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五章
166.夜会のパートナー2
しおりを挟む父とアンドレアの言う“通常とは異なる夜会”について、結局詳しく知ることは出来なかった。
なぜなら、二人が『ルカが低俗な内容を知る必要は無い』と言って説明してくれなかったから。あとは『ルカにはまだ早い』とか何とか。知ることに早いも何もないと思うけれど……。
夜会が今までのものとどう違うのか分からないまま時は過ぎ、気づけばその日も目前に迫る。
未だに二人は俺のパートナーの座を巡って争ったまま。一体俺は誰をパートナーにすればいいんだ……と悩んでいた頃、ふとその争いに決着をつける人物が現れた。
「俺をパートナーに選べばいいじゃん」
今日も今日とてヴァレンティノ邸に遊びに行って、ロキに現状のお悩み相談をした時だった。
どっちを選べばいいと思う?という涙ながらの問いに、ロキは何を悩む必要があるのかとばかりにあっけらかんとそう答えたのだ。
二人のどちらを選ぶべきか、という思考に支配されていた俺は、その答えにとんでもない発見を得た感覚がしてハッと息を呑んだ。
びっくり仰天!な顔をして固まる俺を見つめながら、ロキは更に言葉を続ける。
「ていうか、俺ちょっと悲しいなー。ルカちゃんは“そういう夜会”には参加しないものだと思ってたのに。そういうお年頃なの?一夜の遊びくらいは俺に飽きない為の気分転換ってことで尚且つ後日相手の輩を殺す許可をくれる条件で目を瞑ってあげてもいいけど、その前にせめて初めては俺に捧げてほし──」
「まてぃ!ロキってば、さっきからなんのお話をしてるんだ?」
なぜか突如暴走し始めたロキを恐々とした目で制止する。
するとロキはきょとんと首を傾げて数秒固まり、やがて俺の反応を見て何かを察した様子で溜め息を吐いた。呆れたような仕草をしつつ、どうしてか纏う空気には安堵のようなものが滲んでいる。
「はぁー……なんだ、ルカちゃんってば今度の夜会の意味も知らずに参加しようとしてたの?俺ってばてっきり……」
てっきり、なんだろう。フェードアウトするみたいに言葉を止めたロキを不思議に思いぱちくり瞬くが、ロキはすぐに「なんでもない」と軽く笑い飛ばした。
まるで、想像の結末を考えることさえ苛立たしいとばかりに、柔らかな瞳の奥に壮絶なマフィアの雰囲気を隠しながら。
ほんの一瞬走った緊張感に困惑して縮こまる俺を、ふいにロキがひょいっと抱き上げて膝にのせた。
いつもの姿勢の完成だ。もう慣れ切った膝抱っこなので、特に抵抗することなくすぽっと収まる。
「知らないなら尚更俺がパートナーになって羽虫共を牽制して、ルカちゃんを守ってあげないと」
「む?けんせー?」
「身内のベルナルディより、程よく他人の俺がパートナーになって牽制した方が、きっと外野も“現実的な想像”をして押し黙る。俺が一番、確実にルカちゃんを守れるはずだ」
ぷにぷに、と俺のほっぺをつっつくロキの表情には自信が溢れている。
そのセリフにむぅっと唸り考えること数秒。確かに、ロキをパートナーに選べば、父とアンドレアの争いは上手い具合に丸く収まるかも。メリットが多い上に、デメリットもなさそうだ。
けれどそうなると、一番大きな問題がひとつ。
結局ロキと一緒に過ごすことになれば、目的が果たせなくなるのでは?という懸念があるのだ。
今回の目的はあくまで、普段出ないような大人数の集まりに自主的に参加して、ロキや家族以外の知り合いを作ること。あわよくば人脈を広げて、周囲への依存から脱却できるようなお友達をつくること。それが今回、夜会へ参加する上での重要な目的なのである。
だからこそ、その夜会でもロキと絡むような結果になれば本末転倒。
父と軽く争いながらも夜会に参加する許可を得た、これまでの苦労が全て水の泡になってしまう可能性があるのだ。それはなんとしてでも避けたい。
というわけでうぅむうーむと悩んでいると、俺の顰めっ面を見たロキがふいにきょとんと首を傾げた。かと思うと突然意味深に目を細め、俺のほっぺをふにゅふにゅしながら静かに声を上げる。
「……ねぇルカちゃん。そういえばさ、今更の話になっちゃうけど……そもそもルカちゃんは、どうして今回の夜会に参加したいと思ったの?」
「むん?」
「今までは重要な集まりにしか参加していなかったでしょ?俺から見ても、ルカちゃんはそういう類のことに興味があるようには見えなかったし……どういう心境の変化なのかなって」
ふいに投げかけられたその問いにむぐっと口を噤む。それは今、ロキに一番追及されたくないことだったから。
まさか本人を相手にしてバカ正直に言えるわけもないだろう。
ロキ以外のお友達をつくるため。ロキへの依存未遂から脱却するために人脈を広げるため。これ以上ロキとばかり遊ばないよう、新しい知り合いを増やすため……とか何とか。
俺にとってはすごく重要な内容だけれど、ロキが聞いたらどう思うだろう。
夜会への参加はロキから離れるため。そんなことを聞いたら、きっと多少は悲しくなってシクシクめそめそってなっちゃうはず。
俺だって、大好きな友達にそんなことを言われたら悲しくて泣いちゃう自信がある。そんなこと言わないでよぅシクシクって。
でも、今回ばかりは深刻な問題だからなんとか解決しないと。
絶対に今度の夜会でロキ以外の友達を見つける。ジャックの助言も受けて流石の俺も自分の甘さを思い知ったし、ここらが今までのダメポイントを改善するチャンスだ。
「べつに、特に理由とかはないぞ。おれもマフィアの、ベルナルディの子だからな。みゃくみゃくを広げるためのかつどーを進めるくらい、おかしなことじゃないんだぞ」
「人脈ね。そっかー人脈作りの為なのか」
納得したように頷くロキにほっと息を吐く。きちんと誤魔化せたようで安心だ。
安堵の息を吐く俺を意味深にじーっと見下ろすロキには気付かないまま、俺は無事にロキの鋭い疑問を躱せたことにほくほくしながらにまーっと頬を緩ませた。
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