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深夜の梅酒
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深夜0時を回った頃、俺はキッチンへ降りた。
階段を降りると明かりが見え、そこには亜紀ちゃんがいた。
子どもたちは、俺の言うとおりに勉強に熱心で、もう自分たちで率先してやるようになった。
亜紀ちゃんは特に励み、深夜まで勉強していることもあるのを知っていた。
「おう、どうした?」
「あ、タカさん。ちょっと何か飲んでから寝ようかと思って」
「そうか」
亜紀ちゃんは冷蔵庫を開き、何にしようかと見ている。
「そうだ、じゃあちょっと俺に付き合えよ」
「?」
俺は冷蔵庫から、大きな丸口瓶を取り出した。
「あ、梅酒ですね」
「ああ、ロックグラスを二つ持ってきてくれ」
亜紀ちゃんは食器戸棚へ行く。そこからバカラのグラスを両手に持って来た。
まあ、バカラとかは知らないだろうが、俺が「ロックグラス」と言ったら、それを持って来ることになっている。
亜紀ちゃんはうちの食器を覚え、俺がどういうときにどれを使うのかということを教えていくと、すぐに把握した。
その上で、段々と自分なりのセンスを磨き始めている。
俺は小さな柄杓で梅酒を掬い、半分ほどを亜紀ちゃん用に注ぐ。
残りと、もう二杯を俺は自分のグラスへ。
氷を取り出し、クラッシュして、それぞれのグラスへ入れ、亜紀ちゃんの方にはたっぷり炭酸水を注ぎ、軽くステアした。
リヴィングの照明をダウンライトのみにし、薄暗い空間にする。
「できたぞ」
亜紀ちゃんはテーブルに座っており、目の前に置かれたグラスをダウンライトの灯に掲げた。
「綺麗………」
薄い緑色の輝きが、氷が溶け出した滲みと、淡い炭酸の気泡によって、様々な表情を見せている。
「じゃあ、乾杯!」
俺たちは軽くグラスを当てた。
「おい」
「何ですか」
「俺が未成年に酒を飲ませた、なんて誰かに言うなよな」
「ウフフ」
亜紀ちゃんは笑った。
「どうだよ、学校は」
俺はいつもそんな聞き方をする。他の家庭であれば「べつに」で子どもたちに返されて終わるのだろう。
俺は違う。
もしもそんな態度をとれば、返事の仕方を怒鳴り、もうしつこいくらいに全てを曝け出させる。
まあ、そんなことはもう無いが。
亜紀ちゃんの場合、最初からまったくない。
いつも何かしら話題があり、俺を安心させてくれる。
「親しくなった友達が遊びにきたいのだそうですが、いいですか?」
「もちろんいいよ。どんな子なんだ?」
亜紀ちゃんはその子のことを説明する。
「それと、聞いてみたいことがあるんですけど」
亜紀ちゃんのグラスが空いたので、俺はもう一杯作ってやる。
「なんでもどうぞ」
「タカさんは、前に「自信」について言ってたじゃないですか」
「ああ、自信はいいものではない、という話か」
「はい。あれから考え続けているのですが、どうにも分からなくて」
「分からないでもいいから、亜紀ちゃんがどう感じているのか言ってみろよ」
「まず、自信とは何かということですけど、「自分は出来る」「大丈夫」だと考えている状態だと思います」
「なるほど」
「そうすると、私はどうも、その状態が駄目なことだとは思えなくなってきたんです」
「うん」
俺は答える。
「亜紀ちゃんの思考の展開はいいんだけど、それが行き詰まったということは、どこかで分岐の間違いがある、ということなんだよ」
「ああ、そうか、前提が違うから、その先がまったく間違えている、と」
「そういうことだな。今回の場合はだから、「自分が出来る」「大丈夫」ということが、自信ではない、ということになる」
亜紀ちゃんは黙って聞いている。
「じゃあ自信とは何かというと、実はまだ自分が出来ていないことについて、「簡単に出来るようになりたい」「不安にならないようになりたい」という前段階の欲望のことなんだ」
「まだ出来ていない……」
「そうだ。だからダメなんだよ。じゃあ、亜紀ちゃんが言った状態は何かというと、それは「日常」というものなんだな」
「日常なのに、どうして「自信」と私は考えてしまったのでしょうか」
「それは、他者が「あの人は自信がありそう」だとか、「自信に満ち溢れている」と評するからだよ。日常性の高い人間のことを、他人は「自信がある」と言うんだな。まあ、本当は間違いなんだけどな」
「……」
「ちょっと混乱しているだろうけど、他人が自信という言葉を使うのは、自分が自信を求めて生きているからなんだ。だから俺なんかは、高い日常性を持っている人を「高い日常性を持っている」と評するんだよ」
「ああ」
「自信を欲するというのは、一種の逃避なんだよな。今の自分がダメで、そこから抜け出して楽になりたい、ということなんだ」
「人間は苦労しなければいけない、ということですか?」
「まあそうなんだけど、本当は別に苦労しなくても良いんだよ。でも、何か今の自分が出来るようになりたいのなら、苦労してでも出来るようになれ、ということなんだよな」
「ああ、なるほど!」
「できなくて構わないのなら、寝てればいいんだ。でも、出来ない事で何かが得られなかったり、人からバカにされても文句を言うな、というな」
「すごく勉強になりました!」
俺はもう一つ、今流行っている「自分さがし」についての話をした。
階段を降りると明かりが見え、そこには亜紀ちゃんがいた。
子どもたちは、俺の言うとおりに勉強に熱心で、もう自分たちで率先してやるようになった。
亜紀ちゃんは特に励み、深夜まで勉強していることもあるのを知っていた。
「おう、どうした?」
「あ、タカさん。ちょっと何か飲んでから寝ようかと思って」
「そうか」
亜紀ちゃんは冷蔵庫を開き、何にしようかと見ている。
「そうだ、じゃあちょっと俺に付き合えよ」
「?」
俺は冷蔵庫から、大きな丸口瓶を取り出した。
「あ、梅酒ですね」
「ああ、ロックグラスを二つ持ってきてくれ」
亜紀ちゃんは食器戸棚へ行く。そこからバカラのグラスを両手に持って来た。
まあ、バカラとかは知らないだろうが、俺が「ロックグラス」と言ったら、それを持って来ることになっている。
亜紀ちゃんはうちの食器を覚え、俺がどういうときにどれを使うのかということを教えていくと、すぐに把握した。
その上で、段々と自分なりのセンスを磨き始めている。
俺は小さな柄杓で梅酒を掬い、半分ほどを亜紀ちゃん用に注ぐ。
残りと、もう二杯を俺は自分のグラスへ。
氷を取り出し、クラッシュして、それぞれのグラスへ入れ、亜紀ちゃんの方にはたっぷり炭酸水を注ぎ、軽くステアした。
リヴィングの照明をダウンライトのみにし、薄暗い空間にする。
「できたぞ」
亜紀ちゃんはテーブルに座っており、目の前に置かれたグラスをダウンライトの灯に掲げた。
「綺麗………」
薄い緑色の輝きが、氷が溶け出した滲みと、淡い炭酸の気泡によって、様々な表情を見せている。
「じゃあ、乾杯!」
俺たちは軽くグラスを当てた。
「おい」
「何ですか」
「俺が未成年に酒を飲ませた、なんて誰かに言うなよな」
「ウフフ」
亜紀ちゃんは笑った。
「どうだよ、学校は」
俺はいつもそんな聞き方をする。他の家庭であれば「べつに」で子どもたちに返されて終わるのだろう。
俺は違う。
もしもそんな態度をとれば、返事の仕方を怒鳴り、もうしつこいくらいに全てを曝け出させる。
まあ、そんなことはもう無いが。
亜紀ちゃんの場合、最初からまったくない。
いつも何かしら話題があり、俺を安心させてくれる。
「親しくなった友達が遊びにきたいのだそうですが、いいですか?」
「もちろんいいよ。どんな子なんだ?」
亜紀ちゃんはその子のことを説明する。
「それと、聞いてみたいことがあるんですけど」
亜紀ちゃんのグラスが空いたので、俺はもう一杯作ってやる。
「なんでもどうぞ」
「タカさんは、前に「自信」について言ってたじゃないですか」
「ああ、自信はいいものではない、という話か」
「はい。あれから考え続けているのですが、どうにも分からなくて」
「分からないでもいいから、亜紀ちゃんがどう感じているのか言ってみろよ」
「まず、自信とは何かということですけど、「自分は出来る」「大丈夫」だと考えている状態だと思います」
「なるほど」
「そうすると、私はどうも、その状態が駄目なことだとは思えなくなってきたんです」
「うん」
俺は答える。
「亜紀ちゃんの思考の展開はいいんだけど、それが行き詰まったということは、どこかで分岐の間違いがある、ということなんだよ」
「ああ、そうか、前提が違うから、その先がまったく間違えている、と」
「そういうことだな。今回の場合はだから、「自分が出来る」「大丈夫」ということが、自信ではない、ということになる」
亜紀ちゃんは黙って聞いている。
「じゃあ自信とは何かというと、実はまだ自分が出来ていないことについて、「簡単に出来るようになりたい」「不安にならないようになりたい」という前段階の欲望のことなんだ」
「まだ出来ていない……」
「そうだ。だからダメなんだよ。じゃあ、亜紀ちゃんが言った状態は何かというと、それは「日常」というものなんだな」
「日常なのに、どうして「自信」と私は考えてしまったのでしょうか」
「それは、他者が「あの人は自信がありそう」だとか、「自信に満ち溢れている」と評するからだよ。日常性の高い人間のことを、他人は「自信がある」と言うんだな。まあ、本当は間違いなんだけどな」
「……」
「ちょっと混乱しているだろうけど、他人が自信という言葉を使うのは、自分が自信を求めて生きているからなんだ。だから俺なんかは、高い日常性を持っている人を「高い日常性を持っている」と評するんだよ」
「ああ」
「自信を欲するというのは、一種の逃避なんだよな。今の自分がダメで、そこから抜け出して楽になりたい、ということなんだ」
「人間は苦労しなければいけない、ということですか?」
「まあそうなんだけど、本当は別に苦労しなくても良いんだよ。でも、何か今の自分が出来るようになりたいのなら、苦労してでも出来るようになれ、ということなんだよな」
「ああ、なるほど!」
「できなくて構わないのなら、寝てればいいんだ。でも、出来ない事で何かが得られなかったり、人からバカにされても文句を言うな、というな」
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