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皇紀

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 9月になり、子どもたちが学校へ通い出した。
 ちょっとは心配していたのだが、別に何事もなく、徐々に新しい生活に慣れていっているようだ。

 亜紀ちゃんも双子も、特には何事もなく、通っている。
 問題は皇紀で、友だちではなく女性二人に猛烈に接近されていると俺に相談してきた。
 「隣のクラスの女子なんですが、休み時間のたびに教室に来るんですよ。それで付き合ってる人はいるのかとか、自分たちと付き合って欲しいとか」
 俺はニヤニヤして話を聞いている。
 「僕は付き合う気なんてないですから。でも何度そう言っても「絶対にあきらめない!」「いつか落としてやるからね!」なんて言うんですよ」
 俺は笑いをこらえていたが、皇紀は真剣に悩んでいるようだ。
 じゃあ、アドバイスをしてやるか。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 俺は小学校四年生で転校し、そこで生命の危機を感じてから喧嘩三昧の日々になった。
 小学生の割には身体も大きく、負け知らずで地元で有名な悪ガキになっていく。
 医者になると決めて猛勉強を始め、成績がどんどん上がって学年一位を不動のものとした。
 顔もステキだよよく言われた。
 そんな子どもを放っておくわけはなく、ほどなく俺は女子に囲まれるようになった。
 男子の仲が良い者も何人かいたが、多くは俺を怖がっているか恨んでいる。
 徐々に俺の周りにファンクラブのようなものが結成され、中学生の女子まで参加するようになった。
 登下校で待ち構えているのは、ファンクラブの女子と、今日こそは俺を叩きのめそうとする男子グループ。
 どちらも面倒だった。
 男子グループは時々相手にしてやっていたけど、ファンクラブはダメだ。
 一向に一緒にいようとしない俺を狙って、俺の家で待ち構えていることもあった。
 お袋は俺がモテモテなのを手放しで喜んだ。
 親父に相談すれば鉄拳が飛んでくることは明白だった。
 軟派なことが大嫌いな人だった。
 中学に入り、ファンクラブは引き続き、高校生にまで広がっていく。


 一学年の時に、当時中学を締めていた先輩たち15人にトイレに呼び出された。
 狭い。
 ほとんど身動きとれない空間で、数人が俺を生意気だとか、先輩に礼を尽くさないとか怒鳴っていた。

 俺は周囲の人間から叩きのめした。
 あまりにも狭くて全員で俺を襲えなかったのだ。
 トイレは血の海になった。
 最も俺を憎んでいた三年生の一人の頭を掴み、便器を舐めさせた。

 ただ一人、俺は近所の井上さんにだけは手を出さなかった。
 頭ではなかったが、実力者だ。
 喧嘩すれば勝てただろうが、そうしなかった。
 井上さんには優しくしてもらっていた。
 貧乏で何も買えない俺は、時々井上さんにアイスをご馳走になったり、自販機で飲み物を貰ったりした。
 「ええと、井上さんだけには逆らえません。いろいろお世話になってますし、俺の尊敬する人ですから」
 頭を下げて言う。
 「そ、そうか」
 青ざめた井上さんは、腕を組みそう言った。

 その後、中学内で俺に表立って反発する人間はいなくなり、井上さんが三年の中心になった。
 実質は俺が締めていた。
 ファンクラブとも徐々に接近していった。
 「女の子」の良さを知ったからだ。
 彼女らは俺にいろいろなものを持ってくるようになった。
 ありがたいことに弁当を作ってくれたり、菓子をしょっちゅうくれた。
 高校生の人たちは俺がちょっと欲しいと言ったために、問題集を抱えて会いに来てくれる。
 俺の肉体の成長の半分と、勉強の捗りの多くは彼女たちに拠っていたと言ってもいいのかもしれない。
 男子生徒の同学年と一つ上の世代は俺の傘下についた。
 三年生には何もしなかっただけだ。
 別に俺はつるんで何かをしたかったわけではない。
 しかし、俺の喧嘩は自然に個人的なものよりも、集団戦が増えていった。


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 「ちょっと亜紀ちゃんも呼べ」
 俺は皇紀に命じて、二人揃ってから話し始める。

 「えー、皇紀が女の子に言い寄られて困ってるそうだ」
 「え、タカさん、ちょっと!」

 亜紀ちゃんは驚いて皇紀を見る。

 「それでな、その対策を話そうと思うんだが、亜紀ちゃんも間違いなく美人で性格もいいからいずれ同じことが起きるのは分かっている。一緒に話を聞いてもらおうと思ったんだ」
 亜紀ちゃんは真っ赤になっていく。

 「軽い連中に言い寄られない方法はなぁ。いつも歩く時には前を向いて、視線をまっすぐにして颯爽と歩け。回りをフラフラ見るな。分かったか?」

 二人ともキョトンとしている。
 そんなことでいいのか、と。

 「とにかくやってみろ。そうすれば分かる」
 「「はい」」

 「皇紀の場合、もう段階が進んじゃったからな。一度家に連れて来い。俺が会ってやる」
 皇紀が俺を神様のように見た。
 手を合わせてやがる。


 その週の土曜日。皇紀が二人の女の子を連れてきた。
 とにかく、一度俺に会って、了承を得たら付き合ってもいいというような内容で連れてきたようだ。
 俺は一階の応接室に彼女らを通し、亜紀ちゃんにジュースとドーカンのケーキを出してもらう。

 「ああ、よく来てくれたね」
 二人とも大分緊張している。
 並んで膝をしっかりと閉じてうつむいている。
 「こんにちは、景山光です」
 「はじめまして、相川葵です」

 「俺が石神高虎だぁ!」

 大声で腰を両手にそっくり返って挨拶する。
 二人がちょっと驚き、それからクスクスと笑った。

 「ほら、ジュースを飲んで。これは果汁100%の高級ブランドだからな。美味しいぞ。さあ、ケーキも食べて食べて」

 二人は笑顔になり、ストローに口を付ける。
 美味しいとか言いながら、二人は喜んでくれた。
 俺は続けて他愛のない話をする。

 「学校での皇紀はどうかな。急に転校することになっちゃって、ちょっと心配してたんだ」
 光ちゃんが言う。
 「皇紀クンは勉強も真面目で、クラスにも馴染んでいます」
 「何よりカッコイイです」
 「あ、私が言おうとしてたのにー!」
 葵ちゃんに光ちゃんが抗議する。
 「そうか、良かった。お蔭で安心したよ。これからも、どうか仲良くしてやってください」
 俺は二人に頭をさげて頼んだ。
 二人とも手を握り合って喜ぶ。

 「それで皇紀と付き合いたいそうだけど」
 「はい、是非お許しください!」
 「お願いします!」

 皇紀は俺の方を見ている。
 どうか頼みます、という言葉がひしひしと伝わってくる。

 「まあ、結論から言うとダメだ」

 二人が泣きそうな顔になる。

 「まだ小学生ということだけどな。でもそれは年齢的に早いから、ということではない。もしも君たちがしっかりと心を養って、本当に人間同士として付き合えるようになったら、俺は何の反対もしないよ」
 顔を上げて、二人はお互いを見た。

 「皇紀は近いうちに学年一番の成績を取るようになる」
 「え、ちょっ!」
 「君たちが二番、三番くらいになってからだな。そうしたら、またうちへ来い。俺が認めてやろう」
 また二人が見つめあう。
 「でも、それはちょっと難しいと言うか……」
 光ちゃんが辛そうな顔でそう言った。

 「だったら諦めるんだな。皇紀のために何もしようとしない人間は必要ない。難しいからやらない、辛いからやらない、なんて言うのであれば、そこで諦めればいいんだよ。別に諦めることが悪いわけでもないしな」
 俺の言葉に二人はグッと身体を固めた。

 「あたし、やる!」
 「あ、あたしも!」

 皇紀はオロオロしている。僕の気持ちはどうなっちゃったんでしょうか、と訴える声が聞こえる。
 無視。
 その後、二人に皇紀のどこがいいのかとか、俺が皇紀のここがいいのだとか話して盛り上がった。

 終始、皇紀は困った顔をしていた。
 「それにしても、皇紀クンの家がこんなお金持ちだとは思いませんでした」
 「うんうん」
 改めて二人が感想を言ってきた。
 それも緊張の大きな原因だったんだろう。
 帰り際、二人は「頑張るからね!」「待っててください!」と言って玄関を出た。
 俺は門まで見送った。

 「あれで良かったんでしょうか」
 皇紀は釈然としない顔で俺に言った。

 「お前は俺に頼った。だから俺に文句を言う筋合いではない」
 「悪魔かぁー……」
 「ああ、それ、散々聞き慣れた」
 俺は笑った。

 俺は皇紀の肩を抱き寄せて言う。
 「なかなかいい子たちだと思うぞ。ちょっと甘えた環境で育ったようだけど、素直なところがある。顔もまあまあだしな」
 皇紀はちょっと顔を赤くした。
 まんざらでもないようだ。
 困っていたのは「付き合う」ということへの不安だろう。

 「大丈夫だよ。これから皇紀に無理やり付きまとうことも減ってくるし、本当にあの子たちがやり遂げたら、お前も納得するようになってるからな」
 「そうでしょうか」
 まだ皇紀は不安そうだった。
 「お前のことを好きだと言ってくれたことだけは忘れるな。付き合えとは言わないが、大事にはしてやれよな」
 「分かりました」

 少し明るい表情で皇紀は笑った。






 亜紀ちゃんが片付けながら、クスクスと笑っていた。
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