月夜の bar で、運命のカクテル

第3章「過去の香り」

第3章「過去の香り」

「それはね...」

奏斗の声が、静かに店内に響く。

「昔、ある人に出会ったんだ」

燿は息を呑んだ。奏斗が自分の過去を語るのは初めてだった。

「その人は、素晴らしいバーテンダーだった。一杯のカクテルで、人の心を癒すことができる人だ」

奏斗の目が遠くを見つめている。

「僕はその人のカクテルを飲んで、心が救われた。そして、自分もそんな人になりたいと思ったんだ」

燿は黙って聞いていた。奏斗の言葉の一つ一つが、胸に沁みていく。

「でも、簡単じゃなかった。たくさんの失敗をして、何度も諦めそうになった」

奏斗はグラスを磨きながら続けた。

「それでも、あの時の味を忘れられなくて。必死で勉強して、練習して...」

燿は思わず尋ねた。

「その人に、また会いに行ったんですか？」

奏斗は少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「残念ながら、もう会えない。でも、その人の教えは今も僕の中にある」

燿は自分のグラスを見つめた。
その中に映る自分の姿が、少し大きく見えた気がした。

「奏斗さん、素敵な話をありがとうございます」

燿が言うと、奏斗は優しく微笑んだ。

「君こそ、聞いてくれてありがとう」

その時、店のドアが開く音がした。

「いらっしゃいませ」

奏斗の声が響く。

燿は振り返り、そこに立っている人物を見て、思わず息を呑んだ。

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