。
「ねえ、六花ちゃん」
「なーに?」
「六花ちゃんは大人になったら何になるの?」
「わかんないよ。だってうちはあんなだから、何かになりたいって思っても無理だよ」
「そう」
紫苑は悲しそうに俯いた。
六花は失敗したと思った。
紫苑を悲しませてしまった。
「紫苑ちゃんは何になりたいの?」
紫苑は少し笑顔になって言った。
「私はね、看護婦さんになりたいの」
「どうして?」
「いつも私に優しく大事にしてくれるの。私を励ましてくれるの」
「そうかぁー!」
「だからね、私も他の弱ってる人にそうしたいの。六花ちゃんと看護婦さんが好き。六花ちゃんにはなれないけど、看護婦さんなら頑張ればなれるもの」
「うん、頑張ってね。私も応援する!」
「ありがとう、六花ちゃん。私、頑張るね」
夏休み。
近所の林の中の、二人でよく行った場所。
中学生になり、六花はさらに多くの仲間を得た。
六花はアルバイトを始めた。
運送業の仕事だった。
親が運送業を営む同級生が、紹介してくれた。
よしこの親が経営するアパートに、月に5000円で入れてもらった。
隣町の不良と揉め事を起こしたよしこを、六花が救った。
それをよしこの親が感謝した。
タダでいいと言われたが、六花は申し訳ないと言い、結局その金額となった。
六花は時々家に帰った。
母親の匂いが残っている気がすると、タケやよしこたちに言っていた。
父親は自分を置いて出て行った六花を殴ったが、六花は抵抗しなかった。
父親に殴られても、痛くはなかった。
そして、成長と共に、六花は次第に殴られることが少なくなった。
六花は、母親に似た美しい女性へと変わり始めていた。
中学で六花は不良仲間とつるんでいた。
紫苑はその仲間にはならなかったが、六花の親友として同格の扱いを受けていた。
入院しがちだった紫苑を、派手な連中が見舞いに行く。
最初は驚いていた紫苑や周囲の人間も、六花たちが紫苑を大切に思っていることを知ると、歓迎されるようになった。
「六花ちゃん、今日も来てくれてありがとう」
「紫苑、今日は少し顔色がいいんじゃないか? なあみんな!」
「そうだよ、昨日よりもずっといいよ」
「もう治ったんじゃねぇか?」
単純で、それでいて自分を何とか元気付けようとする六花たちに、紫苑はいつも感謝した。
「ありがとう。なにか自分でも治った感じがする」
そう言うと、六花たちはいつもバカみたいに喜んだ。
中学三年生になり、六花たちはレディースの先輩たちと交流するようになった。
彼女らの気合の入った生き方が、六花たちの憧れとなった。
「六花! あたしらもレディースチームを作ろうよ!」
誰かが六花に持ちかけた。
その話はすぐに六花の仲間たちに広まり、六花を中心としたレディースが誕生した。
『紅六花』
最初は自分の名を冠したチーム名を辞めてくれと六花は言ったが、周囲の人間がそれを許さなかった。
六花への忠誠心は篤かったが、その件だけは全員が六花に従わなかった。
「だってそれ以外に無いですもん」
総長となった六花に、タケがそう言った。
全員が純白の特攻服で揃え、美しい赤の刺繍で「紅六花」と堅く厚く縫い込まれていた。
暴走族と最初は思われたが、六花たちは「走り屋」だった。
ある日、苗植えを終えたばかりの田に、軽トラが突っ込んだ。
夜中にそれを発見した六花たちは人力で軽トラを引き上げ、怪我をした運転手を病院へ運んだ。
そして被害に遭った家の田を、全員で修復した。
彼女らの純白の特攻服は泥に塗れた。
徐々に『紅六花』たちの評判が上がり、彼女らの集団での走りは、町の人々から一種のイベントのように捉えられた。
彼女らは率先して町の掃除をし、困っている人々に手を差し伸べた。
六花は高校へ進学しなかった。
アルバイトの運送会社でそのまま働いていた。
他のメンバーはみんな高校へ進学した。
六花の命令だった。
六花は仕事の傍ら、独りで紫苑を見舞うことが多くなった。
紫苑の症状は重かった。
先天性の心筋症で、心臓の筋肉の肥大が激しかった。
様々なブロック剤が試されたが、紫苑の症状を緩めることはなかった。
紫苑を見舞っても、寝ていることが多くなっていく。
六花は紫苑の手を握り、彼女の顔を見ていた。
ある時、久しぶりに紫苑が起きていた。
「六花ちゃん。また来てくれたんだ」
毎日来ているとは言わなかった。
「ああ、久しぶりだね」
「六花ちゃん、外に出たいな」
「え?」
「ほら、あの林の場所。あそこへ行ってみたい」
「ダメだよ、紫苑は寝てなきゃ良くならないよ」
「お願い」
紫苑が真剣な目で六花を見た。
六花には分かった。
紫苑はもうじき自分が死ぬことを知っている。
「分かった」
六花は紫苑を抱え、病院の外へ抜け出した。
バイクの後ろに乗せ、紫苑の身体と自分の身体をしっかりと紐で結んだ。
「掴まってろよ!」
夜の林の中は真っ暗だった。
そして、星が美しかった。
紫苑はあの時のように、倒木に紫苑を腰掛けさせる。
自分も隣に座った。
「ありがとう、六花ちゃん」
「ううん」
二人でしばらく星を眺めた。
「あのね、もうすぐね、私は死んじゃうんだ」
「そんなこと言うなよ! 紫苑は大丈夫だよ!」
「ダメ。もうダメなんだ」
「今日の紫苑は顔色がいいよ! だから絶対に大丈夫だって!」
「ありがとう、六花ちゃん」
二人は抱き合って泣いた。
病院へ戻ろうと、また後ろのシートに紫苑を乗せる。
「六花ちゃん」
「なんだよ」
「私ね、看護婦さんになりたかったな」
「なれるさ」
「うん」
病院では大騒ぎになっていた。
六花が紫苑を連れて戻ると、看護婦長に殴られた。
「あんたね! どういうつもりなんだよ!」
六花は久しぶりに痛みを感じた。
もっと殴って欲しいと思った。
紫苑は翌月に死んだ。
『紅六花』は、一晩中走った。
日本語のできない母親は、書置きを残していない。
六花が覚えているのは、母親が家を出る夜に、抱きしめられ、泣かれたたことだけだった。
それ以降、六花の家は悲惨だった。
生活保護を受けていたが、支給額のほとんどは父親の酒に消えた。
酒に酔うと、父親は六花に暴力を振るった。
どうしてそう思ったのかは、自分でも思い出せない。
六花は、父親の暴力に、泣いてはならないと考えていた。
母親の涙が、いつも頭に浮かんだ。
六花の容姿は、飛び抜けて美しかった。
しかし、子ども同士の間では、時にそれは妬みとなり、虐められる原因ともなった。
靴が隠される。
教科書やノートが破られ、捨てられる。
そういうことは悲しかったが、その時も六花は泣くことはダメだと思った。
ある時、学校の屋上の倉庫で、上級生の男子たちに裸になるように言われた。
何人かの同級生が、同じ目に遭っていることを聞いたことがあった。
六花は、いつも父親にやられていることを、男子たちにやった。
頬を張り、腹を蹴り、蹲った身体を蹴り続けた。
小学生には、六花が与えられた暴力を防ぐことは出来なかった。
六花は、男子たちに同級生に謝るように言った。
それは実行された。
その件から、同級生の女子に頼られるようになり、また次第に下級生や上級生からも助けを求められるようになった。
六花は助けた。
父親から受けた暴力が、六花を強くした。
六花を慕う者たちが、六花を助けるようになった。
満足に食事の出来ていなかった六花に、多くの女子たちが家に呼び、また給食を分け、時には小遣いで何かを与えた。
六花は深く感謝し、次第に絆が生まれていく。
そんな中で、特に六花を慕う女の子がいた。
紫苑。
病弱なその子は、よく学校を休み、それによってクラスから浮き上がっていた。
六花が虐められなくなると、紫苑に標的が移った。
それを六花が救った。
クラス全員の前で、紫苑を虐める者は自分が許さないと言った。
紫苑は、六花の大事な人間と認識され、彼女を虐める者は無くなり、クラスに受け入れられるようになった。
紫苑はよく、六花の傍にいた。
六花も、紫苑を言葉通りに大事にし、二人でいることも多くなった。
「ねえ、六花ちゃん」
「なーに?」
「六花ちゃんは大人になったら何になるの?」
「わかんないよ。だってうちはあんなだから、何かになりたいって思っても無理だよ」
「そう」
紫苑は悲しそうに俯いた。
六花は失敗したと思った。
紫苑を悲しませてしまった。
「紫苑ちゃんは何になりたいの?」
紫苑は少し笑顔になって言った。
「私はね、看護婦さんになりたいの」
「どうして?」
「いつも私に優しく大事にしてくれるの。私を励ましてくれるの」
「そうかぁー!」
「だからね、私も他の弱ってる人にそうしたいの。六花ちゃんと看護婦さんが好き。六花ちゃんにはなれないけど、看護婦さんなら頑張ればなれるもの」
「うん、頑張ってね。私も応援する!」
「ありがとう、六花ちゃん。私、頑張るね」
夏休み。
近所の林の中の、二人でよく行った場所。
中学生になり、六花はさらに多くの仲間を得た。
六花はアルバイトを始めた。
運送業の仕事だった。
親が運送業を営む同級生が、紹介してくれた。
よしこの親が経営するアパートに、月に5000円で入れてもらった。
隣町の不良と揉め事を起こしたよしこを、六花が救った。
それをよしこの親が感謝した。
タダでいいと言われたが、六花は申し訳ないと言い、結局その金額となった。
六花は時々家に帰った。
母親の匂いが残っている気がすると、タケやよしこたちに言っていた。
父親は自分を置いて出て行った六花を殴ったが、六花は抵抗しなかった。
父親に殴られても、痛くはなかった。
そして、成長と共に、六花は次第に殴られることが少なくなった。
六花は、母親に似た美しい女性へと変わり始めていた。
中学で六花は不良仲間とつるんでいた。
紫苑はその仲間にはならなかったが、六花の親友として同格の扱いを受けていた。
入院しがちだった紫苑を、派手な連中が見舞いに行く。
最初は驚いていた紫苑や周囲の人間も、六花たちが紫苑を大切に思っていることを知ると、歓迎されるようになった。
「六花ちゃん、今日も来てくれてありがとう」
「紫苑、今日は少し顔色がいいんじゃないか? なあみんな!」
「そうだよ、昨日よりもずっといいよ」
「もう治ったんじゃねぇか?」
単純で、それでいて自分を何とか元気付けようとする六花たちに、紫苑はいつも感謝した。
「ありがとう。なにか自分でも治った感じがする」
そう言うと、六花たちはいつもバカみたいに喜んだ。
中学三年生になり、六花たちはレディースの先輩たちと交流するようになった。
彼女らの気合の入った生き方が、六花たちの憧れとなった。
「六花! あたしらもレディースチームを作ろうよ!」
誰かが六花に持ちかけた。
その話はすぐに六花の仲間たちに広まり、六花を中心としたレディースが誕生した。
『紅六花』
最初は自分の名を冠したチーム名を辞めてくれと六花は言ったが、周囲の人間がそれを許さなかった。
六花への忠誠心は篤かったが、その件だけは全員が六花に従わなかった。
「だってそれ以外に無いですもん」
総長となった六花に、タケがそう言った。
全員が純白の特攻服で揃え、美しい赤の刺繍で「紅六花」と堅く厚く縫い込まれていた。
暴走族と最初は思われたが、六花たちは「走り屋」だった。
ある日、苗植えを終えたばかりの田に、軽トラが突っ込んだ。
夜中にそれを発見した六花たちは人力で軽トラを引き上げ、怪我をした運転手を病院へ運んだ。
そして被害に遭った家の田を、全員で修復した。
彼女らの純白の特攻服は泥に塗れた。
徐々に『紅六花』たちの評判が上がり、彼女らの集団での走りは、町の人々から一種のイベントのように捉えられた。
彼女らは率先して町の掃除をし、困っている人々に手を差し伸べた。
六花は高校へ進学しなかった。
アルバイトの運送会社でそのまま働いていた。
他のメンバーはみんな高校へ進学した。
六花の命令だった。
六花は仕事の傍ら、独りで紫苑を見舞うことが多くなった。
紫苑の症状は重かった。
先天性の心筋症で、心臓の筋肉の肥大が激しかった。
様々なブロック剤が試されたが、紫苑の症状を緩めることはなかった。
紫苑を見舞っても、寝ていることが多くなっていく。
六花は紫苑の手を握り、彼女の顔を見ていた。
ある時、久しぶりに紫苑が起きていた。
「六花ちゃん。また来てくれたんだ」
毎日来ているとは言わなかった。
「ああ、久しぶりだね」
「六花ちゃん、外に出たいな」
「え?」
「ほら、あの林の場所。あそこへ行ってみたい」
「ダメだよ、紫苑は寝てなきゃ良くならないよ」
「お願い」
紫苑が真剣な目で六花を見た。
六花には分かった。
紫苑はもうじき自分が死ぬことを知っている。
「分かった」
六花は紫苑を抱え、病院の外へ抜け出した。
バイクの後ろに乗せ、紫苑の身体と自分の身体をしっかりと紐で結んだ。
「掴まってろよ!」
夜の林の中は真っ暗だった。
そして、星が美しかった。
紫苑はあの時のように、倒木に紫苑を腰掛けさせる。
自分も隣に座った。
「ありがとう、六花ちゃん」
「ううん」
二人でしばらく星を眺めた。
「あのね、もうすぐね、私は死んじゃうんだ」
「そんなこと言うなよ! 紫苑は大丈夫だよ!」
「ダメ。もうダメなんだ」
「今日の紫苑は顔色がいいよ! だから絶対に大丈夫だって!」
「ありがとう、六花ちゃん」
二人は抱き合って泣いた。
病院へ戻ろうと、また後ろのシートに紫苑を乗せる。
「六花ちゃん」
「なんだよ」
「私ね、看護婦さんになりたかったな」
「なれるさ」
「うん」
病院では大騒ぎになっていた。
六花が紫苑を連れて戻ると、看護婦長に殴られた。
「あんたね! どういうつもりなんだよ!」
六花は久しぶりに痛みを感じた。
もっと殴って欲しいと思った。
紫苑は翌月に死んだ。
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