上 下
200 / 2,840

別荘の日々 Ⅸ

しおりを挟む
 朝、響子がティッシュで俺の顔を拭いていた。

 「タカトラ、起きた?」
 「ああ、何してるんだ?」

 「タカトラが泣いてた」


 「そうか、ありがとうな」
 「どうしたの?」

 「ちょっと怖い夢を見てたのかな」
 「うそ。タカトラは怖いものなんてないじゃない」

 「そんなわけないだろう」
 「じゃあ、どんな夢だったの?」
 「響子が俺の顔の上でウンコしてた」

 額をはたかれる。
 俺たちはそのまま、ベッドでじゃれ合った。




 ノックされ、六花が入ってきた。
 バジャマのままだ。

 「響子の具合はいかがですか?」
 「ああ、調子いいよ。さっきはたかれた」
 響子が俺の胸を叩いてくる。

 「良かった」
 六花は嬉しそうに笑った。
 長距離のドライブを心配していたのだろう。




 立ち上がった俺に近づいて小声で言う。
 「なんで夕べは来てくれなかったんですか」

 優しい女だと思ったことを後悔した。






 朝食で、響子は納豆に挑戦した。

 「タカトラのヨメとして!」

 鼻をつまんでスプーンで二粒口に入れた。

 顔を歪ませて咀嚼し、呑み込む。

 「あ」


 響子は続けて納豆とご飯を同時に食べてみる。

 「おいしい!」

 みんなが拍手した。
 双子が自分たちの最高の組み合わせを教え、響子が試す。

 「うん、確かに美味しい」

 にぎやかな食事になった。





 響子は六花と一緒にアニメを見ている。
 『風の谷のナウシカ』だ。

 食事の片づけを終え、子どもたちは勉強を始めた。
 本当に習慣というのは素晴らしい。
 「勉強は辛いものではない」という日常さえ獲得すれば、どんどん進む。


 俺はコーヒーを飲みながら、論文を読む。


 しばらくして画面を見ると、丁度「巨神兵」が動き出していた。
 俺はそっと二人の後ろに近づく。
 子どもたちが俺を見ている。

 巨神兵が薙ぎ払った瞬間、俺は六花の頭を掴んだ。

 「ヒャイッ!」
 ヘンな声を挙げやがった。
 響子もその声にビクッとする。

 「もう! 六花をいじめちゃダメ!」
 俺はそのまま髪をワシワシしてやる。

 「六花! タカトラはね、顔の上でウンコすると泣くのよ」
 「!」



 「ねぇ、六花……六花! 鼻血でてるよ」

 こいつはホントに。




 

 六花は鼻にティッシュを詰めたまま、響子と一緒に俺の話を聞く。

 「この映画の中で、「腐海」って出てきたろ?」
 「うん」

 「世界を破滅に導くと同時に、実は世界を救っている、というな」
 「うん」

 「菌というのは、そういうものなんだよ。人間にとって病気をもたらすものであり、同時に世界の根底を支えている」
 「うん」



 「食べ物って腐るじゃない」
 「うん」

 「あれは、菌が繁殖してそうなるわけだ。じゃあ、もしも菌がいなかったらどうなると思う?」
 「いつまでも腐らない?」
 「その通りだ」



 いつの間にか勉強の手を止め、子どもたちが集まっている。

 「菌が分解してくれないと、生物はそのまま残る。そうすると、世界は死骸ばかりになってしまう」
 
 「実は菌が分解した死骸は、また植物の栄養になっていくんだ。その植物を草食動物が食べ、草食動物を肉食動物や人間なんかが食べる。うちの子らは食べ過ぎだけどな」
 みんなが笑う。

 「そうやって、生命は菌によって生かされていくんだな」
 「それが世界の根底を支えている、という意味ですか?」
 「そうだ、亜紀ちゃん!」




 「最近の研究では、人間の90%は菌だという報告もある。人間の細胞の他に、それ以上の多くの菌が体内にいて、身体の運転をしているんだな」
 「「「「へぇー」」」」

 「特に腸内細菌だ。食事のほとんどは、人間の消化液とか酵素じゃなくて、腸内細菌がやってるんだよ」
 

 「実際には腸内細菌にもいろんな種類があって、それぞれに担当が違う。そのバランスを崩すと、下痢とか反対に便秘になったりする。ハーのおならが臭いのは、そのせいだな」
 「くさくないもん!」

 「それと、人間の食文化にも、菌は重要な役割を果たしているんだ」
 「どういうことでしょうか」
 亜紀ちゃん。



 「世界の民族で、お酒を作らなかった民族はいないんだ」
 「「「「へぇー!」」」」
 
 「実は、お酒を造らなかった民族は、みんな滅んだ、ということなんだけどな」
 「「「「えぇー!」」」」

 「お酒は菌の発酵でできる。要は、人間は発酵食品を食べなければならない、ということなんだ」

 「さっき、響子は納豆を食べた。あれも発酵食品だな。大豆が菌で分解されたものだ」
 「そうだったの!」
 響子が嬉しそうに言う。



 「大豆って堅い豆なんだよ。それが菌の力で柔らかくなり、美味しくもなる」
 「うん、美味しかった!」

 「でもな、腐ったものって臭いじゃない。だから発酵食品も独特な臭いがあるものが多いんだよ」
 「あ、納豆くさかった!」

 「な。民族の文化だから、その民族にとっては美味しそうな匂いにもなっている。でも他の民族にとっては「お前らバカじゃないの?」っていうほど臭いものなんだ」
 子どもたちが笑う。



 「一番臭い発酵食品は、北欧の「シュールストレミング」だと言われている。「臭いの爆弾」とも呼ばれるものだ。今度食べてみような、皇紀!」
 「ええ、なんで僕!」

 「ハーはやめておこうな」
 「くさくないもん!」
 みんなが笑った。




 俺は響子を抱えて、俺の部屋のベッドで本を読んでやる。
 しばらくすると、ウトウトとし出したので、そのまま眠らせた。


 六花が部屋に入ってきた。

 「石神先生、ちょっとお疲れなのではないですか?」
 俺はギョッとした。
 そんな素振りを見せてないと思っていたのに。


 「ちょっとマッサージをいたしましょうか?」
 「六花、お前よく俺の」

 六花はでかいマッサージ器を持っていた。

 「お前……」

 「その後で、私にも是非マッサージを」





 


 「出て行け」
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました

深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

処理中です...