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本編

エピローグ

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「取れた」

「お前…それの才能あるなぁ…」


 神楽が呆気に取られたような顔でクレーンゲームを見遣る。

 仕事の電話が来たとかで、湊さんが十分前にゲームセンターの外に行ってしまってから、これで二つ目の景品だった。
 いつか神楽に渡したのと同じぬいぐるみ。色違いで、青と白が一つずつ。神楽が持ってるぬいぐるみは黒色だ。


「…。…そんなにそのクマが気に入ったなら、前に貰ったやつ返したのに」

「…?」


 苦笑を浮かべてそう語った神楽に首を傾げる。
 神楽の言葉の意味を理解して、すぐに「そうじゃない」と否定した。


「三人でお揃い、ほしかっただけ」

「お揃い…?」

「うん。青が湊さんで、白が俺。黒は神楽」


 青と白のクマを両腕で抱えて答える。

 いつだったかテレビで見た。動画だったっけ、そこはよく覚えてないけど。
『お揃いは仲良しの証』だって。仲良しはお揃いの指輪とか、ネックレスとかを買うらしい。
 幼稚だと思われるかもしれないが、俺はその『お揃い』とやらに憧れを抱いてしまった。

 俺も神楽と湊さんとのお揃い欲しい。そう思って、二人をゲームセンターに誘ったのは昨日のことだ。
「雲雀が自分から誘ってくれた…!」とか何とか二人が騒いで、何故かすごく嬉しそうに了承してくれた。けど前日に急で予定を入れてしまったからか、湊さんはさっきから仕事の電話で忙しそうだ。


「…お前それペアリングじゃ…仲良しって言うか恋人…――」

「うん?」

「あ…あぁいや、そうだな、仲良しの証欲しいよな!」


 何やらもごもごと呟いていた神楽だったが、俺がきょとんと目を瞬かせると、ニカッと笑って頷いた。
 少し汗をかいてるみたいだけど、どうしたんだろう、何でそんなに焦ってるんだろう。


「なぁに?恋人が何だって?二人で何の話してるの?」

「ヒェッ…」

「湊さん!おかえり」


 神楽の後ろからひょこっと顔を出したのは、十分前から居なくなっていた湊さんだ。
 ダラダラと汗をかく神楽の横で笑顔を浮かべて、俺の頭を撫でながら「ただいま」と返してくる。遅くなってごめんね、と眉を下げる湊さんにふるふると首を振った。

 ただでさえ仕事が忙しい湊さんを突然に誘ったのは俺だ。余裕を持ってもっと前から誘った方がよかったな、と反省した。
 固まる神楽を不思議に思いながらも、湊さんから問われたそれにさっきと同じようなことを答えた。三人でお揃いが欲しい、という我儘を。


「…、……それ、ペアリングじゃ…」

「あ、あぁっと東堂さん!雲雀の奴、東堂さんの為に頑張ってクマ取ったんすよ!」


 ぽかんと目を丸くした湊さんの言葉を遮って、神楽が焦ったような笑顔で青いクマを渡す。勢いに押されてそれを受け取った湊さんは、少しの間じっとクマを見下ろした。


「……あの…」


 どうしよう、深く考えずに自分の好きなクマのぬいぐるみを選んでしまったけど、よく考えたら湊さんはぬいぐるみなんか興味無い可能性が高い。
 いつも上物のスーツを着て、持っている小物も最高級品の湊さんに、百円で取ったぬいぐるみなんかを渡しても喜ばれるはずがない。むしろ嫌がられて…――


「………」

「え…あの…湊さん…?」

「すげぇ喜んでる…」


 しばらくじっとぬいぐるみを見下ろしていた湊さんは、突然片手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。

 長身で大人っぽい印象の湊さんが、ギュッとぬいぐるみを抱き締める姿はちょっと可愛かった。これがギャップ萌えってやつか。
 ぐっ…!と拳を握り締める姿は、確かにどことなく喜んでるようにも見えた。


「雲雀からのプレゼント…雲雀が汗水垂らして手に入れたぬいぐるみ…家宝…国宝…」

「そんな大袈裟な…」

「別に汗水垂らしては無いっすよ」


 両手をおろおろと振って否定する俺と、サラッと言い切る神楽。
 湊さんはどちらの言葉も聞いた様子は無く、ただめちゃくちゃ嬉しそうな表情で立ち上がった。


「死んでも大切にするよ。このぬいぐるみは俺達の墓に一緒に入れてもらおう」

「うん…?気に入ってくれたならよかった」

「ナチュラルに一緒の墓に入る気満々だ…」


 神楽がボソッと吐いた呟きは、小声過ぎてよく聞こえなかった。

 湊さんが喜んでくれたことに安堵して、力が抜けた体が同時に油断してしまう。ぐるぐる…とゆっくり鳴ったお腹の音に、一瞬空気が静まった。
 ちらっと視線を落とす俺を見て、二人が一気に反応する。神楽は苦笑して、湊さんは何やら「くぅっ…!」と顔を赤らめた。


「可愛すぎる…お腹の音も大優勝…」

「なんて…?」

「そろそろ昼飯行こうかだって」

「おお。行きたい、ご飯」


 湊さんの興奮を抑えるような声が聞こえたが、肝心の内容が聞こえづらくて聞き返す。
 横から神楽が教えてくれたので納得して頷いた。やっぱり湊さんは優しい。すぐにそうやって気を遣ってくれて、本当に親切だ。

 蹲っていた湊さんが、やがて回復したのかにこやかに表情を戻す。「何食べたい?」と聞いてくれたので、何も考えず正直に「ラーメン」と答えた。
 すると二人は思案する様子もなく歩き出して、何ラーメン食おうかななんて普通に語り始める。


「え、え…二人はラーメンでいいの?」


 慌てて問いかける俺に、二人は目を瞬かせて答えた。


「雲雀がラーメンっつったらラーメンだろ」

「俺もラーメンの気分だったんだよ。奇遇だね、運命かな」

「後からなら何とでも言えるんだよなぁ……」


 キラキラ笑顔で答える湊さんと、呆れ顔でツッコむ神楽。二人の優しさに気が付いて、ぐっと湧き上がった感情を必死に堪えた。

 手前を歩く二人に駆け寄ると、振り向いて返ってくるのは優しい表情。


「…楽しいね」


 知らず、ふわりと心の底からの笑みを浮かべていたことには気付かなかった。
 楽しくて、嬉しくて、心がふわふわするような感覚。これを何と呼ぶのか、俺はもう分かってる。

 続けて紡いだその言葉に、二人は泣きそうな顔で微笑むのだ。


「――…しあわせ、だね」

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