湖の民

影燈

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「くっ」
 半井もその刀を弾くのがやっと。

だが、その弾いた刀は攻撃に転じて戻ってくる。

 半井は、猿のように跳んでそれをかわした。

人一人簡単に飛び越してしまうなんて。

半井の運動能力には驚かされるばかりだ。
 だが、女の人も負けてはいない。

 半井の着地するところをあらかじめ見計らい、手裏剣を打っている。

 半井はそれを刀で弾きながら着地した。

 そこに女がまた突きかかる。

 さすがに、半井に令を守っている余裕はなさそうだった。

 令が、自分で自分の身を守らねばと思った矢先、令は後ろから羽交い絞めにされていた。

「動くな!」
 令を羽交い絞めにした大男が言った。

 半井がそれに気づき、一瞬の隙ができてしまった。
 半井の刀は折られ、女の刀の切っ先が半井の頸動脈に触れた。

「よし、一思いにやれ!」

 令を捕まえた大男が大声を張り上げるが、湖賊の女は、そこからぴくりとも動かなかった。

「おい、どうした」
 大男の問いにも答えない。
 
 半助は、すでに観念していた。
 女が、紗和が刀を引けば終わりだ。

 だが――女は動かない。

 予想外に与えられた機会に、半助は笑みをこぼした。

「紗和。また会えてよかった。生きて、いたんだな」
「紗和――。誰のこと」

 紗和の目から。大粒の涙がこぼれた。

「記憶がないのか」
「知らない。私は、湖賊。紗和じゃない」
「じゃあ、どうして」

 トントトトン。
トントン、トトン。
って、合図を鳴らしているんだよ。

「助けて、欲しいんだろう。紗和」
 紗和が目を見開いた。

 半助は、手甲で刀を弾き、紗和を力いっぱい抱きしめた。
「紗和、おかえり」
 紗和はいっぱい目に涙をためて、
「おかえり、半助」と言った。













 どういうことだと、大男が呻くように言った。
令も同じ気持ちだった。

どうして、湖賊の女は半井に止めをささなかったのだろうか。

やろうと思えばできたはずだ。

「おのれ」
視線の端で蠢くものを捉えたかと思うと、西脇が起き上がろうとしていた。

それまで死んだフリをして隠れていたのだ。

西脇は立ち上がると、こちらに向かって小筒を向けた。

既に点火されている。
「くそっ、逃げるぞ」

湖賊は次々に海へと逃げ込んだ。
小筒は、湖賊の女を狙っていた。

「貴様が親玉だろう! 殺してやる!」
半井は咄嗟に紗和を突き飛ばした。

「先生!?」
小筒から放たれたのは、無数の針であった。

半井は、顔だけは、覆って隠したが、針は半井の、全身に突き刺さった。

たまらず、半井が膝を落とす。
「先生!」 

駆け寄ろうとする令に、湖賊の女が叫んだ。

「あなたは湖へ!」

令は躊躇したが、他の湖賊の手も借りて、半井も湖へ連れていかれるのを見て、自分も飛び込んだ。
 
人喰魚はいなかった。
いや、大量の魚の全てが岸に向かっていた。

その魚たちに、蛙のような脚が生えているのを令は見た。

「こっち!」

湖賊に呼ばれて湖の中央へ泳いでいく途中、湖の辺りから、西脇の悲鳴が聞こえてきた。


半井は気を失っているようだった。

湖賊の女がしていた覆面をとり、半井の口に当てていた。他の二人の湖賊が半井を運んでいく。

皆、さすがに泳ぎが達者であった。

 
湖の中央へ行くと、不思議に光る丸いものがあった。

まるで、湖面に浮かぶ満月が、そのまま沈み込んだようなもの。

そこへ近づくと、令は急に何かに引き寄せられ、気づいた時には砂利の上に横たわっていた。

だがその砂利を見て驚いた。
全てが虹色に、輝いていたのだ。

さっきまで昼間だったはずなのに、空が暗い。

「あなたも、手伝って!」

令がその声にはっと振り返ると、湖賊たちが横たわる半井の身体から一本一本針を抜いていた。

「猛毒よ。はやく処置しないとこの人は死んでしまうわ!」
令は慌てて皆に混じり、半井に刺さった針を抜いた。

老婆が来て半井の傷口一つ一つに薬を塗り込んでいった。
令が固唾を飲んで見守っていると、半井がうっすらと目を開けた。

「令、大丈夫か」
その目は令を捉えていない。

「先生、ぼくは大丈夫だよ」
その声を聞くと、半井はいつもみたいな優しい笑みを浮かべた。

「よかった。紗和も無事か」

紗和、と呼ばれた湖賊の女は、半井の手を強く握り返して、
「ええ」
と詰まる声をして言った。

「湖賊の者はみんな無事です」
「よかった」
その言葉が、令は無性に腹が立った。

「よかったって、なんですか。なんで、敵を助けるんですか!? 先生が無事じゃないのに、人の心配なんてしないでよ」

突然、令の頬が叩かれた。
叩いたのは、湖賊の女だった。

「目を覚ましなさい! あなたは、何度も水神様に助けられていて、それでもまだ本当に大事なものが何かわからないの!?」

本当に大事なもの。
令は、これほど悔しかったことはない。

「なんだよそれ! 分かってるからこうやって、あんたたちを倒しに来たんだ! なんでそんなこと、悪人のあんたに言われなきゃならないんだ! それとも、あんたは自分が正義だとでも言うのか!? それなら先生は悪だっていうことになるよな!? あんたを、ぼくを、いつも助けてくれる半井先生が、悪なわけ、ないだろ」

最後は、涙がこみあげて、うまく声にならなかった。

「なんでもいいから、助けてよ。先生を」
これ以上、ぼくから大事なひとを奪わないで。

半井は、うっすらと目を開けて、令のことを呼んだ。

令が恐る恐る近づくと、半井は懐から瓶を取り出して渡してきた。





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