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本編

5.一緒ならもっと

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「――…ひーばり」

「ん…」

「雲雀?」

「んーゃ…」

「かわいいなぁもう…」


 優しい微笑を含んだ声が聞こえるが、眠気が勝って重い瞼が一向に開かない。膝を抱えて丸まっていると、突然全身に暖かくふわふわした感触を感じた。
 どうやらブランケットか何かで包まれたらしい。ぐるぐる巻きにされて動きを封じられると、まん丸の体を持ち上げられてすっぽりとどこかに収められた。
 ぎゅーっと包まれる感覚に流石に目を覚まし、むにゃむにゃと頭をこっくりさせる。揺れる頭を支えるように後頭部に手を添えられると、その手で髪を梳くように優しく撫でられた。

 腕の中に包まれて、抱き締められている。そう気付くまでにそれなりの時間がかかった。
 のろ…とゆっくり顔を上げると、案の定唇が触れ合うくらいの至近距離に湊さんの美しいご尊顔が。シャワーから上がったばかりらしい。ソファに座って膝の上に俺を乗せ、とても満足そうな様子だった。
 ぱちぱちと瞬きして眠気を吹き飛ばそうとするが、起きたばかりなのでどうしても怠さが抜けない。寝惚け眼で視線を合わせると、湊さんの綺麗な瞳が細められた。


「…おはよう」

「おはよう雲雀。こんな所で毛布も無しに寝てたら風邪引いちゃうよ」

「ん、ごめんなさい…」

「んー…許す!」


 かわいい!と噛み締めるように呟いて頷く湊さん。
 ブランケットから手を出して、どうにも眠気の抜けない目を擦ろうとすると直ぐに手を捕らえられて止められる。
 頬を緩めた湊さんが「赤くなっちゃうよ」と言うのに従い大人しく手を下ろした。


「まだ眠い?疲れが溜まってるのかな、もう寝ちゃおうか?」

「ゃ…あそぶ」

「ぅぐっ…かわっ…、遊ぶって、何して遊ぶの?」

「…おはなし」

「可愛すぎない…?」


 ふにふにふにふに、と真顔で俺の頬を摘みながら会話する湊さん。曰く俺の頬は頬と言うより"ほっぺ"って感じらしい。どういう意味なのかはよく分からないが、湊さんがほっぺというならほっぺなんだろう。
 こうして暇さえあればふにってくる。湊さんが楽しそうでなによりだ。

 頬を摘む手を捕まえてにぎにぎすると、湊さんは悶絶するように俯いて震えた。そんなに強く握ったつもりはなかったが、痛かっただろうか。
 離した手を今度は彼の頬に持っていき、ふにふにと柔く摘んでみる。なるほど、頬を触って何が楽しいんだと疑問だったけど、確かに摘んでみれば楽しいな。
 湊さんの頬をさわさわと撫でたりふにっと摘んだり。楽しくなって無言で続ける俺の手に、湊さんが自分の手を重ねて優しく制した。


「…それ以上触ったらだめ。我慢出来なくなっちゃう」

「…?なんの我慢…?」

「~っ、雲雀は知らなくていいの!」


 赤くなったかと思うと誤魔化すように言う湊さん。きょとんと首を傾げるが、説明してくれる様子は無い。俺には内緒ってことか、ちょっと悲しいけどまぁいい。
 湊さんが「まだ早いよな…」とぶつぶつ呟く。何が早いのかよく分からないが、時が来れば分かるのかな。
 でも、何のことかは分からないから置いといて、湊さんが我慢とやらをする必要はあるんだろうか。したいようにすればいいのに。


「我慢しなくていいよ。湊さんいつも仕事頑張ってるし、優しいし、したいことしてもバチ当たらないと思う」

「うぅ…雲雀が清らかすぎる…俺は獣だ…っ」

「湊さんは獣じゃないよ…?いつも理性的で穏やかだから、獣とは遠いと思う」

「心が痛む…!」


 まるでナイフで刺されたかのように心臓の辺りをギュッと握りしめる湊さん。
 心臓が痛いなんて、病気じゃないよな…?と眉を下げて、俺も湊さんの心臓の辺りを撫でてあげた。
 湊さんが病気だなんて許せない。死ぬなら彼には寿命で奥さんや子供、孫に囲まれて幸せに死んでもらわなきゃいけないのに。ましてや俺より先に死ぬなんて論外だ。


「大丈夫だよ雲雀。病気じゃないから、俺の穢れた心の問題だから…」


 病気じゃないのか、ならよかった。湊さんの心が穢れているとかはよく分からないけど。綺麗に決まってるけど。とりあえず死なないならいいや。

 胸をさわさわ撫でていた手も捕まえられて、片手で頭をなでなでされる。心地良さに目を細めると、湊さんは蕩けた瞳で微笑んだ。


「…あ」

「ん?どうしたの?」


 ふと思い出して、湊さんの膝の上から降り立ち上がる。ずっと抱き締められて体はあったかいままなので、ブランケットはソファの背もたれに掛けた。
 ぱちぱち目を瞬かせて首を傾げる湊さんを横目に、スタスタと早足でリュックが置いてある場所へ向かう。中を開いてビニール袋を取り出すと、それを持って湊さんのところに戻った。

 きょとんとしている湊さんの前で、ビニール袋から目当てのものを取り出す。テーブルの上に置くと、彼は一瞬目を見開いておかしそうに笑った。


「シュークリーム。一緒に食べよう」

「ほんと…っ、かわいいなぁ…っ」


 何がツボったのか肩を震わせて笑う湊さん。
 二つあるうちの一つを手渡して湊さんの隣に座り直す。パッケージを開いてシュークリームを取り出すと、一口めをどこから食べようかと悩んで眉を下げた。
 そんな俺の顔を見下ろしてきょとん首を傾げる湊さん。どうしたの?と聞いてくるので、一旦シュークリームから視線を逸らして答えた。


「これ、カスタードとホイップ両方入ってるんだ」

「あ、そうなんだ。すごいね、美味しそう」

「美味しいよ。でも両方一緒に食べるともっと美味しい」


 この手のシュークリームは大抵、カスタードとホイップが綺麗に分断されてる。つまり、混ざってない。
 一口めがカスタードだったら、カスタードが終わるまでホイップには辿り着けない。逆も然り。
 でもそれじゃ本末転倒。このシュークリームの魅力は、カスタードとホイップが同時に楽しめること。片方から順番に楽しむなんて正しい食べ方とは言えない。

 狙うはカスタードとホイップの境目だ。
 悩みに悩んで、俺はついに決める。狙う境目はここだ、ここに違いない!
 ぱくっ、とようやく一口めを齧る。


「………」

「…カスタードだね」

「……おいしい」

「ふはっ」


 思いっきりカスタードだった。ホイップは遥か遠くである。
 吹っ切って普通に食べ進めていると、齧った方と逆側のところからクリームが溢れる。慌ててそこをぱくっと食べるが、今度はさっき齧っていたところからクリームから溢れてしまった。

 中のクリームが思ったより多い。これはクリームを少し減らしてから食べた方がいいな。
 持ち手の部分をちょっとだけ潰してクリームを出す。ぺろっと舐めたり吸ったりを繰り返していると、ふと隣の気配が狼狽えたように震えた。
 何だ?と思って振り向くと、そこには何故か顔を逸らして俯く湊さんが。髪から覗く耳元が少し赤らんでいる。


「どうしたの」

「…ううん、何でもないよ」


 何でもないようには見えないけど…。
 やけにそわそわしてるし、俺の方を断固として見ない姿勢も気になる。
 もしかしてあれか、食べ方汚かったか?流石にクリームだけ舐めたり何なりは行儀悪かったか…この食べ方の方が楽なんだが、湊さんに幻滅されるのはマズい。
 ならどうやって食べるべきか…と悩んでいると、湊さんがようやくこっちを向いて言った。


「それ、ひっくり返すと食べやすいよ。クリームも零れなくなるし」

「うそ、本当?ひっくり返すって…こういうこと?」


 底の部分を上にすると、湊さんが「そう!」と頷いた。
 いやでもマジでひっくり返しただけだし…いくら湊さんが言ってるとはいえ、こんな簡単な方法で長年の悩みが解決するわけ…


「お、おお!!すげー!」


 まじだ!まじで零れない!
 片方噛むと片方からクリームが出てきてしまう現象。それがこんなにも簡単に…。一体どういう原理なのか。
 中を覗くとクリームはちゃんと中心にあって、噛んでも動くことなく中に残り続けている。

 キラキラと瞳を輝かせる、但し無表情の俺を見て、湊さんは嬉しそうにくすくすと笑った。
 クリームを零さない方法を覚えて、さっきよりも豪快にむしゃむしゃと食べ進める俺の横で、湊さんは自分の分をさり気なく食べ終えていた。
 一口が小さい俺とは違い、湊さんは一口がとても大きい。俺のは例えるならネズミって感じの一口。


「ほっぺ膨らんでる」


 口の中、右にも左にもシュークリームを詰め込む俺の頬を、湊さんはふにふにとつっついて微笑んだ。凄く楽しそうで何よりだ。


「かわいいなぁ…」

「さっきからそればっかり」

「だって本当に可愛いんだもん…」


 ふにゃあ、と蕩けた笑顔で言う湊さん。
 俺の顔、そんなに気に入ってくれてるんだろうか。可愛い系というより美人系とよく言われるんだが、湊さんから見ると俺は可愛い系なのか…?
 まぁどっちでもいい。湊さんが可愛いと言うんだからそうなんだろう。

 自分の顔がどうとかとかクソほどどうでもいいが、湊さんが満足してくれるなら美形で良かったと思える。


「シュークリーム、美味しかった?」

「美味しかったよ。一緒に食べたからいつもよりもっと美味しかった。ありがとう雲雀」

「…ふぅん」

「か、かわっ…!照れてる…可愛いぃ…!!」

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