湖の民

影燈

文字の大きさ
7 / 21

しおりを挟む
第三章





「ところで、薬草てのは見れば分からか?」

同じ荷車に乗り合わせた、二人組の労働者たちがそんな会話を始めた。

令の乗り込んだ荷車には小さな小窓しかなく、中はとても狭くむさ苦しい。

男の汗の臭いが充満していて、すっぱい臭いがしていた。

その中に、托鉢となった令が潜り込んでいた。

令は一度人足たちの前に姿を現してしまっている。

顔を覚えられていたら面倒だと、半井が令に変装するよう言ったのだった。
それで頭を丸めた。

令は、側の人足たちの会話に、素知らぬ顔で耳を傾けた。

「ああ、莫迦でも分から」

話しているのは若い男と老年の男。
老年の方が、そう答えた。
言葉の訛りからして、二人は同じ出身らしい。

薬草は一目見てそれと分かる。
令はそれを聞いて、少しホッとした。

見てすぐに分かるのなら心配はいらない。

他の者らが金を探しているうちにサッサと摘んでしまおう。
令の目的は薬草だけだ。金や宝は要らない。

「へえ。それなら薬草をいっぱい採ったほうがいいよなあ? だって、金や宝より、薬草のほうが儲かるんだら?」
また若年のほうが訪ねた。

その言葉に返事はない。

令が気になって、つい視線を送ると、老年の人足と目が合ってしまった。

若年の人足は、老年にその口を押さえられている。
令はまずいことを聞いてしまったのだと悟った。

咄嗟に目を逸らしたがもう遅い。
「おい、おまえ見ない顔だな」

老年の男が話しかけてきた。
「はい。昨日、合流しました」

この金掘り労働の中では、現地近くで合流する者は珍しくないため、他の人足たちが不思議がることもなかった。

実際、同じ場所で令以外にも一人、別の荷車に合流をしている。

「そういや、居たな。随分若げだが。いくつら?」
「十八です」

実際は十四だが、金掘り労働は十八以上のものと決められているため、そう答えるしかない。

「そうか。小僧……今の話、聞いていたよな?」
「なんのことですか?」

令は必死にとぼけるが、老年の男は信じているのかいないのか、ニヤリとして言った。

「こいつは三郎。今回初めて金掘りに参加するんだが、莫迦なんら。あまり気にするな」


老年の男は一緒に話していた若年の男の肩を叩いて言った。
三郎は莫迦と言われてもさほど気にしてる様子はない。

「俺は権左ェ門。ゴンザと呼んでくら」

「はぁ……。あ、えっと、ぼくはレ、じゃなくて、太郎です。宜しくお願いします」

「太郎か。金掘りは簡単じゃねえ。欲張れば溺れて死ぬぞ」

死、という言葉に令は思わず息を呑む。

「儺楼湖には水神が居るって噂だ。機嫌を損ねると痛い目に遭うからな」

その言葉に三郎がいきなりばか笑いをした。

「水神って。ギャハハ。これだから年寄りは。そんなものいるわけねえだら? 誰か見たのかい?」

「直接見た者はいねえよ。けどな、たまにあり得ないことが起きるんら。あれは完全に水神の仕業ら」

「何言ってんだ。湖に渦が巻いて水柱ができたって話か? そりゃ、大袈裟に言ってるだけらって。ただ天気が荒れただけだろう。じーさん、ビビりすぎさ。そんなだから引退しろなんて言われるんだら」

「そうやって馬鹿にしてて痛い目にあっても知らねえぞ」

ったく。最近の若い者は目に見えるものしか信じねえ。

ゴンザは舌打ちをして、令に向き直った。

「おまえも、儲かるからって薬草ばかり狙うんじゃねえぞ。水神を怒らせたらタダじゃすまねえんだ」

「わかってます」
 令はきっぱりと言った。

 水神様のことは、幼い頃からよく聞かされていた。

儺楼湖に住んでいて、里を守ってくれている、大事な神様。

 我々は、儺楼湖の水神様に生かされているんだと、よく大人たちは言っていた。

 だから、病が出たときも、それが湖の水が原因だとわかって、里の民はみな水神様の怒りだと猛省していた。

湖から、宝を持ち出しすぎたのだと。

もとはと言えば、国が儺楼湖の宝を必要以上に要求してきたからいけないのだ。

それで、数少ない宝探師は寝る間もなくなり、令の父親は溺れて死んだし、紗和の父親もいつも疲弊しきっていた。

 そのおかげで、里は潤ったし、国も力を持った。
 でも、儺楼湖の水神様はきっと、怒っていたのだ。

「おめえ、水神を信じてるのか」
 気づけば、ゴンザが不思議そうな顔をして令を見つめている。

「え、あ……」
 令は、先ほどのゴンザの言葉を思い出して慌てた。

 町の若者は、水神様のことは迷信だとおもっているのだ。
令がそういったことを信じているのは不自然に映る。
 令が返答に困っていると、荷車が止まった。

「着いたぞ。降りろ」
 荷車の扉が開かれた。

 一気に光が差し込んでくる。
一瞬まぶしさに目がくらみ、次に飛び込んできた光景に、令は言葉を失った。









 かつて……



 儺楼湖の里は、美しい場所だった。
 春は湖畔に花が咲き乱れ、一面桃色に染まる。
 夏は空が青々と広がり、湖面が美しく輝いていた。
 秋は紅葉に染まり、冬は雪が里一帯を白く化粧をした。
 
 令はすべて覚えている。
 春のわくわくする香りや、夏の暑いときに泳ぐ湖水の気持ちよさ。
 秋の木の実のおいしいこと。よく紗和と木の実をもいで、その場で焼いて食べたものだ。
 冬は雪の上をソリで滑って遊び、凍った儺楼湖では穴を掘って釣りをした。

 だが……

「そんな――」
令の目の前に広がる儺楼湖の里は、かつての面影もない、ただの焼け野原であった。
 今は夏の前。本当なら里の入り口には青い小さな花が咲き乱れているはずだった。
 よく遊びに行った友だちの家は柱だけを残してあとは燃え尽きている。

令の育った思い出の家は、跡形もなかった。
 この頃はよく、畑で採れたスイカを、縁側に並んでみんなで食べた。

「不格好なスイカだけど、味はまあまあね」
 母さんは、スイカを出すときいつもそう言った。

 母さんは畑が好きだけど、あまり上手じゃなかった。
いつもいびつな作物ばかり作って、でも、不思議と味はおいしかった。

だから、
「うん。おいしいよ」
と、ぼくが言うと、弟が、
「とってもおいしい。ぼく、おかあさんの作った野菜大好き」
というのだった。


 でももう、その畑も、三人で並んだ縁側もない。
 来るんじゃなかった。こんなものを見なければならなかったなら。

 一瞬、そんな思いがよぎる。
 涙をこらえて震えていると、ぽんっと背中を叩かれた。
「しっかりしろ。おまえにはまだ守れるものがあるだろう」


 半井先生だった。
 先生は目を合わせず、それだけ言うとさっさと行ってしまった。

 令と知り合いだということが明るみに出れば、半井自身も危ない。
それなのに、令を励ましてくれたのだ。

 そうだ。まだ、お母さんは生きている。

故郷が焼け野原となっても、まだ大事な人たちは残っているんだ。
れを守るためにここへ来た。




 落ち込んでいる場合じゃない。




 令は顔を上げ、儺楼湖に向かう列に急いで戻った。






***********************
この作品が少しでも面白いと思っていただけた場合は是非 ♡ や お気に入り登録 をお願いいたします。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

処理中です...