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皆が寝静まったころ、天井裏に人の気配が現れた。
半井は目を覚まし、即座に傍らの刀に手をかけた。
「待て待て、俺だ」
天井から声だけが降ってくる。
「その声は、麻呂」
「無事、薬草を受け取ったので、報告に来た」
「それだけじゃないだろう。何の用だ」
「本気で小僧を連れていくのか」
「連れていく」
「足手まといだぞ」
「そんなことはない。仕事はきっちりする。だからおまえも令にはかまうな。今度令を危険な目にあわせたら、俺はおまえを許さない」
「ひえ~こわいねえ。俺が何をしたってんだか」
「それより、出羽図様はどうだ」
「まだ、動こうとしないね。証がないことにはどうにも、危ういからな。後がない。失敗するわけにはいかないからね、仕方ないさ」
「証か――」
「ああ、それさえあれば兵を出せるよ。大義名分が成り立つんだからな」
「わかった。探ってみる」
「頼むぞ、半助」
天井裏の気配が消えた。
半井は思わず苦笑した。
仲間でありながら、不気味な男だ。二度とこの世界には戻るまいと、決めたのに。
どっぷりと浸かってしまっている。そんな己が、滑稽に思えた。
第五章
1
務は、また泣きそうな顔になりながらも、一人で留守番をしていてくれると言った。
令は、半井の紹介で、湖賊討伐隊に入れてもらえた。
行軍がゆっくりで、この前儺楼湖に向かったときに比べると、食事も出るし、寝るところもあるしで、だいぶ楽だった。
隊の司令官は、斎藤ではなかった。
斎藤は、あの雷の時、亡くなったらしい。
半井は、隊長の補佐官であった。前回の功績が認められたらしく、昇格したのだ。
隊長は、西脇という陰湿そうな男であった。
「俺はすごい人物なんだ」と、それが口癖で、それを聞かされるたびほかの兵は辟易していた。
自分で自分をすごいという者ほど小者だということは、まだ十四の令にもわかる。
恥ずかしい人だ。
まったくどうしてこんな奴が人の上に立てるのか。世の中とは不思議なものだ。
そしてそんな西脇には当然人望がない。
自分が部下に興味がないせいなのに、慕われる半井をいつも妬まし気に眺めていた。
里に着くと、いやでも焼け跡が目に飛び込んできた。それを見るとまだ心が痛む。
ここに残っていて、火事に巻き込まれたものは一体どんな思いだったのだろうか。
「よし。気を引き締めて行け」
西脇が言った。
いわれるまでもなく、隊の間には緊張感が漂っていた。
森で、警戒していた襲撃はなく、湖賊は不気味に沈黙をしている。
「いいか、弾は無駄に使うなよ。何かあったらまず私を守るんだぞ」
西脇はしきりにそういいながら、隊を湖へと進めていった。
夜になった。
もったいないという理由で、松明は必要最低限しか渡されていない。
足元が暗く、令は木の根にひっかかって転んでしまった。
「大丈夫か」
半井が助け起こしてくれる。
「これを使え」
半井は、令に松明を貸してくれた。
「でも、これがないと先頭を行く先生が大変なんじゃ」
「私は大丈夫だ」
半井はそういうと、明かりなしで暗闇をまるで見えているかのようにひょいひょいと進んでいく。
なぜだろう。令には、半井が、夜闇になじんで見えた。
先生は、もしかしてただのお役人さんじゃないのかもしれない。
「西脇殿。興はここまでにしませんか」
半井が、隊を止めて言った。
「なにを言う。湖はすぐそこじゃないか。行ってしまおう」
「敵が夜闇に紛れて攻撃をしかけてくるかもしれないのです」
「大丈夫だ。こちらには秘策がある」
「秘策? それは、どんな――」
「それは言えん」
「それはたいそうな秘策なのでしょう。ですが、その秘策も使う間がないくらいに素早い攻撃を仕掛けてこられたらどうしますか。この暗闇では、我々も身動きがとれません。真っ先に狙われるのは、隊長、あなただと思いますが」
半井の言葉を聞いて、西脇は「ううむ」とうなって言った。
「よし。そんなに休みたいのなら、休ませてやろう。ここで朝まで休憩だ」
半井はほっと胸をなでおろした。
ばかの機嫌をとるのは面倒なことだ。
しかし、秘策とは一体なんだろうか……。
半井は嫌な予感がし、それが気になっていた。
2
朝が来て、隊は湖に向かった。
昨夜は湖賊の襲撃もなかった。
隊にはますます緊張が走る。
このまま、何事もなく終わるはずがなかった。
湖賊は絶対何か、仕掛けてくる。
だが、隊はあっさりと湖のほとりに出てしまった。
きれいな凪の湖がそこにある。
遺体はすべて、片付けられていた。
ここから、命からがら逃げだしたのが、随分と昔のことのように思われた。
「静かだな」
半井が険しい顔をして言った。
確かに、不気味な静けさが漂っていた。
何が不気味なのか、風の音がないことが。鳥も一羽も飛んでいない。虫さえも見つからない。生き物という生き物がそこから姿を消しているように思えた。
「奴らめ、どこに隠れている。誰か、囮になって湖へ入れ」
西脇の無茶な命令に、だれもが嫌がった。
「それは、止めたほうがいい。湖賊は水中戦に長けている。水の中で襲われたら身の守りようがありません」
つまり、湖の中には死にに入れと言っているようなものだ。
「いいから、行け! 待ってるだけじゃ拉致があかんだろ!」
西脇は短期に怒鳴り散らし、側の兵を無理やり湖へ蹴落とした。
「うわああっ」
そのとたん、人喰魚が群がって、一瞬にしてその兵のことを食ってしまった。
令は、あまりの光景に、鳥肌が立った。
西脇もそれを見て青ざめている。
「なんだ、これは。毒が、全然聞いてないじゃないか」
西脇は、そういいながら、懐から出した瓶を湖に投げようとした。
半井はそれを見逃さず、素早く西脇の腕をつかむとひねり上げて瓶をうぱいとった。
「来ますよ」
半井が、険しい顔をして湖の中央に目を向けた。
そこには、あの少女が立っていた。
「己、湖賊め!」
西脇は、その少女に向かって銃を連発した。
自分が弾を無駄にするなと言ったのに、その縦断は少女をかすめもしない。
「水神様はお怒りじゃ。巫女にはもう止められぬ。人間、みな死ぬ」
少女は、静かだがよく通る声でそう言った。
「避けろ!」
半井が突然叫んだ。
それと同時に、森から礫が雨のように飛んでくる。
「ぎゃあっ」
礫に当てられ、体制をくずした兵が一人湖に落ちてまた魚に喰われた。
令は、半井が目の前に布を広げてくれたおかげで助かった。
ある兵は、腕を射抜かれ血まみれになっていた。
それだけでは終わらない。
今度は、湖から人が次から次に出てきて、氷でできたような刀で斬りかかってきたのだ。
「私から離れるな」
半井は、令を背に守りながらも、次々に敵を切り倒していった。
斬られた敵は、霧となって消えていく。
「亡霊か。きりがないぞ」
半井の額に大粒の汗が浮かんでいた。
半井は、令を守りながら、時折手裏剣を打ち、遠くの仲間も助けていた。
ひどく体力を粗油もうしているのは、容易に見て取れた。
気づけば、そこに立っているのは、半井と令だけになっていた。
亡霊たちが消えた。
と、入れ替わりに、覆面をした者らが現れた。
湖賊だ。
体格の良い男が、待ちきれぬとばかりに半井に襲い掛かってきた。
半井は、令を突き放し、男の刀を返すと同時、その胴を払った。
一瞬のことだった。
「ぐはあっ」
大男は、腹を抑えてその場にうずくまる。血は出ていない。
半井は、男を峰打ちにしたのだ。
次に掛かるものはいなかった。
大男がやられるのを見て、敵わないと思ったのだろう。
だが、一人まるでひるんでない者がいた。
あの、女だ。
湖賊の女は、目にも止まらぬ速さで半井に突きかかった。
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半井は目を覚まし、即座に傍らの刀に手をかけた。
「待て待て、俺だ」
天井から声だけが降ってくる。
「その声は、麻呂」
「無事、薬草を受け取ったので、報告に来た」
「それだけじゃないだろう。何の用だ」
「本気で小僧を連れていくのか」
「連れていく」
「足手まといだぞ」
「そんなことはない。仕事はきっちりする。だからおまえも令にはかまうな。今度令を危険な目にあわせたら、俺はおまえを許さない」
「ひえ~こわいねえ。俺が何をしたってんだか」
「それより、出羽図様はどうだ」
「まだ、動こうとしないね。証がないことにはどうにも、危ういからな。後がない。失敗するわけにはいかないからね、仕方ないさ」
「証か――」
「ああ、それさえあれば兵を出せるよ。大義名分が成り立つんだからな」
「わかった。探ってみる」
「頼むぞ、半助」
天井裏の気配が消えた。
半井は思わず苦笑した。
仲間でありながら、不気味な男だ。二度とこの世界には戻るまいと、決めたのに。
どっぷりと浸かってしまっている。そんな己が、滑稽に思えた。
第五章
1
務は、また泣きそうな顔になりながらも、一人で留守番をしていてくれると言った。
令は、半井の紹介で、湖賊討伐隊に入れてもらえた。
行軍がゆっくりで、この前儺楼湖に向かったときに比べると、食事も出るし、寝るところもあるしで、だいぶ楽だった。
隊の司令官は、斎藤ではなかった。
斎藤は、あの雷の時、亡くなったらしい。
半井は、隊長の補佐官であった。前回の功績が認められたらしく、昇格したのだ。
隊長は、西脇という陰湿そうな男であった。
「俺はすごい人物なんだ」と、それが口癖で、それを聞かされるたびほかの兵は辟易していた。
自分で自分をすごいという者ほど小者だということは、まだ十四の令にもわかる。
恥ずかしい人だ。
まったくどうしてこんな奴が人の上に立てるのか。世の中とは不思議なものだ。
そしてそんな西脇には当然人望がない。
自分が部下に興味がないせいなのに、慕われる半井をいつも妬まし気に眺めていた。
里に着くと、いやでも焼け跡が目に飛び込んできた。それを見るとまだ心が痛む。
ここに残っていて、火事に巻き込まれたものは一体どんな思いだったのだろうか。
「よし。気を引き締めて行け」
西脇が言った。
いわれるまでもなく、隊の間には緊張感が漂っていた。
森で、警戒していた襲撃はなく、湖賊は不気味に沈黙をしている。
「いいか、弾は無駄に使うなよ。何かあったらまず私を守るんだぞ」
西脇はしきりにそういいながら、隊を湖へと進めていった。
夜になった。
もったいないという理由で、松明は必要最低限しか渡されていない。
足元が暗く、令は木の根にひっかかって転んでしまった。
「大丈夫か」
半井が助け起こしてくれる。
「これを使え」
半井は、令に松明を貸してくれた。
「でも、これがないと先頭を行く先生が大変なんじゃ」
「私は大丈夫だ」
半井はそういうと、明かりなしで暗闇をまるで見えているかのようにひょいひょいと進んでいく。
なぜだろう。令には、半井が、夜闇になじんで見えた。
先生は、もしかしてただのお役人さんじゃないのかもしれない。
「西脇殿。興はここまでにしませんか」
半井が、隊を止めて言った。
「なにを言う。湖はすぐそこじゃないか。行ってしまおう」
「敵が夜闇に紛れて攻撃をしかけてくるかもしれないのです」
「大丈夫だ。こちらには秘策がある」
「秘策? それは、どんな――」
「それは言えん」
「それはたいそうな秘策なのでしょう。ですが、その秘策も使う間がないくらいに素早い攻撃を仕掛けてこられたらどうしますか。この暗闇では、我々も身動きがとれません。真っ先に狙われるのは、隊長、あなただと思いますが」
半井の言葉を聞いて、西脇は「ううむ」とうなって言った。
「よし。そんなに休みたいのなら、休ませてやろう。ここで朝まで休憩だ」
半井はほっと胸をなでおろした。
ばかの機嫌をとるのは面倒なことだ。
しかし、秘策とは一体なんだろうか……。
半井は嫌な予感がし、それが気になっていた。
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朝が来て、隊は湖に向かった。
昨夜は湖賊の襲撃もなかった。
隊にはますます緊張が走る。
このまま、何事もなく終わるはずがなかった。
湖賊は絶対何か、仕掛けてくる。
だが、隊はあっさりと湖のほとりに出てしまった。
きれいな凪の湖がそこにある。
遺体はすべて、片付けられていた。
ここから、命からがら逃げだしたのが、随分と昔のことのように思われた。
「静かだな」
半井が険しい顔をして言った。
確かに、不気味な静けさが漂っていた。
何が不気味なのか、風の音がないことが。鳥も一羽も飛んでいない。虫さえも見つからない。生き物という生き物がそこから姿を消しているように思えた。
「奴らめ、どこに隠れている。誰か、囮になって湖へ入れ」
西脇の無茶な命令に、だれもが嫌がった。
「それは、止めたほうがいい。湖賊は水中戦に長けている。水の中で襲われたら身の守りようがありません」
つまり、湖の中には死にに入れと言っているようなものだ。
「いいから、行け! 待ってるだけじゃ拉致があかんだろ!」
西脇は短期に怒鳴り散らし、側の兵を無理やり湖へ蹴落とした。
「うわああっ」
そのとたん、人喰魚が群がって、一瞬にしてその兵のことを食ってしまった。
令は、あまりの光景に、鳥肌が立った。
西脇もそれを見て青ざめている。
「なんだ、これは。毒が、全然聞いてないじゃないか」
西脇は、そういいながら、懐から出した瓶を湖に投げようとした。
半井はそれを見逃さず、素早く西脇の腕をつかむとひねり上げて瓶をうぱいとった。
「来ますよ」
半井が、険しい顔をして湖の中央に目を向けた。
そこには、あの少女が立っていた。
「己、湖賊め!」
西脇は、その少女に向かって銃を連発した。
自分が弾を無駄にするなと言ったのに、その縦断は少女をかすめもしない。
「水神様はお怒りじゃ。巫女にはもう止められぬ。人間、みな死ぬ」
少女は、静かだがよく通る声でそう言った。
「避けろ!」
半井が突然叫んだ。
それと同時に、森から礫が雨のように飛んでくる。
「ぎゃあっ」
礫に当てられ、体制をくずした兵が一人湖に落ちてまた魚に喰われた。
令は、半井が目の前に布を広げてくれたおかげで助かった。
ある兵は、腕を射抜かれ血まみれになっていた。
それだけでは終わらない。
今度は、湖から人が次から次に出てきて、氷でできたような刀で斬りかかってきたのだ。
「私から離れるな」
半井は、令を背に守りながらも、次々に敵を切り倒していった。
斬られた敵は、霧となって消えていく。
「亡霊か。きりがないぞ」
半井の額に大粒の汗が浮かんでいた。
半井は、令を守りながら、時折手裏剣を打ち、遠くの仲間も助けていた。
ひどく体力を粗油もうしているのは、容易に見て取れた。
気づけば、そこに立っているのは、半井と令だけになっていた。
亡霊たちが消えた。
と、入れ替わりに、覆面をした者らが現れた。
湖賊だ。
体格の良い男が、待ちきれぬとばかりに半井に襲い掛かってきた。
半井は、令を突き放し、男の刀を返すと同時、その胴を払った。
一瞬のことだった。
「ぐはあっ」
大男は、腹を抑えてその場にうずくまる。血は出ていない。
半井は、男を峰打ちにしたのだ。
次に掛かるものはいなかった。
大男がやられるのを見て、敵わないと思ったのだろう。
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