勇者パーティーを追放されたら、魔王軍にスカウトされました。〜エロトラップダンジョンで、世界平和を目指します〜

栄円ろく

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 光があれば影がある。人々を照らす白い陽光があれば、闇夜に浮かぶ青い月光が対をなす。

 光は正義。闇は悪。ならば豊穣の女神を崇拝するエディノン聖王国は白い光だ。

 では、対を為す青い闇は——不浄の魔王を主とするヴィンザード帝国。異形の魔物が住まう、混沌の地。

 つまるところ、光か闇か、白か青か……

 はっきりと明瞭に切り離せない自分の弱さが、全ての原因なのだと、リオンは前から気づいていた。



  ・・♦︎・♦︎♢♦︎・♦︎♢♦︎・♦︎♢♦︎・♦︎・・



 ジョッキから放たれた液体を、リオンは避けようと思えば避けられたが、あえて静かに目をつぶる。

 頭からかぶったエールが、短いリオンの黒い髪をつたった。

 苦い。薄く開いた唇から、ぬるいエールが入り込んだ。

「……リオン、お前はまた沈黙か」

 エールをかけられた衝撃で消えていた周囲の騒音が、一気にリオンの鼓膜を刺激する。

 ここはエディノン聖王国から少し北に行った地方都市、ドンケランだ。街中でも一番大きい酒場では、今日も賑やかに傭兵やら冒険者やらがジョッキ片手に大声で話してる。

 時刻は深夜なのもあり、酔った人々は酒場の片隅にいる男女四人のグループの異変には気づかない。

 リオンは周りの注目を集めてないことにほっとしつつ、今酒をかけてきた相手の怒りを察して、恐る恐る目を開けた。

 ……とは言っても、体躯が大きく、質のいいプレートアーマーを着たリオンがゆっくりと瞼を上げる動作は、鷹揚な態度とも取れなくない。

 リオンが目を開けた先にいる、金髪赤眼の青年もそう感じたのだろう。

「ちっ、思うことがあるなら言えよ!」

 と叫び、ジョッキをドンッとテーブルに置いた。びくっと、青年の両脇にいる女子二人が、肩を震わせる。

 リオンから見て左に座る女子は、大きな杖を両手で握りしめ、つばひろの帽子をうつむき気味にしている。

 右側にいる彼女は、震える手で純白の修道服の袖をつまみ、リオンと目を合わせないように視線を泳がす。

 魔法使いと聖職者。立派な剣を椅子に立てかけているリオンは戦士だ。

 そしてこのパーティーの中心にいる、豪奢なマントを羽織った青年は——

「それともあれか? 勇者様の俺には意見できないってか?」

 エディノン聖王国の国教であるアルティナ教会に降った、『王族の血を引き、黄金の髪を持つ男児が世界を救う』という神託に則り、選ばれた勇者様。

 名をジークムント・フランツ・フォン・シュタイン。王位継承権第二十三位、十数団体以上ある勇者パーティーの内の一人だ。

「俺は……」

 リオンはテーブルの上で拳を握る。勇者からの叱責から逃れるように、視線を下げた。

 元々リオンはエディノン聖王国の王室に仕える近衛騎士だ。ひと月ほど前に、神託の影響で、数多作られた勇者パーティー——というのも、神託に該当する男児がたくさんいたせいだ——のうちの一つである、ジークムントのパーティーに、戦士として任命された。

 戦士職としてはまだひと月ほどしか経験していない。今年でリオンは二十三の年になるが、その生涯の内、六年ほどは王宮で王族の護衛に当たっていた。たまに遠征や、戦地に赴くときもあるが、数年に一度の頻度だ。

 ゆえに、主人である王族のジークムントに、リオンはどう意見を述べればいいのかわからない。騎士は主人を守る剣であり盾。私見を求められるなど、一度もなかった。

 リオンはどう返事をしようか、口の中で言葉を転がす。下手なことを言って、王室の怒りをかうのは避けたい。そう考えるあまり手に力が入ってしまい、まるで怒りに震えているかのように見えてしまった。

「……お前はいつもそうやって黙るが、俺が聞きたいのは一つだけだ」

 仲間に見せているとは思えない敵意に満ちた目で、ジークムントがこちらを睨む。

「なぜ、魔物を殺さない。なぜ、戦士の職務を全うしない……俺はこんな大怪我までしてるのに!!」

 ばんっ! と衝撃音が聞こえそうなほどの勢いで、ジークムントは包帯の巻かれた左手をリオンに見せつける。今日の夕方、ハンヴィア森林を抜けてドンケランを目指している途中で負った傷だ。

「あのときお前が金剛竜を倒していればこうはならなかった! そうだろう? なぁ!」

 烈火の如く怒るジークムントの前で、リオンは大きな体を縮こませる。

 確かにジークムントの言う通り、リオンはハンヴィア森林で出会った金剛竜の幼体に、とどめを刺さずに逃してしまった。

 事実だけ並べられると、戦士としては失格。戦士どころか、仲間に怪我を負わせた魔物を逃すなど、倫理観にも欠けるだろう。

 ——でも、俺は……

 そう、リオンが心の中で呟くと同時に、俯いたリオンの毛先からエールの雫が落ちた。

 ジークムントは一方的にリオンを責め立てるが、リオンはハンヴィア森林に入る際、「ここは魔物が出るため、なるべく早く抜けましょう」と忠告した。

 その上、魔物と遭遇しないよう朝から昼の明るい時間を選んだ。魔物は夜に活動する個体がほとんどだからだ。

 しかし「疲れた」と言って途中で勝手に休憩をし始めたのはジークムントだ。しかも夕暮れに金剛竜の気配を感じて、行程の迂回を提案をしたリオンに、「なぜ勇者である俺が避けないといけない?」と言って、ずんずんと進んでいったのもジークムントだ。

 正直、怪我をしたジークムントを見て、リオンは心配よりも、

『だから言ったのに……』

 という呆れの気持ちが優ってしまった。あまりにも想定通りの展開過ぎて、自分だけ一歩先の未来から訪れた気分になった。

「えっと……俺は……」

 だが、その、『だから言ったのに……』をリオンは立場上そのまま伝えられない。

 では別の柔らかい言い方、敬いも残しつつやんわりと伝える方法を探しては……広大な森の中を彷徨っているような感覚に陥る。

 目当ての言の葉を見つける前に焦りが募り、もう自分が悪かったと謝れば済むのでは? と諦めにも、逃げにも似た気持ちが沸き起こる。

 結局本当に言いたい言葉はどこかへと消化され、リオンは自分が何を言いたかったのか、わからなくなってしまった。

 ぽた、ぽた、と髪や顎から落ちるエールが、木製のテーブルにぷくりと山形に落ちる。しばらくすると、じわーと染み込み、黒い染みを作った。

 黒と茶。引かれた境界が曖昧に溶け、乾き、元の茶色に戻る過程を眺めるほどの時間が経った頃。

「もういい」

 がたっと立ち上がったジークムントに、リオンははっとして顔を上げる。

「お前は俺のパーティーにふさわしくない。ここでお別れだ」

「あっ」

 まずい、と気づいたがもう遅い。今まで何度もジークムントに言われてきたことだ。

 ——次、職務を全うできなかったら、パーティーから外す。

 上質なマントを翻し、酒場から出ていくジークムントを、女性陣二人は慌てて追いかける。

 リオンは『引き止めなければ』と思う反面、『王族の意思決定に逆らうのか?』という疑念が交差し、椅子に座っていた腰が、立ったり座ったりと浅い浮き沈みを繰り返す。

 迷っている間に彼らの姿が完全に見えなくなり、仕方なくゆっくりと腰を下ろした。今起きた現実に向き合うために、ひとまず深く息を吸う。酒場のオレンジの光が、責めるように照らしてる気がして、両手で顔を覆って視界を暗くした。

 ——もし、もし……相手が王族だからといって怯まず、はっきり意見を言えたら違ったのだろうか……

 いや、問題はそこじゃない。とリオンは思い直す。

 ——あのとき、金剛竜を殺せてたら……

 ふと、怪我をした金剛竜の幼体が目の裏で再生され、息が止まる。血を流し、怯える瞳に心臓が嫌な音を立てる。

 リオンは本当は気づいていた。みんなが当たり前にできていることが、できない自分が悪いのだと。全ての原因は、魔物を殺すべき対象だと割り切れない、自分の弱さにあるのだと——
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