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Anti-proton、それは終末の響き。
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響子の部屋に行く。
「タカトラー!」
響子はすぐに俺に気付く。
前に聞いたら、足音で分かるそうだ。
俺の靴はすべて革底だから、床に響く。
ゴム底だと、そうはいかない。
まあ、響子に言わせると、そういう問題ではないそうだが。
響子は六花と一緒にタブレットを見ていた。
やはり、アレか。
「また話題になってますね」
六花が言う。
やはりそうか。
「響子は動画を何十回も見てます」
「花火のやつか?」
「それがメインですけど、後から他の動画もアップされてますね」
「どんなのだ?」
「フェラーリに乗ってるものとか、ニーチェの話をしてるものとか。他にも幾つかありますね」
後から、とはどういうことか?
六花が説明してくれた。
「多分ですが、「フェラーリ・ダンディ」と気付いたんじゃないでしょうか。それで他の動画も後から追加したのではないかと」
なるほどね。
「タカトラ、楽しそうよね!」
響子は明るく笑って言う。
「そうかよ」
「うん、タカトラのダンス、最高!」
ちょっと空手の型とか交えたからなぁ。
「今度、一緒に花火をしような」
「うん!」
響子に浴衣でも着せてやるか。
「あの、石神先生」
「あんだよ」
「ホンワカしてる場合じゃないような」
現実に戻された。
俺は一江を呼び、ネットでどんな騒ぎになっているのか聞いてみた。
「もう拡散しまくりで、カッコイイだの、会いたいだの、お話を聞いてみたいだの。人生相談をしたいって人も多いですね」
「勘弁してくれ」
「動画の編集版は海外のサイトでも出回ってますよ」
「あんでだよ」
「フェラーリに乗った金持ちそうなイケメンの男が、子どもにニーチェを語ってるんですから。世界中でも珍しいですよ」
「お前も語れよ」
「私は凡庸な顔ですから!」
何人か、フェラーリをプレゼントするか?
そいつらにニーチェを語らせれば。
ちょっと焦ってるかもしれない。
俺は御堂に電話した。
「ああ、こないだは柳がお世話になったね」
「まあ、こっちも楽しかったよ。子どもたちも、柳を大好きになったな」
「そう、それは良かった」
しばらく話して、俺は本題を切り出した。
皇紀とドライブに行き、前回と今回でネットで騒がれていることを話す。
「それは大変だけど、まったく石神らしいよね」
「いや、本当に困ってるんだよ。何か案はねぇかな」
「うーん、考えては見るけど、僕もそういうのはあんまり詳しくないしなぁ」
「そうだよな。ああ、気にしないでくれ。こっちも実害があるわけじゃないしな」
俺はハモンセラーノを送る話をし、原木のカットは御堂にやって欲しいと頼んだ。
礼を言われ、また卵を送ると言われてしまった。
その日の夕方、柳から電話が来た。
「おう、元気でやってるか!」
柳は三日間の礼を改めて言い、ネットの話をしてきた。
「石神さんって、あんまりSNSとかやらないんですか?」
「ああ、さっぱりだな。動画サイトを見ることもねぇ。基本的にスマホは電話だけだし、PCも仕事で使うことしかないな。メールもその範囲で、全然分からないんだよ」
柳は俺にいろいろと説明してくれ、サイトに申請するとか、火消しの専門家もいるということを教えてくれる。
本当に助かった。
「でも、もうダウンロードしてる人も一杯いるでしょうし、なかなか難しいかもしれません」
「いや、本当に助かったよ。俺の周囲でそういうのに詳しい奴がいなくてなぁ」
「お役に立てたのなら良かったです。父から話を聞きましたが、父も基本的に石神さんと同じですから」
「柳は話を聞いて、すぐに電話してくれたんだな。ありがとう」
「いえいえ。何かあったら、また連絡してください。私もそうします」
「うん、本当にありがとう」
柳にお礼に何か送ろう。
俺はもう一度一江を呼び、柳に教えてもらったことを伝える。
「お前、ちょっとネットなんかに詳しかったよな?」
「ええ、まあ」
「今の話で、ちょっと調べてくれよ」
「はあ、もう知ってますけど」
「?」
「部長って、スマホ音痴じゃないですか」
「ああ、まあな」
「スマホ持ってて電話しか使わないって、ちょっといませんよ?」
「そうなのか?」
「そうですよ。だったら安いガラケーでいいじゃないですか」
「うん、そうだよな」
一江にこき下ろされる。
「じゃあ、私にお任せください」
「ああ、頼むよ」
「でも、お前さ。知ってたなら教えてくれよ」
「甘えてもらっては困りますね」
「うん、それもそうだけど」
「自分で撒いた種なんですからね!」
「はい、ごめんなさい」
素直でよろしい、とか言って一江は自分の席に戻った。
ここぞとばかりに偉そうで頭にきたが、まあ世話になるんだから、と自分を戒めた。
その夜、栞を誘って「ざくろ」で食事をする。
今回のネットの話を栞にもしようと思ったのだ。
まったく、一江の言うとおり、俺はネットのことを全然知らない。興味がない。
栞なら、もっと普通の常識で俺に教えてくれるかもしれない。
俺たちはすき焼きを食べながら、話し合った。
「確かに陽子の言うように、石神くんの隙だらけのこともあるけど」
「面目ない」
「今のご時勢じゃ、本当に怖いんだから。誰でもネットにアップできる時代なんだから、もうちょっと注意した方がいいと思うよ」
「ああ、今後はそうします」
最高級の牛肉が、秘伝のタレでまた駆け上がるように美味い。
俺は栞にワインのような爽やかな味わいの日本酒を勧め、一緒に味わった。
「でもさ、なんかヘンなんだよね」
「なにが?」
「私も陽子に教えてもらって見たんだけど、ちょっと拡散のスピードが速いというか」
「そういうもんですか?」
「うん」
栞の説明では、アップされた翌日には、複数のサイトに拡がり、さらには各サイトの有名な人たちに接触され、もの凄い早さで広まったそうだ。
「それでね。同じ人がそれをやってるみたいで」
「へぇ」
《proton115》
それがネットで拡散している人物の名前らしい。
確かに栞が示す各サイトに、最初にその人物が挙げている。
「あ、陽子からメールだ!」
ちょっとゴメンと言い、栞はメールを確認した。
「何かあったんですか?」
「ううん。えーとね、どうしようかな」
「別に問題があったんじゃなければいいですから」
「問題じゃないんだけど。あのね、「今夜も頑張って!」、だって」
栞は顔を赤くする。
酔いのせいではない。
「あいつ、まったく下らないことを」
「そーだよね! しょっちゅうやってるわけじゃないもんね!」
いや、そんな話では。
「ちょっと、俺が怒ってるって返信してください」
「え、でも」
栞はそう言いながらも一応返信画面を開く。
「あ」
栞が呆気にとられた顔をする。
「石神くん……」
俺にスマホの画面を見せた。
一江のアドレスを見ろと示す。
《proton115@×××.co.jp》
「プロトンって、「陽子」のことですよね」
「そうよね」
俺たちは一江のマンションを急襲し、マンション内のドアというドアをすべて破壊し、家中のPCとスマホを踏み潰した。
栞は腕組みをして一江を見張っている。
「一江! 助けに来たぞ!」
飛び込んで来た大森は、俺の姿を見て硬直する。
「お前! 来たのが部長だって、最初に言え!」
大森の部屋でも、すべてのPCとスマホを潰された。
「タカトラー!」
響子はすぐに俺に気付く。
前に聞いたら、足音で分かるそうだ。
俺の靴はすべて革底だから、床に響く。
ゴム底だと、そうはいかない。
まあ、響子に言わせると、そういう問題ではないそうだが。
響子は六花と一緒にタブレットを見ていた。
やはり、アレか。
「また話題になってますね」
六花が言う。
やはりそうか。
「響子は動画を何十回も見てます」
「花火のやつか?」
「それがメインですけど、後から他の動画もアップされてますね」
「どんなのだ?」
「フェラーリに乗ってるものとか、ニーチェの話をしてるものとか。他にも幾つかありますね」
後から、とはどういうことか?
六花が説明してくれた。
「多分ですが、「フェラーリ・ダンディ」と気付いたんじゃないでしょうか。それで他の動画も後から追加したのではないかと」
なるほどね。
「タカトラ、楽しそうよね!」
響子は明るく笑って言う。
「そうかよ」
「うん、タカトラのダンス、最高!」
ちょっと空手の型とか交えたからなぁ。
「今度、一緒に花火をしような」
「うん!」
響子に浴衣でも着せてやるか。
「あの、石神先生」
「あんだよ」
「ホンワカしてる場合じゃないような」
現実に戻された。
俺は一江を呼び、ネットでどんな騒ぎになっているのか聞いてみた。
「もう拡散しまくりで、カッコイイだの、会いたいだの、お話を聞いてみたいだの。人生相談をしたいって人も多いですね」
「勘弁してくれ」
「動画の編集版は海外のサイトでも出回ってますよ」
「あんでだよ」
「フェラーリに乗った金持ちそうなイケメンの男が、子どもにニーチェを語ってるんですから。世界中でも珍しいですよ」
「お前も語れよ」
「私は凡庸な顔ですから!」
何人か、フェラーリをプレゼントするか?
そいつらにニーチェを語らせれば。
ちょっと焦ってるかもしれない。
俺は御堂に電話した。
「ああ、こないだは柳がお世話になったね」
「まあ、こっちも楽しかったよ。子どもたちも、柳を大好きになったな」
「そう、それは良かった」
しばらく話して、俺は本題を切り出した。
皇紀とドライブに行き、前回と今回でネットで騒がれていることを話す。
「それは大変だけど、まったく石神らしいよね」
「いや、本当に困ってるんだよ。何か案はねぇかな」
「うーん、考えては見るけど、僕もそういうのはあんまり詳しくないしなぁ」
「そうだよな。ああ、気にしないでくれ。こっちも実害があるわけじゃないしな」
俺はハモンセラーノを送る話をし、原木のカットは御堂にやって欲しいと頼んだ。
礼を言われ、また卵を送ると言われてしまった。
その日の夕方、柳から電話が来た。
「おう、元気でやってるか!」
柳は三日間の礼を改めて言い、ネットの話をしてきた。
「石神さんって、あんまりSNSとかやらないんですか?」
「ああ、さっぱりだな。動画サイトを見ることもねぇ。基本的にスマホは電話だけだし、PCも仕事で使うことしかないな。メールもその範囲で、全然分からないんだよ」
柳は俺にいろいろと説明してくれ、サイトに申請するとか、火消しの専門家もいるということを教えてくれる。
本当に助かった。
「でも、もうダウンロードしてる人も一杯いるでしょうし、なかなか難しいかもしれません」
「いや、本当に助かったよ。俺の周囲でそういうのに詳しい奴がいなくてなぁ」
「お役に立てたのなら良かったです。父から話を聞きましたが、父も基本的に石神さんと同じですから」
「柳は話を聞いて、すぐに電話してくれたんだな。ありがとう」
「いえいえ。何かあったら、また連絡してください。私もそうします」
「うん、本当にありがとう」
柳にお礼に何か送ろう。
俺はもう一度一江を呼び、柳に教えてもらったことを伝える。
「お前、ちょっとネットなんかに詳しかったよな?」
「ええ、まあ」
「今の話で、ちょっと調べてくれよ」
「はあ、もう知ってますけど」
「?」
「部長って、スマホ音痴じゃないですか」
「ああ、まあな」
「スマホ持ってて電話しか使わないって、ちょっといませんよ?」
「そうなのか?」
「そうですよ。だったら安いガラケーでいいじゃないですか」
「うん、そうだよな」
一江にこき下ろされる。
「じゃあ、私にお任せください」
「ああ、頼むよ」
「でも、お前さ。知ってたなら教えてくれよ」
「甘えてもらっては困りますね」
「うん、それもそうだけど」
「自分で撒いた種なんですからね!」
「はい、ごめんなさい」
素直でよろしい、とか言って一江は自分の席に戻った。
ここぞとばかりに偉そうで頭にきたが、まあ世話になるんだから、と自分を戒めた。
その夜、栞を誘って「ざくろ」で食事をする。
今回のネットの話を栞にもしようと思ったのだ。
まったく、一江の言うとおり、俺はネットのことを全然知らない。興味がない。
栞なら、もっと普通の常識で俺に教えてくれるかもしれない。
俺たちはすき焼きを食べながら、話し合った。
「確かに陽子の言うように、石神くんの隙だらけのこともあるけど」
「面目ない」
「今のご時勢じゃ、本当に怖いんだから。誰でもネットにアップできる時代なんだから、もうちょっと注意した方がいいと思うよ」
「ああ、今後はそうします」
最高級の牛肉が、秘伝のタレでまた駆け上がるように美味い。
俺は栞にワインのような爽やかな味わいの日本酒を勧め、一緒に味わった。
「でもさ、なんかヘンなんだよね」
「なにが?」
「私も陽子に教えてもらって見たんだけど、ちょっと拡散のスピードが速いというか」
「そういうもんですか?」
「うん」
栞の説明では、アップされた翌日には、複数のサイトに拡がり、さらには各サイトの有名な人たちに接触され、もの凄い早さで広まったそうだ。
「それでね。同じ人がそれをやってるみたいで」
「へぇ」
《proton115》
それがネットで拡散している人物の名前らしい。
確かに栞が示す各サイトに、最初にその人物が挙げている。
「あ、陽子からメールだ!」
ちょっとゴメンと言い、栞はメールを確認した。
「何かあったんですか?」
「ううん。えーとね、どうしようかな」
「別に問題があったんじゃなければいいですから」
「問題じゃないんだけど。あのね、「今夜も頑張って!」、だって」
栞は顔を赤くする。
酔いのせいではない。
「あいつ、まったく下らないことを」
「そーだよね! しょっちゅうやってるわけじゃないもんね!」
いや、そんな話では。
「ちょっと、俺が怒ってるって返信してください」
「え、でも」
栞はそう言いながらも一応返信画面を開く。
「あ」
栞が呆気にとられた顔をする。
「石神くん……」
俺にスマホの画面を見せた。
一江のアドレスを見ろと示す。
《proton115@×××.co.jp》
「プロトンって、「陽子」のことですよね」
「そうよね」
俺たちは一江のマンションを急襲し、マンション内のドアというドアをすべて破壊し、家中のPCとスマホを踏み潰した。
栞は腕組みをして一江を見張っている。
「一江! 助けに来たぞ!」
飛び込んで来た大森は、俺の姿を見て硬直する。
「お前! 来たのが部長だって、最初に言え!」
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