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五章

136.恋は命懸け

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「ひ、ひぇ、ひぅっ──」


 ぴえぇぇっ!!と大きな泣き声が邸中に響き渡る。
 真っ赤な顔で号泣する俺を見て、ぽわぽわと熱っぽい瞳をしていたロキがハッとしたように我に返った。何やら『やっちまった!』とでも言いたげな顔だ。
 サーッと青褪めたロキに抱き起こされ、ぎゅっと包み込まれながらも絶えず泣き声を響き渡らせる。


「ご、ごめんねルカちゃんっ!今のは違うんだ、泣かせたくてしたわけじゃ……っ」

「うえぇぇっ!うわぁぁん!ロキのえっちぃぃ!せきにんとれえぇぇっ!」

「責任?もちろん責任取るよ!ぐへへ、責任取るから許して?ほんとにごめんねルカちゃん……!」


 オイ今ぐへへって聞こえたぞ。絶対なんか笑っただろ、ぐへへって笑っただろ。
 ぽろぽろと溢れる涙をそのままに、ロキの胸元をぽかぽかぶん殴って抗議する。いくらお友達のロキだからって、急にちゅーするのはダメだ。びっくりしちゃうだろ。
 ぐすぐすメソメソと泣き喚く俺を慌てた様子で宥めるロキが、ふいに眉尻を下げて語った。


「でもルカちゃん、ルカちゃんも悪いよ。あんなにエロい顔しといて、ルカちゃんには何の問題もなかったって言える?すごくエロかったよ?完全にキス待ちのエロ顔だったよ?」

「んなッ!え、えろっていうな!えろい顔なんてしてないじょっ!ふつーの顔だじょぉっ!」

「嘘だ。あんな瞳うるうるさせちゃって、リンゴみたいに真っ赤な顔して、あれが普通の顔ならルカちゃんとすれ違う雄は今頃みんな発情してるよ。道行く先々で乱交が起こっているはずだよ」

「んななっ、なにをいうとるんじゃおばかっ!ばかばかッ!」


 はれんち!ひじょーにはれんちであるっ!
 ロキの言葉でひじょーに卑猥な想像をしてしまい、更にかぁーっと真っ赤っかに顔を染めつつぶん殴る拳の力を強めた。
 ぽかぽか攻撃を難なく手のひらで受け止められ、更にムッスーッとムカムカが募る。ほっぺぷくーする俺を、ロキが眉尻を下げて抱き上げた。


「ルカちゃん、機嫌直して……キスまでするつもりなかったんだ。ちょっと、ほんのちょっとだけね?チュッてするだけのつもりだったんだよ?」

「ちゅーはちゅーでしかないだろおばかっ!おれの舌はむはむってしたくせにっ!なにがちゅーだけだっ!お口のなかもれろれろってしてたじょっ!」

「れろれろ?何それ可愛いっ。じゃなくて………本当にごめんなさいルカちゃん。ルカちゃんの舌があんまりにもちっちゃくて可愛くて、食べたくなっちゃったんだ、ごめんね」


 ふぁーすとちっすだったのにぃ、とむぅむぅ拗ねる俺をむぎゅむぎゅ抱き締めるロキ。
 何やら「えへへ初めてもらっちゃったぐへへ」と呟いている様子だ。おいこら、反省してないだろ。


「こーぎする……こーぎするぞっ!リカルドさまにこーぎするんだぞっ!」

「え?あぁうん、一緒に行こうか結婚報告。きっと父上すごく喜ぶと思う。今日はご馳走だね」

「んんぅちがあぁぁうっ!そーじゃないじょぉっ!」


 必殺『おまえのパパにチクっちゃうんだからな!』攻撃を発動したものの、どうしてかロキには微塵も効いていない模様。
 むしろワクワクッとやる気を出してしまった様子で、ロキは俺を抱っこしたままそそくさ立ち上がった。まてまてぃ、軽快な足取りで部屋を出ようとするんじゃない。

 高揚しているのか浮かれているのか知らんが、突如ぴょこんっとロキの頭に生えたケモ耳をふんすっと鷲掴みする。
 もみもみモフモフッ!と掴んで待て待てアピールをするも、無念なことにロキは一切屈した様子もなく歩みを止めなかった。むむっ、むねん……。


「こらルカちゃん、性感帯なんか触って軽率に誘わないの。初夜は式を挙げてからね?」

「だからっ!けっこんしないって!いってるじゃろぉがぁっ!」


 理不尽にメッと叱られてピキッてしまう。なんで俺が困ったさんみたいになっているんだ。
 流石の俺もぷんすか激おこしてしまい、ムゥッと顰め眉でロキのケモ耳をはむはむ咥えてやった。はむはむ、はむはむ……どうだ擽ったいだろう、反省したまえふんすふんす。


「ん……ふふっ。ルカちゃんったら、そんなにシたいの?欲しがりさんだね」


 どうやらはむはむ攻撃すらも難なく躱されてしまった様子。
 ちげーよぉっ!と肩を落とし諦めムードの俺をルンルンと抱えて歩き出すロキ……このままでは本当に結婚報告してしまう、と青褪めた直後、ロキが手を伸ばすよりも先に扉がふと開かれた。


「おい若!なんかデケェ声聞こえたが何かあったのか……って、あ?」


 俵担ぎされてぐでーんとなっているので、状況がいまいちよく分からない。
 とりあえず誰かが現れたのは確かなので頑張ってよっこらせと振り向くと、何やら見慣れない男性が俺とロキを交互に見据えて眉を顰めていた。


「なんだコレ、どういう状況だ?オイオイ、流石にガキの処理は胸糞悪いからやらねぇぞ」

「この子は処理予定のガキじゃなくて俺の大事なお嫁さんだよ。出会って早々無礼なこと言わないで。殺すよ」

「あっ、ワリ」


 ロキのニコニコ笑顔に隠された静かな激おこを察したらしい。男性は光の速さで謝罪を口にしてぺこぺこと頭を下げた。ふむ、この反射神経は……ペコペコし慣れている者の動きだ。
 何やら処理だとかいう物騒な単語は華麗にスルーしてロキをツンツン突っつく。この人だぁれ?と首を傾げると、ロキはニッコリ笑顔で答えた。


「あぁ、これはシド。ヴァレンティノが抱えている医者だよ。例の獣人の腕をくっつけた奴」

「ふむふむ……ふむっ!?」


 人に対してコレ呼ばわりとは何事か、とプチお説教をする前にナヌーッ!と目を開く。
 この人がガウの腕をくっつけてくれた天才ドクターさんだって!?これはいかん、しっかりご挨拶してありがとうを言わなければ!

 ぱたぱたと手足を動かして抵抗し、ロキの抱っこからすぽっと抜け出す。
 銀の長髪に尖った耳というやけに個性的で神秘的な美人さんの前に立ち、どーもどーもと会釈した。


「こんにちは。その節はどーもありがとーごじゃいました。おれ、ルカです。もうすぐじゅっさいです」

「おお、ご丁寧にどうも。君が例の嫁か。俺はシド、医者兼こいつの側近だ。よろしくな」

「うむ。よろしくおねがいしましゅ。む……む?よめ?およめさん?」


 何やら聞き捨てならないセリフが聞こえてぱちくり瞬く。誰が誰のお嫁さんだって?
 カッ!と目を見開いて振り返る。視線の先に堂々と立つのは、微塵も反省の色が見えないニコニコ笑顔のロキだ。


「あぁ、俺達の“深い関係”についてはほぼ周知の事実だからね。ルカちゃんが今更何を訴えたところで、世間は俺達の関係を確固たるものと認識しているから痴話喧嘩としか思われないよ」

「うんぬぅ、そとぼりぃ……」


 知らない間にせっせと外堀が埋められていたようで草も生えない。
 こう聞くと更に不思議な感覚が湧き上がる。ロキってば一体いつから俺に目を付けて、原作完全無視のロキルカルートに入ってしまったのだろうか。


「うぅん……なぁロキ」

「うん?なぁに?キス?ちゅーする?」

「しないぞおばか。ちがくてだな、ロキはそのぉ、あのぅ……」


 ちょっぴり気になってしまったので面と向かって聞いてみることに。
 ロキのきょとんとした顔を前にうぅむとしばらく唸り、やがて覚悟を決めてふんぬっと問い掛けた。


「ろ、ろきは、お兄さまのことは好きじゃないのか?ちゅー、したくならないか?」

「え?急にどうしたの……そういう冗談はあんまり面白くないかな……」

「あ、そ、そか。ごめんよ。ごめん……」


 思ったより『KY発言をかましたことで普段温厚な陽キャからガチのドン引きされる陰キャ』みたいな感じになっちゃって泣いちゃいそうである。

 いたたまれなくてぷるぷる震える俺と困惑顔のロキを交互に見据え、何やらはわわ……と更なる困惑顔を見せる天才ドクター・シド。
 なんだかちょっぴり謎の空気が流れる中、俺はとぼとぼと二人の間を縫って扉を出た。


「えっと、じゃあ、きょうはもうかえるぞ……ばいばい……」


 とぼとぼ、てくてく。
 しょんぼり歩き出した直後、ふいに腕をグイッと掴まれ強引に身体を引き寄せられた。
 ぐるんっ!と身体が半回転して目を回す。唇にさっきとまんま同じふにゅっとした感触が押し付けられ、思わずピタァッと固まった。


「もう帰っちゃうの?それなら邸まで送るよ。今のはまたねのキスね」

「あぇ……」

「もうルカちゃんの貞操奪っちゃったも同然だし、これからは遠慮ナシでいくから。本当に嫌だって思うなら、ヴァレンティノを潰すくらいの意思持って、俺を殺しに来て」

「はぇぇ……?」

「逃げるって選択肢はないってこと。ルカちゃんは俺を受け入れるか、俺を殺すか。どっちかしか選べないからね。逃げたいならちゃんと殺すんだよ?」


 マフィアの恋の駆け引きって、命がけなんだなぁ……。
 なんて……セリフとは裏腹にルンルン楽しげな笑顔のロキを前にして、現実逃避みたいな感想が浮かんでしまった。
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