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番外編(短編)

バレンタイン番外編短編

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※短編番外編。時間軸は本編77、78の間あたりを想定してます。

 二月十四日は憎き日である。
 前世日本では恋人たちがキャッキャウフフし、俺には一生縁ないなぁ……とギリチョコを涙しながら食べる。それがバレンタインデーという日だった。

 でも今年は違う!!
 俺には渡したい人がいて、渡せる相手がいる。好きという気持ちを我慢しなくていい!

 バレンタインデーを作ってくれた日本の製菓業界に感謝する日が来るとは……

 「森●製菓、バンザ~イ!!」
 「ジル様、どうされました?」
 「ナ、ナティさん!?いつの間に!?」

 俺は前世のとある企業に向けて上げていた手を、何事も無かったかのように下す。しかしナティさんにはバッチリ見えていたようで、訝しむ目は変わらない。

 「ジル様のご様子を伺いに来たのですが……もり……なんですか?」
 「いえ! なんでありませんっ!」

 俺は自分の奇行を誤魔化すために、製菓作りに使っていた道具をかたす。するとナティさんが慌てて
 「あ、そのままで大丈夫ですよ。後は私たちがやっておきますので」
と言った。

 「あ、でも俺が無理言って使わせてもらっちゃったので……」
 「そちらは特に気になさる必要はございません。昼食と夕食の間は、誰も使っておりませんから」

 そう言いながら、ナティさんは俺と一緒にボールやヘラを洗ってくれる。おかげで片付けはあっという間に終わった。

 「ナティさん、ありがとうございます」
 「いえ……ところで、どうして急にチョコレート菓子をお作りに? もしご命令とあれば、手配しましたが……」
 「あ、いや、その…….ライア様への日頃の感謝というか……ただ俺がやりたかっただけというか……」

 そう。この世界にはバレンタインデーなんてものは存在しない。同じくクリスマスも無ければ、ハロウィンもない。ゆえに、これは俺の我がままであり、自己満に過ぎなかった。

 でもかねてからの夢だったのだ。
 好きな人に手作りのチョコレートを渡すのが。

 乙女チックな自覚はある。お店のチョコレートの方が美味しいとも思う。
 けれどこの機会を逃したら、次はいつ前世の夢を叶えられるかわからない。だからどうしても、ライア様が俺のことを好きと言ってくれている間に、手作りチョコを渡したかった。

 「まぁ、ライア様も、俺の手作りより、買ったものの方が嬉しいのはわかっているんですけど……」
 「それはないですね」
 「え?」

 何か根拠があるように、ナティさんは自信満々に答える。
 「こういうのは気持ちが大事です。ジル様が時間をかけてライア様のことを思って作ったものならば……絶対にライア様は、手作りの方が嬉しいはずですよ」

 「そ、そうですかね……」
 「ええ、そうです」

 普段あまり笑わないナティさんが笑みに、俺は少しだけ自信がみなぎった。


◇◆◇◆◇◆


 夕食後、ジルが「ライア様、ちょっと待っていただけますか?」と言って席を立った。なんだろうと思っていると、ジルが背中に何かを隠しながら席に戻ってくる。

 「これ……日頃お世話になっているので……」

 ジルが手を前に出すと、赤いリボンで包まれた可愛らしい箱が現れた。大きさは両手に収まるくらいで、一目でプレゼントだとわかる。

 「え、ちょっと待て、今日は何か特別な日だったか?」

 「あ、いえ、今日はなんでもない日なんですけど、プレゼントを渡したいなぁと思って……迷惑でした?」

 ジルの声がしゅんと落ち込む。それがまるで叱られた犬のようで、私は慌ててジルに弁明した。

 「迷惑なんかじゃない、すごく嬉しい! ただ、驚いてしまって……私が何か大事なことを忘れてるのかと……」

 「あ、そうだったんですね。俺が急に渡したくなっただけですから、今日は何にも無いですよ」

 「そうか、ならよかった……改めて、プレゼントありがとう。とても嬉しい。箱を開けても?」
 「ええ、ぜひ」

 丁寧に包装された包み紙を開け、蓋を開ける。中を覗くと、艶っと輝く黒い球体が四つほど入っていた。

 「おお、綺麗だな。これは……」
 「チョコレートです。……その、手作りなんで、美味しくないとは思うんですが……」
 「え!? こ、これ、手作りなのか!?」

 にわかには信じられず、もう一度箱の中身をみる。四つ並んだチョコレートは素人が作ったとは思えないほど均一に大きさが揃っており、どこの高級店と比べても遜色ないだろう。シャンデリアの明かりを反射する光沢は、宝石と見まごう出来だった。

 「はい……その、テンパリングして……」
 「テンパリング……?」

 「カカオバターの結晶構造の融点の差を使い……」
 「結晶構造の融点……?」

 「ファットブルームができないようにですね……」
 「ファットブルーム……?」

 ジルが頬を染めながら、照れたように説明してくれる。しかし言ってる内容が全く理解できない。唯一認識できだのは、ジルはひどく勤勉で手先が器用だ、ということだった。

 「す、すごいなジルは……」
 「そ、そうですか? えへへ……そう言ってもらえて、嬉しいです」

 可愛らしくはにかんでいるが、やっていることはプロを泣かせる所業だ。私はジルの能力の高さに、少しだけ戦慄した。

 「じや、じゃあ、さっそくだが、この丹精込めて作ってくれたチョコレートをいただこうか」
 「あ、はい!」

 私は四つの中から一つを選び、口に運ぶ。ジルは緊張した面持ちでこちらを見ていた。

 「ん、これは……」
 『美味しい』と言おうとしたとき、舌が予想もしていなかった刺激を受ける。一瞬眉根が寄ったが、すぐにこれがなんの味かわかり、思わず笑ってしまう。

 「ふっ、ふふ……っ」
 「ラ、ライア様? どうされ……んむっ!」

 ぽかんと開いたジルの口に、私はチョコを一つ入れる。ジルは驚いたように目を見開くが、拒むことなく咀嚼した。

 「ん……んっ! これは……!!」
 「ふ、ふふっ、気づいたか?」
 「しょ、しょっぱいです……!!」

 さぁとジルの顔が青くなる。きっと塩と砂糖を間違えたのだろう。なんて可愛いミスなんだと思っていたら、ジルが震える手でチョコを取ろうとする。

 「ん? まだ欲しいのか?」
 「ち、違います! 捨てるんです!」
 「捨てる!? ダメだそれは!」

 ばっと箱を手に取り、ジルの届かない場所まで遠ざける。ああ……と言ってジルは項垂れた。その顎を掴んで強引に目を合わせさせる。

 「これは私へのプレゼントだろ? たとえジルでも絶対に捨てさせない」
 「でも……こんな不味いの、ライア様に食べさせるわけには……」

 ジルは唇を尖らせて不服そうにする。そのいじけた表情が愛らしくて、無意識に唇を重ねていた。

 「んっ……ラ、ライアさ、ま……」

 薄く開いた口から、舌を入れる。ジルは軽く体を押すだけで、強く抵抗しない。そういうところが、歯止めを効かなくさせる。

 「んっ……ふっ」

 私が上顎に舌を這わせると、ジルの体が脱力する。空いた手で体を支え、唇でジルを求めた。本当はもっと溶け切ったジルをみたい。顔を真っ赤にさせて、自分を求める姿を見たい。けれどジルからちゃんと返事をもらっていない今は、ここが限界だった。

 「ん、はっ……ラ、ライア様……」

 離れ難いと思いながらも唇を離すと、とろんとしたジルと目があう。危うく理性が飛びそうになって、ジルを支える手に力が入った。

 「なんだ? どうした?」
 「ふふっ……しょっぱいですね」

 蒸気した顔でジルは笑みを作る。ああ、なんて可愛いんだろう。早く返事が欲しい。焦る気持ちを押し殺して、もう一度ジルの顎を掴んむ。

 「え、ラ、ライア様?」
 「今のはジルが悪い」

 唇を重ねる。ジルは「あっ」と言ったが、流されるように受け入れた。私はそれに気分がよくなって、一度目よりも長く、深いキスを交わした。


※バレンタインにチョコを贈る文化の始まりは諸説あります。今回は森●製菓さんの説を使わせていただきました。
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