139 / 2,840
映画鑑賞『無法松の一生』(三船敏郎版)
しおりを挟む
金曜日。
先週は栞の家に行ったので、開催できなかった「映画鑑賞会」をやる。
子どもたちは早々に勉強のノルマを終え、待ち構えている。
俺は少し早めに始めることとした。
今日は『無法松の一生』だ。ちなみに、三船敏郎主演のものにする。
「ええ、今日は『無法松の一生』だ。この映画は、九州の小倉という場所が舞台になっている。松五郎という人力車夫が主人公だけど、人力車って知ってるか?」
「人がお客さんを乗せて運ぶものですか?」
亜紀ちゃんが答えた。
「その通りだ。今じゃタクシーなんかがあるわけだけど、昔は人間が運ぶことも多かったんだな。屈強な男が、人力車を引いて運ぶ。松五郎は、そういう仕事をしていた」
「無法ってどういう意味ですか?」
皇紀が聞く。
「法律が関係ない、つまり暴れん坊のことだ。うちのルーとハーだな」
みんなが笑う。
「暴れん坊なんだけど、もの凄く優しいんだよ。こんなに優しい人間はいない。それがこの映画によって魂に焼きつく。そういう作品だ。まあ観てくれ」
俺は照明を落とし、DVDを流した。
ラストシーンで、またみんなが泣く。
特に、皇紀は「グゥッ」と呻き声を出しながら泣いていた。
俺は照明を戻した。
部屋が明るくなったことで、多少みんなが落ち着く。
「どうだ、これもいい映画だろう!」
子どもたちはうなずく。
「観ての通り、松五郎というのは学が無い。小学校さえ満足に通えなかった人間だよな。だけどどうだ、あの純心は! 素晴らしいだろう」
「なんで松五郎は奥さんと結婚しなかったの?」
ハーが真っ赤な目で問う。
「そこだよなぁ。この映画で最も重要なことは、ハーが今言った部分だ」
「恋の至極を尋ぬれば、忍ぶ恋こそ真なれ」
「これは、『葉隠』という武士道の哲学書に書かれている言葉だ。意味は、本当の恋というものが、自分が忍んで我慢して、隠して行くものだ、ということだな。分かるか?」
「ちょっと分かりません」
亜紀ちゃんがそう言った。
「そうだな。今は恋愛至上主義といって、恋愛が非常に素晴らしいことで、恋愛して男女が付き合って好き合っていくことが、幸せの最高の状態だと思われている」
「違うんですか?」
「違うんだよ、参ったか!」
みんながまた笑う。
「もし、男女が付き合わなければダメなのであれば、ほとんどの恋愛は失敗になる。ルー、もし便利屋に付き合ってくださいって言われたらどうする?」
「え、ちょっとイヤ」
済まない、便利屋。
「だったら、好きになった便利屋は人生失敗だ。まあ、あいつはいい男だから、いつかステキな彼女もできるかもしれないけどな。多分、もしかしたら、ひょっとしたら、何かの間違いがあれば、な」
爆笑する。
俺は自分の経験を話してやった。
「俺はなぁ。小学校から高校卒業まで、ずっと一人の女の子が好きだったんだよ。もう、自分でもどうしようもないほどにな」
「その人とどうなったんですか?」
「何もねぇ」
また爆笑される。
「本当に好きだったんだよ。でも、その子の前に出ると、もう一言も口がきけねぇの。緊張して、動けなくなるんだよ」
「ええ、じゃあ告白とかは?」
「できるわけねぇ。ああ、俺も子どもだったから、付き合いたいとは思ったんだよ、百万回くらい」
「ラブレターなんかも書いたの。それを出そうとすると、もうダメなんだよ。ポストの前で破り捨てたり、食っちゃったりしたよなぁ」
みんなが笑いっぱなしになる。
そんなに面白いかよ。
「8年間くらいか。一度だけ、話をしたことがある。中学の時に、俺がずっと学年一番の成績だったんだよな。それで、ある時にテストの結果が廊下に張り出されてて、見てた俺の後ろに、その子がいたんだ」
「「石神くんって、いつも一番よね」って。そう言われて「うん」って俺が言ったの。それだけよ」
大爆笑になった。
「小学五年生の時か。夏休みに学校のプールを地区ごとに子どもたちが使ってたんだな。俺とその子は違う地区だったから、一緒にはならなかった。それで、夏休み明けに、クラスの男子が、その子にプールで悪戯したって話してたんだよ。水着から手を入れたって。聞いた瞬間に、そいつを窓から投げ捨てたのな」
「「「「えぇー!」」」」
「四階からなぁ」
「じゃあ、殺しちゃった……」
「いや、丁度下に池があって、ほとんど無傷だった」
みんなホッとした。
「その子は、タカさんが好きだって、知ってたんでしょうか」
「まあなぁ。俺は告白はしなかったけど、誰が見てもなぁ」
「無法松もそうだったんだよ。好きでしょうがねぇのに、告白できないんだ。でも、俺と違うのは、その理由がもの凄く美しい、ということだな」
「亡くなった大尉への気持ちですか?」
「まあ、それも当然ある。でも、それ以前に、自分のような者が、という意識だな」
「ああ!」
「学がねぇ、喧嘩三昧、おまけに酒呑みでしがない人力車夫よ。とても釣り合わないと思ってる。だからいいんだよな」
「あの「自信」の話ですね!」
「そういうことだ」
「ずっと、最初からそう思っている男だから、あの美しさよ。みんな、最後に松五郎の遺品を見て泣いただろ? それは、そこに松五郎の美しさがこもっているからだよ」
皇紀がまた呻いて泣いた。
「あんなに美しい人間は、日本でも、世界でも滅多にいない。本当にいい男だよなぁ」
「でもかわいそう」
「悲しいです」
双子がまた涙ぐむ。
「うん、松五郎のために泣いてやれよ」
「じゃあ、今日はこれでお終いな。早く寝ろよ!」
「「「「ありがとうございました!」」」
ちょっと皇紀が心配になった。
先週は栞の家に行ったので、開催できなかった「映画鑑賞会」をやる。
子どもたちは早々に勉強のノルマを終え、待ち構えている。
俺は少し早めに始めることとした。
今日は『無法松の一生』だ。ちなみに、三船敏郎主演のものにする。
「ええ、今日は『無法松の一生』だ。この映画は、九州の小倉という場所が舞台になっている。松五郎という人力車夫が主人公だけど、人力車って知ってるか?」
「人がお客さんを乗せて運ぶものですか?」
亜紀ちゃんが答えた。
「その通りだ。今じゃタクシーなんかがあるわけだけど、昔は人間が運ぶことも多かったんだな。屈強な男が、人力車を引いて運ぶ。松五郎は、そういう仕事をしていた」
「無法ってどういう意味ですか?」
皇紀が聞く。
「法律が関係ない、つまり暴れん坊のことだ。うちのルーとハーだな」
みんなが笑う。
「暴れん坊なんだけど、もの凄く優しいんだよ。こんなに優しい人間はいない。それがこの映画によって魂に焼きつく。そういう作品だ。まあ観てくれ」
俺は照明を落とし、DVDを流した。
ラストシーンで、またみんなが泣く。
特に、皇紀は「グゥッ」と呻き声を出しながら泣いていた。
俺は照明を戻した。
部屋が明るくなったことで、多少みんなが落ち着く。
「どうだ、これもいい映画だろう!」
子どもたちはうなずく。
「観ての通り、松五郎というのは学が無い。小学校さえ満足に通えなかった人間だよな。だけどどうだ、あの純心は! 素晴らしいだろう」
「なんで松五郎は奥さんと結婚しなかったの?」
ハーが真っ赤な目で問う。
「そこだよなぁ。この映画で最も重要なことは、ハーが今言った部分だ」
「恋の至極を尋ぬれば、忍ぶ恋こそ真なれ」
「これは、『葉隠』という武士道の哲学書に書かれている言葉だ。意味は、本当の恋というものが、自分が忍んで我慢して、隠して行くものだ、ということだな。分かるか?」
「ちょっと分かりません」
亜紀ちゃんがそう言った。
「そうだな。今は恋愛至上主義といって、恋愛が非常に素晴らしいことで、恋愛して男女が付き合って好き合っていくことが、幸せの最高の状態だと思われている」
「違うんですか?」
「違うんだよ、参ったか!」
みんながまた笑う。
「もし、男女が付き合わなければダメなのであれば、ほとんどの恋愛は失敗になる。ルー、もし便利屋に付き合ってくださいって言われたらどうする?」
「え、ちょっとイヤ」
済まない、便利屋。
「だったら、好きになった便利屋は人生失敗だ。まあ、あいつはいい男だから、いつかステキな彼女もできるかもしれないけどな。多分、もしかしたら、ひょっとしたら、何かの間違いがあれば、な」
爆笑する。
俺は自分の経験を話してやった。
「俺はなぁ。小学校から高校卒業まで、ずっと一人の女の子が好きだったんだよ。もう、自分でもどうしようもないほどにな」
「その人とどうなったんですか?」
「何もねぇ」
また爆笑される。
「本当に好きだったんだよ。でも、その子の前に出ると、もう一言も口がきけねぇの。緊張して、動けなくなるんだよ」
「ええ、じゃあ告白とかは?」
「できるわけねぇ。ああ、俺も子どもだったから、付き合いたいとは思ったんだよ、百万回くらい」
「ラブレターなんかも書いたの。それを出そうとすると、もうダメなんだよ。ポストの前で破り捨てたり、食っちゃったりしたよなぁ」
みんなが笑いっぱなしになる。
そんなに面白いかよ。
「8年間くらいか。一度だけ、話をしたことがある。中学の時に、俺がずっと学年一番の成績だったんだよな。それで、ある時にテストの結果が廊下に張り出されてて、見てた俺の後ろに、その子がいたんだ」
「「石神くんって、いつも一番よね」って。そう言われて「うん」って俺が言ったの。それだけよ」
大爆笑になった。
「小学五年生の時か。夏休みに学校のプールを地区ごとに子どもたちが使ってたんだな。俺とその子は違う地区だったから、一緒にはならなかった。それで、夏休み明けに、クラスの男子が、その子にプールで悪戯したって話してたんだよ。水着から手を入れたって。聞いた瞬間に、そいつを窓から投げ捨てたのな」
「「「「えぇー!」」」」
「四階からなぁ」
「じゃあ、殺しちゃった……」
「いや、丁度下に池があって、ほとんど無傷だった」
みんなホッとした。
「その子は、タカさんが好きだって、知ってたんでしょうか」
「まあなぁ。俺は告白はしなかったけど、誰が見てもなぁ」
「無法松もそうだったんだよ。好きでしょうがねぇのに、告白できないんだ。でも、俺と違うのは、その理由がもの凄く美しい、ということだな」
「亡くなった大尉への気持ちですか?」
「まあ、それも当然ある。でも、それ以前に、自分のような者が、という意識だな」
「ああ!」
「学がねぇ、喧嘩三昧、おまけに酒呑みでしがない人力車夫よ。とても釣り合わないと思ってる。だからいいんだよな」
「あの「自信」の話ですね!」
「そういうことだ」
「ずっと、最初からそう思っている男だから、あの美しさよ。みんな、最後に松五郎の遺品を見て泣いただろ? それは、そこに松五郎の美しさがこもっているからだよ」
皇紀がまた呻いて泣いた。
「あんなに美しい人間は、日本でも、世界でも滅多にいない。本当にいい男だよなぁ」
「でもかわいそう」
「悲しいです」
双子がまた涙ぐむ。
「うん、松五郎のために泣いてやれよ」
「じゃあ、今日はこれでお終いな。早く寝ろよ!」
「「「「ありがとうございました!」」」
ちょっと皇紀が心配になった。
1
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
こずえと梢
気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。
いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。
『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。
ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。
幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。
※レディース・・・女性の暴走族
※この物語はフィクションです。
~後宮のやり直し巫女~私が本当の巫女ですが、無実の罪で処刑されたので後宮で人生をやり直すことにしました
深水えいな
キャラ文芸
無実の罪で巫女の座を奪われ処刑された明琳。死の淵で、このままだと国が乱れると謎の美青年・天翼に言われ人生をやり直すことに。しかし巫女としてのやり直しはまたしてもうまくいかず、次の人生では女官として後宮入りすることに。そこで待っていたのは怪事件の数々で――。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる