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蓼科文学 Ⅳ
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蓼科文学は思い返していた。
最初にそのことに気付いたのは、五歳の頃だった。
足を滑らせ、階段から転げ落ちた文学は、強く頭を打った。
意識を喪い、病院に搬送された文学は、そのまま40度を超える高熱を出し、三日間生死を彷徨った。
意識を取り戻したとき、自分が知らない部屋にいることに気付く。
ベッドの横には、家の庭の管理をしている使用人が、椅子に座って眠りこけていた。
「ここはどこじゃ?」
文学は目をこらして辺りを見回す。
すると、座っていた使用人の身体が、仄かに炎のようなものに包まれているのを見る。
「燃えてる!」
少年の叫びに、使用人は目を覚まし、まずベッドの文学、そして周囲を見回した。
「なんだ、坊ちゃん。怖い夢をみてたんですね」
笑って声をかけた使用人は、もう普通の姿だった。
それから文学は、自分が集中して見ようとすると、不思議なものが見えることに気付いた。
炎のようなものが見えるのは、すべての人間ではなく、一部の人間であることも分かった。
そして人間だけではない。場所や物からも炎や光などが見られることもあった。
文学の家は、広島の山林王の家系であった。
当時平屋が普通の住宅である中で、高台に一際大きな二階建ての屋敷に住んでいた。
嫡男としての兄がいる。次男である自分は兄の予備であることは、10歳を俟たずに理解していた。
父や母の愛情が、兄に注がれている。
しかしその兄は、自分を溺愛してくれた。
文学は、8歳のときに兄に自分の見えるものを相談したことがある。
文学が自分の目の話をしたのは、それが唯一だった。
「人間の身体の炎が見える」
そう話す弟に、兄は優しく諭した。
「そういうこともあるかもな」
頭に手を置いて、そういう話は他の人に絶対に話すなと言った。
そして、自分たちの先祖に、有名な医者がいたことを教えてくれた。
「なんでも、その男は手を当てるとどんな病気も治したそうだよ」
傍系の家だったが、本家から独立し、今も広島市内で大きな病院を経営している。
「お前が小さい頃に入院したのは、その末裔の病院だ」
文学が医療に興味を持った、最初の体験であった。
兄の話を聞いて以来、文学は自分の身体の炎を操れることに気が付く。
指先から最大50センチメートル、その炎は伸びた。
淡い青の炎。
その炎は兄の話の通り、人の痛みや病気、怪我などを癒すことができた。
小学校へ上がると、文学は密かに炎の効果を試していった。
怪我をした友達、熱を出した友達、彼らに炎を触れさせると痛みが消え、熱が下がった。
誰にも話すなという兄の言葉に従い、自分が何かをやっていることに気付かれたことはなかった。
文学は、その後様々な形で自分の力を研究していく。
炎が見えるのは10人に一人。そして常時その炎が出ている人間は滅多にいなかった。
ある時、夜空を見上げると、東の空から巨大な光の帯が移動していた。
「綺麗じゃ……」
見とれているうちに、その光の帯は西の空へ消えていった。
「ああいうもんもおるんじゃ」
文学は、この世が人間だけの世界ではないことを知った。
夕暮れに墓場の傍を通ったとき、そこには無いはずの巨大な黒い樹を見た。
その樹には人の頭ほどの丸いものが無数にぶら下がっていた。
親戚の葬儀のとき、ある実験を思いついた。
棺に別れ花を供えるとき、文学は炎を強く死者に入れた。
「やめろ!」
鬼のような顔が死者の胸からでてきて、文学は即座にやめた。
僅かな時間だったが、全身に針を立てられたような痛みが残った。
秀才と評判であった兄に導かれ、文学はその評判を超える成績を修めるようになっていった。
父親から、お前は控えろと言われたが、文学はそれを無視していった。
兄だけは手放しで喜んでくれ、自分の使った教材ばかりでなく、新たに買い与えてくれた。
それ以外にも、兄は文学に様々な本を貸し与えていった。
全国模試で常にトップを争うようになってから、両親は文学への叱責をしないようになった。
むしろ、その勉強を応援するようになり
「蓼科家の誉れじゃ」
とまで言って喜ぶようになった。
兄は一層文学を可愛がり、文学も兄への敬慕を深めていった。
文学は医者になることを決め、東大を現役合格する。
文学は、医者になった。
文学は、困難な外科手術を次々と成功させ、不動の地位を築いた。
文学は、世界的に知られる天才医師と呼ばれるようになった。
文学は、石神を見出した。
最初にそのことに気付いたのは、五歳の頃だった。
足を滑らせ、階段から転げ落ちた文学は、強く頭を打った。
意識を喪い、病院に搬送された文学は、そのまま40度を超える高熱を出し、三日間生死を彷徨った。
意識を取り戻したとき、自分が知らない部屋にいることに気付く。
ベッドの横には、家の庭の管理をしている使用人が、椅子に座って眠りこけていた。
「ここはどこじゃ?」
文学は目をこらして辺りを見回す。
すると、座っていた使用人の身体が、仄かに炎のようなものに包まれているのを見る。
「燃えてる!」
少年の叫びに、使用人は目を覚まし、まずベッドの文学、そして周囲を見回した。
「なんだ、坊ちゃん。怖い夢をみてたんですね」
笑って声をかけた使用人は、もう普通の姿だった。
それから文学は、自分が集中して見ようとすると、不思議なものが見えることに気付いた。
炎のようなものが見えるのは、すべての人間ではなく、一部の人間であることも分かった。
そして人間だけではない。場所や物からも炎や光などが見られることもあった。
文学の家は、広島の山林王の家系であった。
当時平屋が普通の住宅である中で、高台に一際大きな二階建ての屋敷に住んでいた。
嫡男としての兄がいる。次男である自分は兄の予備であることは、10歳を俟たずに理解していた。
父や母の愛情が、兄に注がれている。
しかしその兄は、自分を溺愛してくれた。
文学は、8歳のときに兄に自分の見えるものを相談したことがある。
文学が自分の目の話をしたのは、それが唯一だった。
「人間の身体の炎が見える」
そう話す弟に、兄は優しく諭した。
「そういうこともあるかもな」
頭に手を置いて、そういう話は他の人に絶対に話すなと言った。
そして、自分たちの先祖に、有名な医者がいたことを教えてくれた。
「なんでも、その男は手を当てるとどんな病気も治したそうだよ」
傍系の家だったが、本家から独立し、今も広島市内で大きな病院を経営している。
「お前が小さい頃に入院したのは、その末裔の病院だ」
文学が医療に興味を持った、最初の体験であった。
兄の話を聞いて以来、文学は自分の身体の炎を操れることに気が付く。
指先から最大50センチメートル、その炎は伸びた。
淡い青の炎。
その炎は兄の話の通り、人の痛みや病気、怪我などを癒すことができた。
小学校へ上がると、文学は密かに炎の効果を試していった。
怪我をした友達、熱を出した友達、彼らに炎を触れさせると痛みが消え、熱が下がった。
誰にも話すなという兄の言葉に従い、自分が何かをやっていることに気付かれたことはなかった。
文学は、その後様々な形で自分の力を研究していく。
炎が見えるのは10人に一人。そして常時その炎が出ている人間は滅多にいなかった。
ある時、夜空を見上げると、東の空から巨大な光の帯が移動していた。
「綺麗じゃ……」
見とれているうちに、その光の帯は西の空へ消えていった。
「ああいうもんもおるんじゃ」
文学は、この世が人間だけの世界ではないことを知った。
夕暮れに墓場の傍を通ったとき、そこには無いはずの巨大な黒い樹を見た。
その樹には人の頭ほどの丸いものが無数にぶら下がっていた。
親戚の葬儀のとき、ある実験を思いついた。
棺に別れ花を供えるとき、文学は炎を強く死者に入れた。
「やめろ!」
鬼のような顔が死者の胸からでてきて、文学は即座にやめた。
僅かな時間だったが、全身に針を立てられたような痛みが残った。
秀才と評判であった兄に導かれ、文学はその評判を超える成績を修めるようになっていった。
父親から、お前は控えろと言われたが、文学はそれを無視していった。
兄だけは手放しで喜んでくれ、自分の使った教材ばかりでなく、新たに買い与えてくれた。
それ以外にも、兄は文学に様々な本を貸し与えていった。
全国模試で常にトップを争うようになってから、両親は文学への叱責をしないようになった。
むしろ、その勉強を応援するようになり
「蓼科家の誉れじゃ」
とまで言って喜ぶようになった。
兄は一層文学を可愛がり、文学も兄への敬慕を深めていった。
文学は医者になることを決め、東大を現役合格する。
文学は、医者になった。
文学は、困難な外科手術を次々と成功させ、不動の地位を築いた。
文学は、世界的に知られる天才医師と呼ばれるようになった。
文学は、石神を見出した。
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