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4.女の嫉妬はおそろしい 騎士団長Side
しおりを挟む騎士団長視点です。
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ルクレオンと初めて出会ったのは、あいつの故郷で魔獣の氾濫が起きてその応援に向かった時のことだ。
俺達王立騎士団が駆け付けた時、その細い肢体から立ち昇る魔力を纏わせて魔獣を蹂躙する姿を見て美しいと思った。
魔力が銀のオーラとなって彼を覆い、その剣先から唸りをあげて迸る魔力が魔獣を切り裂いてゆく。
夥しい魔獣の死体と飛び散る血飛沫の中で舞うその姿は銀色をした女神か死神か。
後であいつが十五歳の少年だと知った時は驚いた。
目をキラキラさせて俺に礼を言う姿は年相応に幼さを感じさせた。
銀のオーラを纏っていない今は中性的ではあるがごく普通の少年だった。
惜しいな--。
女であれば側室に出来たものを。
そう考えた己に驚愕する。
子供相手に、しかも男に何を考えているのか。
既に婚約者がいた俺はその感情に封をして王都へ戻った。
王族や上流貴族の子弟は成人前に婚約者が決まっていることは普通だ。
俺の婚約者は財務長官をしているグンブル侯爵の長女、コーデリアだった。
流石に王子である俺の婚約者に選ばれるだけあって、美貌と教養は誰もが認めるほどだ。
俺も不足のない相手だと受け入れていた。
ただ、彼女は異様に嫉妬深かった。
色んなパーティーに同伴で出かけるのだが、俺に挨拶するだけの貴婦人やご令嬢にすら嫉妬する。
表面上はにこやかに対処しているのだが、間近にいる俺には扇に隠したその目に妬心を宿しているのが見える。
まあその程度なら可愛げですむのだが、俺と少しでも長話する令嬢がいれば、彼女たちにその後なんらかの嫌がらせをするようになった。
婚約者がいるとはいえ、貴族の令嬢は婚前に性交渉をすることははしたないとされている。
だから娼妓や未亡人を相手にして大人の遊びに興じていた。
ところが、その相手が次々と事故にあう。
薄々彼女の仕業ではないかと思ったが、証拠もなしに婚約を破棄することなど出来ない。
ルクレオンに再会したのは二年後、彼が騎士団に入団したことで叶う。
身長こそ伸びていたものの、その中性的な容貌は団の中でも抜きんでていた。
女と見間違う事こそないが、凛としたしなやかな美しさは男達ですら魅了した。
剣に気迫を乗せて振るその姿は剣舞を舞うように美しく、誰もが己の鍛錬を忘れて見惚れるほど。
訓練の後の汗をぬぐう仕草に仄かな色香を感じて劣情を煽られるものも後を絶たない。
人当たりも柔らかい彼は老若男女に好かれ、男色の気がないものにすら言い寄られていた。
あいつの方はその気はないのか、靡く姿をみたことがない。それどころか強引に迫った男は手痛いしっぺ返しを食らったらしい。
俺もまた彼に魅了された一人だ。
あいつの一挙一動から目が離せない。誰にも渡したくはない。そんな独占欲が湧いた。
数年後にはあいつを副団長に抜擢した。少しでも傍に置いておきたかった。
実力もない貴族のゴマすり連中だけが反対したが、そんなものは彼の技量と事務能力の前には無力だった。
実際、あいつを副団長にしてから団の纏まりがよくなった。任務も滞りなく進捗する。
あいつが副団長になってからも彼にコナをかける男には事欠かない。
だがあいつには全く隙がない。俺が冗談交じりにコナをかけても見事に受け流されるのだ。
どうにかしてあいつの唯一になりたい。
ルクレオンへの思いを募らせ劣情を持て余し始めた俺は、コーデリアを警戒して控えていた娼館通いを始めた。
だがその途端に相手が次々と行方不明になる。
一度懇意にしている商人の素朴な娘が気に入ってちょっと遊んだのだが、その商人の家はやがて破産した。
コーデリアの嫉妬深さは計り知れない。
俺の相手を務めた娼妓を調べるのは造作もないだろうが、商人の娘など一度しか相手していない。
どんな情報網を持っているのか背筋が寒くなる。
以前から王宮のパーティーで年頃の令嬢と話しただけでも悋気を露にしていたが、これはやりすぎだ。
何処かで歯止めを掛けなければならない。
ルクレオンも抱けない。女も迂闊に抱けない。
自然と俺は苛立ちが募り、鬱屈が溜まってきた。次第に団員たちへの扱きも厳しくなる。
俺の煩悶を見かねたルクレオンが飲みに誘ってくれた。
二人きりで飲めるのは単純に嬉しい。
だが、こいつは解っているのか? 俺が一番思い悩むことがお前自身だということが。
惚れた相手を目の前にしても手を出せない俺はどんどん酒を呷った。
ルクレオンが酔いに仄かに顔を朱くしている姿に色香が漂う。
好きな相手がいるのか、どんな子が好みだと聞いてみてもはぐらかされる。
お前の目に俺だけを映したい――。
俺は酔いに任せてルクレオンを押し倒した。
いつもより酒量を過ごした彼もクスクス笑いながら抵抗しない。
それに気を良くした俺はとうとうあいつを抱いた。
一度関係を持ったことで大胆になった俺は時々ルクレオンを誘うようになった。
あいつも特に嫌がる風もなく誘いに乗る。
他の誰にも靡かなかったルクレオンが俺に身を任せてくれた。
羞恥に頬を染めて視線を逸らせる仕草も、漏れそうになる声を堪えながら快感に悶える姿も、俺しか知らない。
そのことに俺は舞い上がっていた。
ある時、事後に前後不覚に眠っているあいつの腕に嵌められた腕輪が気になった。
その腕輪から魔力が感じられるのだ。
そっと腕輪を外すと、彼の外見がさぁっと変化した。――銀色の髪に。
ああ、彼の纏う魔力のオーラと同じ色だ。
銀色の髪はこの近隣諸国では珍しい。ところによっては魔物扱いされる。
なるほど、それで魔法具で姿を変えていたのか。
普段の彼も美しいが、本来の姿は夜空に輝く月のように玲瓏たる美しさがある。
このまま彼を自分だけのものにしたい――そう強く思った。
だが、その蜜月もやがてコーデリアに気付かれた。
彼女はわざわざ王立騎士団の俺の執務室に出入りするようになった。
ここは部外者は立ち入り禁止だと何度も追い出そうとしたが、彼女は聞く耳を持たない。
それどころかルクレオンに含む視線を投げかけていた。
これはまずい――。
コーデリアはルクレオンの醜聞を仕立て上げて俺の耳に入れた。
よりにもよって女のような容姿で上層部を誑かし、売女の如く身体を投げ出して俺の地位を脅かそうとしているなどと、あり得もしないことを言い出した。
このままではルクレオンも排除される。
その前に――。
「目障りだ、消え失せろ」
鋭い眼光をルクレオンに突き刺しながら、俺は言い捨てた。
俺の隣には婚約者のコーデリアが張り付いている。
彼女は勝ち誇った目でルクレオンを見下げていた。
腹立たしい思いを本来向けるべきコーデリアではなく、あえてルクレオンに向けた。
「……ご無礼致しました。失礼させていただきます」
彼は深く一礼すると、そのまま執務室を辞した。
これでいい。
彼は機転のきく男だ。すぐさま王都を立ち去るだろう。
その間にこの女の所業の証拠を固めて排除してやる。
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