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「くっ」
半井もその刀を弾くのがやっと。
だが、その弾いた刀は攻撃に転じて戻ってくる。
半井は、猿のように跳んでそれをかわした。
人一人簡単に飛び越してしまうなんて。
半井の運動能力には驚かされるばかりだ。
だが、女の人も負けてはいない。
半井の着地するところをあらかじめ見計らい、手裏剣を打っている。
半井はそれを刀で弾きながら着地した。
そこに女がまた突きかかる。
さすがに、半井に令を守っている余裕はなさそうだった。
令が、自分で自分の身を守らねばと思った矢先、令は後ろから羽交い絞めにされていた。
「動くな!」
令を羽交い絞めにした大男が言った。
半井がそれに気づき、一瞬の隙ができてしまった。
半井の刀は折られ、女の刀の切っ先が半井の頸動脈に触れた。
「よし、一思いにやれ!」
令を捕まえた大男が大声を張り上げるが、湖賊の女は、そこからぴくりとも動かなかった。
「おい、どうした」
大男の問いにも答えない。
半助は、すでに観念していた。
女が、紗和が刀を引けば終わりだ。
だが――女は動かない。
予想外に与えられた機会に、半助は笑みをこぼした。
「紗和。また会えてよかった。生きて、いたんだな」
「紗和――。誰のこと」
紗和の目から。大粒の涙がこぼれた。
「記憶がないのか」
「知らない。私は、湖賊。紗和じゃない」
「じゃあ、どうして」
トントトトン。
トントン、トトン。
って、合図を鳴らしているんだよ。
「助けて、欲しいんだろう。紗和」
紗和が目を見開いた。
半助は、手甲で刀を弾き、紗和を力いっぱい抱きしめた。
「紗和、おかえり」
紗和はいっぱい目に涙をためて、
「おかえり、半助」と言った。
3
どういうことだと、大男が呻くように言った。
令も同じ気持ちだった。
どうして、湖賊の女は半井に止めをささなかったのだろうか。
やろうと思えばできたはずだ。
「おのれ」
視線の端で蠢くものを捉えたかと思うと、西脇が起き上がろうとしていた。
それまで死んだフリをして隠れていたのだ。
西脇は立ち上がると、こちらに向かって小筒を向けた。
既に点火されている。
「くそっ、逃げるぞ」
湖賊は次々に海へと逃げ込んだ。
小筒は、湖賊の女を狙っていた。
「貴様が親玉だろう! 殺してやる!」
半井は咄嗟に紗和を突き飛ばした。
「先生!?」
小筒から放たれたのは、無数の針であった。
半井は、顔だけは、覆って隠したが、針は半井の、全身に突き刺さった。
たまらず、半井が膝を落とす。
「先生!」
駆け寄ろうとする令に、湖賊の女が叫んだ。
「あなたは湖へ!」
令は躊躇したが、他の湖賊の手も借りて、半井も湖へ連れていかれるのを見て、自分も飛び込んだ。
人喰魚はいなかった。
いや、大量の魚の全てが岸に向かっていた。
その魚たちに、蛙のような脚が生えているのを令は見た。
「こっち!」
湖賊に呼ばれて湖の中央へ泳いでいく途中、湖の辺りから、西脇の悲鳴が聞こえてきた。
半井は気を失っているようだった。
湖賊の女がしていた覆面をとり、半井の口に当てていた。他の二人の湖賊が半井を運んでいく。
皆、さすがに泳ぎが達者であった。
湖の中央へ行くと、不思議に光る丸いものがあった。
まるで、湖面に浮かぶ満月が、そのまま沈み込んだようなもの。
そこへ近づくと、令は急に何かに引き寄せられ、気づいた時には砂利の上に横たわっていた。
だがその砂利を見て驚いた。
全てが虹色に、輝いていたのだ。
さっきまで昼間だったはずなのに、空が暗い。
「あなたも、手伝って!」
令がその声にはっと振り返ると、湖賊たちが横たわる半井の身体から一本一本針を抜いていた。
「猛毒よ。はやく処置しないとこの人は死んでしまうわ!」
令は慌てて皆に混じり、半井に刺さった針を抜いた。
老婆が来て半井の傷口一つ一つに薬を塗り込んでいった。
令が固唾を飲んで見守っていると、半井がうっすらと目を開けた。
「令、大丈夫か」
その目は令を捉えていない。
「先生、ぼくは大丈夫だよ」
その声を聞くと、半井はいつもみたいな優しい笑みを浮かべた。
「よかった。紗和も無事か」
紗和、と呼ばれた湖賊の女は、半井の手を強く握り返して、
「ええ」
と詰まる声をして言った。
「湖賊の者はみんな無事です」
「よかった」
その言葉が、令は無性に腹が立った。
「よかったって、なんですか。なんで、敵を助けるんですか!? 先生が無事じゃないのに、人の心配なんてしないでよ」
突然、令の頬が叩かれた。
叩いたのは、湖賊の女だった。
「目を覚ましなさい! あなたは、何度も水神様に助けられていて、それでもまだ本当に大事なものが何かわからないの!?」
本当に大事なもの。
令は、これほど悔しかったことはない。
「なんだよそれ! 分かってるからこうやって、あんたたちを倒しに来たんだ! なんでそんなこと、悪人のあんたに言われなきゃならないんだ! それとも、あんたは自分が正義だとでも言うのか!? それなら先生は悪だっていうことになるよな!? あんたを、ぼくを、いつも助けてくれる半井先生が、悪なわけ、ないだろ」
最後は、涙がこみあげて、うまく声にならなかった。
「なんでもいいから、助けてよ。先生を」
これ以上、ぼくから大事なひとを奪わないで。
半井は、うっすらと目を開けて、令のことを呼んだ。
令が恐る恐る近づくと、半井は懐から瓶を取り出して渡してきた。
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半井もその刀を弾くのがやっと。
だが、その弾いた刀は攻撃に転じて戻ってくる。
半井は、猿のように跳んでそれをかわした。
人一人簡単に飛び越してしまうなんて。
半井の運動能力には驚かされるばかりだ。
だが、女の人も負けてはいない。
半井の着地するところをあらかじめ見計らい、手裏剣を打っている。
半井はそれを刀で弾きながら着地した。
そこに女がまた突きかかる。
さすがに、半井に令を守っている余裕はなさそうだった。
令が、自分で自分の身を守らねばと思った矢先、令は後ろから羽交い絞めにされていた。
「動くな!」
令を羽交い絞めにした大男が言った。
半井がそれに気づき、一瞬の隙ができてしまった。
半井の刀は折られ、女の刀の切っ先が半井の頸動脈に触れた。
「よし、一思いにやれ!」
令を捕まえた大男が大声を張り上げるが、湖賊の女は、そこからぴくりとも動かなかった。
「おい、どうした」
大男の問いにも答えない。
半助は、すでに観念していた。
女が、紗和が刀を引けば終わりだ。
だが――女は動かない。
予想外に与えられた機会に、半助は笑みをこぼした。
「紗和。また会えてよかった。生きて、いたんだな」
「紗和――。誰のこと」
紗和の目から。大粒の涙がこぼれた。
「記憶がないのか」
「知らない。私は、湖賊。紗和じゃない」
「じゃあ、どうして」
トントトトン。
トントン、トトン。
って、合図を鳴らしているんだよ。
「助けて、欲しいんだろう。紗和」
紗和が目を見開いた。
半助は、手甲で刀を弾き、紗和を力いっぱい抱きしめた。
「紗和、おかえり」
紗和はいっぱい目に涙をためて、
「おかえり、半助」と言った。
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どういうことだと、大男が呻くように言った。
令も同じ気持ちだった。
どうして、湖賊の女は半井に止めをささなかったのだろうか。
やろうと思えばできたはずだ。
「おのれ」
視線の端で蠢くものを捉えたかと思うと、西脇が起き上がろうとしていた。
それまで死んだフリをして隠れていたのだ。
西脇は立ち上がると、こちらに向かって小筒を向けた。
既に点火されている。
「くそっ、逃げるぞ」
湖賊は次々に海へと逃げ込んだ。
小筒は、湖賊の女を狙っていた。
「貴様が親玉だろう! 殺してやる!」
半井は咄嗟に紗和を突き飛ばした。
「先生!?」
小筒から放たれたのは、無数の針であった。
半井は、顔だけは、覆って隠したが、針は半井の、全身に突き刺さった。
たまらず、半井が膝を落とす。
「先生!」
駆け寄ろうとする令に、湖賊の女が叫んだ。
「あなたは湖へ!」
令は躊躇したが、他の湖賊の手も借りて、半井も湖へ連れていかれるのを見て、自分も飛び込んだ。
人喰魚はいなかった。
いや、大量の魚の全てが岸に向かっていた。
その魚たちに、蛙のような脚が生えているのを令は見た。
「こっち!」
湖賊に呼ばれて湖の中央へ泳いでいく途中、湖の辺りから、西脇の悲鳴が聞こえてきた。
半井は気を失っているようだった。
湖賊の女がしていた覆面をとり、半井の口に当てていた。他の二人の湖賊が半井を運んでいく。
皆、さすがに泳ぎが達者であった。
湖の中央へ行くと、不思議に光る丸いものがあった。
まるで、湖面に浮かぶ満月が、そのまま沈み込んだようなもの。
そこへ近づくと、令は急に何かに引き寄せられ、気づいた時には砂利の上に横たわっていた。
だがその砂利を見て驚いた。
全てが虹色に、輝いていたのだ。
さっきまで昼間だったはずなのに、空が暗い。
「あなたも、手伝って!」
令がその声にはっと振り返ると、湖賊たちが横たわる半井の身体から一本一本針を抜いていた。
「猛毒よ。はやく処置しないとこの人は死んでしまうわ!」
令は慌てて皆に混じり、半井に刺さった針を抜いた。
老婆が来て半井の傷口一つ一つに薬を塗り込んでいった。
令が固唾を飲んで見守っていると、半井がうっすらと目を開けた。
「令、大丈夫か」
その目は令を捉えていない。
「先生、ぼくは大丈夫だよ」
その声を聞くと、半井はいつもみたいな優しい笑みを浮かべた。
「よかった。紗和も無事か」
紗和、と呼ばれた湖賊の女は、半井の手を強く握り返して、
「ええ」
と詰まる声をして言った。
「湖賊の者はみんな無事です」
「よかった」
その言葉が、令は無性に腹が立った。
「よかったって、なんですか。なんで、敵を助けるんですか!? 先生が無事じゃないのに、人の心配なんてしないでよ」
突然、令の頬が叩かれた。
叩いたのは、湖賊の女だった。
「目を覚ましなさい! あなたは、何度も水神様に助けられていて、それでもまだ本当に大事なものが何かわからないの!?」
本当に大事なもの。
令は、これほど悔しかったことはない。
「なんだよそれ! 分かってるからこうやって、あんたたちを倒しに来たんだ! なんでそんなこと、悪人のあんたに言われなきゃならないんだ! それとも、あんたは自分が正義だとでも言うのか!? それなら先生は悪だっていうことになるよな!? あんたを、ぼくを、いつも助けてくれる半井先生が、悪なわけ、ないだろ」
最後は、涙がこみあげて、うまく声にならなかった。
「なんでもいいから、助けてよ。先生を」
これ以上、ぼくから大事なひとを奪わないで。
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