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四章

125.正体

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 チェレスが差し伸べた手に俺の手が届く。まさにその瞬間だった。
 目の前に立つチェレス、その背後に突如として大きな人影が現れた。まるで、たった今その姿を無から生み出したかのように。
 それこそ、ついさっき突然アンドレア達が現れた時とまったく同じ感覚で。

「主君!」という弓矢の男の慌ただしい声が響いた直後、突如無から現れた“ダグラス”が、チェレスの後頭部に不意打ちの一撃を与えた。


「なッ……!」


 一貫して余裕気な笑みを湛えていたチェレスの表情に、酷い焦燥と驚愕の色が滲んだ。
 殴打された衝撃が少し遅れてやってきたのか、スローモーションで床に倒れたチェレスがふっと意識を失った。それを弓矢の男が瞬時に抱え、俺達から距離を離すように部屋の隅へと退く。

 一連の流れをぽけーっと眺めていた俺はハッと我に返って、今のはどういうことだってばよ!?と慌てて振り向いた。
 さっきまでアンドレアの隣にいたダグラスはそこにはいない。チェレスを攻撃した時と同じ位置に立ち、相変わらず気怠げな面持ちで佇んでいる。


「な、なんっ、なんじゃいまのはっ!らすかる、らすかるぅ!?」

「取り敢えず落ち着け。あとダグラスな」


 アンドレアの腕の中であばばっと混乱で目を回す。そんな俺を見て呆れ顔を浮かべたダグラスが、ひとつ深い溜め息を吐いた。


「言ったろアホ坊ちゃん。俺は低レベルの魔術師なんかじゃねェ、分身も透明化も朝飯前だってな」


 誰がアホ坊ちゃんか!とぷんすかするよりも先に驚きが湧いた。それってつまり、つまり……。
 俺が最初に連れていたダグラスはもちろん、ついさっきアンドレアと一緒に現れたダグラスも分身だったということか……!?
 罠を何十にも重ねて張っていたなんて。それもまずは味方から騙すという徹底っぷり。


「さっ、さすがらすかる……!ひきょう!こそく!ずるがしこいっ!」

「おいコラ、褒め言葉になってねェぞ」


 はわわっ!と興奮で紅潮しながらぱちぱち拍手すると、ムッと眉を顰めたダグラスにパチンッとデコピンされてしまった。けっこういたい。
 おでこを呑気に擦ってぷりぷり拗ねる俺をアンドレアがよしよしと宥める。そんなのほほんとした俺達の空気とは裏腹に、敵さんが纏う空気はそれはもう剣呑なものだった。

 衝撃で一時的に意識を失っていただけなのか、チェレスがハッとしたように目を覚ましてこちらを強く睨み付ける。視線だけで射殺されそうだ、どうやらかなり激おこらしい。


「貴様ら……!私はこの国を支配する者だぞ!不敬者め、なんと無礼な……!」


 頭をぶん殴られたことにめちゃんこ怒っているようだ。ぷんすか!と真っ赤に染まる顔をぱちくり瞬きながら見据える。
 さっきまで完全無欠のラスボスって感じだったのに、怒った姿は意外と幼いんだな。
 こうして見るとますますそっくりだ。さっきの子供みたいな笑顔でなんとなく思っていたけれど……。


「何を言っている。“王弟殿下”、廃嫡した貴方に継承権は無い、次代の王は王太子殿下だ」


 怪訝そうにアンドレアが語った言葉にあんぐりと息を呑む。
 確かになんとなく察してはいたけれど……あの妙に小心者な王様に顔が似ているなぁとか、ちょっぴり思ってはいたけれど……。
 まさか本当に、チェレスが王様と血の繋がった王族だったなんて!


「はッ……廃嫡しただと?笑わせる。先代の愚王が強引に私の継承権を取り上げたのだ……私に獣人の血が流れているというだけで……!」


 怒り狂った様子のチェレスが激情ごと払うかのように大きく腕を振り上げる。チェレスを支えていた弓矢の男が、突き飛ばされたことでグラッとよろめき、そのせいでフードがぱさりと脱げた。
 あらわになったのは二十代くらいと思われる男性の整った顔立ちと、狐みたいなケモ耳。あの人も獣人だったのか!と微かに目を見開いた。


「今までも、腐りきった王家はこうして純粋な人間ではないというだけの者を不当に廃嫡してきたのだろう!そんなことが認められる訳がない!私は、私は……ッ!」


 ついさっきまでの余裕はどこへやら。
 正体をアンドレアに指摘された瞬間から酷く暴走し始めたチェレスを見据えて、ふいに彼の言葉に首を傾げた。
 湧き上がる違和感が徐々に明確なものになっていく。慌ただしい雰囲気を切り裂くかのように、いつもの如く俺は空気を読まない発言を放ってしまった。



「なーんだ。やっぱりチェレスは王さまになりたいだけだったんだな」



 特に大声を発したつもりはなかったが、なぜか俺の言葉を最後にシーンと静寂が流れ始めた。
 ポカンとした顔のチェレスと弓矢の男。普通じゃない様子を遅れて悟りあわあわする俺の背後では、アンドレアが笑いを堪えるかのようにぷるぷると肩を震わせていた。
 視線を移すと、ダグラスまで口元を押さえて吹き出すのを堪えているように見える。

 やがて怒りに染まっていくチェレスの表情を見てヤベッと青褪めた。
 よくわからないけれど、どうやら俺ってばまたまた地雷を踏んでしまったらしい。


「いやあのっ、だってチェレス、自分のことばっかじゃんか。仲間のこと、さっきからひとつも喋ってない。王さまになれないのがくやしいって、そればっかりいってるぞ……って、あぇ?」


 いやいや全然怒らせるつもりはなかったんだよ?と弁明のためのセリフを慌てて紡いでみたのだが。
 どうしてだろうか。むしろチェレスの真っ赤な顔に、更に怒りが滲むだけの結果となってしまった。


「ぶッ……く、オイ、その辺にしとけよ……ぶふッ」

「ルカ、死体蹴りは良くない。オーバーキルは程々にしておけ」

「あぇ?え?おれ、ぷんすかさせようとしたわけじゃ……ほ、ほんとだぞ……!」


 なぜかおかしそうに笑う二人に慌てて首を振る。冷や汗たらたらだ、本当にそんなつもりないのに。
 あわわっとする俺と場違いの笑い声を必死に堪える二人。そんな呑気な空気に怒りメーターが限界を超えてしまったのか、ふいにチェレスがガウの方を振り返って強く叫んだ。


「──左腕を切り落とせ!」


 突然の絶望展開にめちゃくちゃ焦燥を滲ませつつ、アンドレアの抱っこからぬるっと抜け出す。
 左肩に刺さったナイフを掴んでそのまま更に押し込もうとするガウに『やめろ!』と叫ぼうとした瞬間。ふと壁をぶち壊して侵入してきた誰かが、ガウを背後から思いっきりドロップキックして気絶させた。
 ……む!?ちょい待ち、なにが起きたって!?


「ギリギリ間に合ったぁ。流石に両腕なくなったら見栄え悪いからねぇ、見た目的に」


 ヒーローみたいな登場をしてくれたのに、なんかちょっぴりズレた発言をぶっ放す侵入者。その姿を見つめてぱぁっと瞳を輝かせた。


「じゃっくぅぅ!」

「あっ、ご主人様ぁ!へへっ、ヒーローは遅れてやってくるぅ!なぁんて。えへっ」


 サイコパス発言は取り敢えず置いといて、ぶわぁっと涙を溢れさせつつ感動の再会を歓喜する。
 ヒーローにしては出遅れすぎだろ、と新たなツッコミを内心突き付けながら、どこまでも締まらない様子のジャックにとてとてと駆け寄った。
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