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四章
123.魔性
しおりを挟む「其方はヴァレンティノの後継者と婚約関係を結んでいると聞いたのだが、事実か?」
虚ろな瞳をしたガウを後ろに侍らせ、グラスを傾けながら尋ねる男。
名前は確かチェレスティーニだったか。チェレス、チェレス……原作でも読んだことのない名前だから、情報が一切なくて動きづらい。モブには見えないから、たぶん原作のストーリー展開においても強敵の部類に入る人物だと思うのだが……。
もしかすると、未読の続編に登場する人物なのかもしれないな。そう考えながら、なるべく男に反抗の意思を悟られないよう言葉を選んで慎重に答える。
「ちゃんと、約束したわけじゃない。でも、ロキは……け、けっこん、しようっていってる」
ロキの相手はアンドレアだって決まってるけどな、と思いながらも慣れない言葉を必死に紡ぐ。
結婚って。なんだか口にすると実感が湧いてくる。ロキはプロポーズ紛いのことを以前から何度も言ってくるけど……実は今もまだ、その関係に明確な進展はまったく起こっていない。
初めてロキにプロポーズされて、二大ファミリーが結託したという大ニュースが流れて早数年。
今となっては二大ファミリーの確固たる絆は、知らぬ者などいないと言われるほど周知されている。とは言え、実際には書類上の関係など何一つない。
どちらかが背を向ければ直ぐにでも淡白な関係に戻り得る。そういう状態が長く続いているというのが現状だ。
「なるほど。ヴァレンティノの方が一方的に入れ込んでいるという訳か。それは好都合だ」
「……?」
俺の答えにチェレスが愉し気に笑う。
そのゾッとするような深い笑みに思わず硬直した。もしや俺、答えを間違えてしまったのでは……。
当たり障りのない返答を繰り返してのらりくらりとこの場を躱そうと思ったのに。チェレスの表情を見る限り、ぶっちゃけ嫌な予感しかしない。
「ルカと言ったな。ルカ、我々の同士となり、共にこの国を崩さないか?」
「……はい?」
急になに言っちゃってんのこのひと……と愕然とした表情を浮かべる。
ちんちくりんの子供に向かって大真面目に反乱のお誘いって。人選ミスとかの次元じゃなくて流石の俺もドン引きである。というかこれ、絶対無事に帰してもらえないフラグ立っちゃってるじゃないか。
反乱のお誘いなんて、聞いた瞬間に選択肢を一つに絞られる鬼畜展開でしかない。
頷いたら反逆罪で首ちょんぱだし、拒否したら目の前の男に首ちょんぱされるという詰み展開。こんなのもう諦めて切腹する以外俺に選択権は残されていないだろう。
どうする俺……でもここで回答を間違えたらガウの命も危うくなってしまう。とは言え頷いて反乱軍に加わるわけにもいかないし……。
えぇいばかばかっ!バカ正直に回答を考えるんじゃなくて、まずは頑張って時間稼ぎだ!
とりあえず、出来る限りこの男から情報を聞き出さないと。
「……えぇっと、その……チェレスは、どうして国をこわしたいんだ?王さまに、なりたいのか?」
恐る恐る問い掛けると、チェレスは一度目を見開いて、けれどすぐにふはっ!と吹き出した。
「王になりたい……そうか、そう考えるのか」
クスクスと笑う姿に、ほんの少しの幼さを感じて思わず瞬いた。
さっきまでの不敵な表情からは想像がつかなかったけれど……今の笑みを見てふと思い出した。
そうだ、誰かに似ていると思ったら、この人……
「玉座が欲しい訳ではない。私はただ、この歪んだ国に革命を起こしたいだけだ。他種族を迫害し、本来淘汰される存在である弱小種族の人間を上位種とする。この国の歪みは、傲慢にも程がある」
少し、驚いた。明らかに“敵”で“悪役”っぽい人なのに、掲げた信念は意外と真っ直ぐに見えたから。
けれど、この人の中にある歪は確かに悪人らしい。尤もな信念に見えて、その実この人も大分歪んでいるように見える。
人間を本来淘汰されるべき種族と称して、他種族を異様に持ち上げるような発言をする。真っ直ぐに信念を掲げておきながら、傍から聞くと、この人には少し危うい印象を感じてしまう。
その違和感が無性に気になったから、俺はなるべく反感を買わないよう注意しながら静かに尋ねた。
「それじゃあ、チェレスは国をこわして、なにがしたいんだ?無関係のガウを傷つけたり、こどもをおどしたり、いまのチェレスは、ただの悪いひとにしかみえないぞ」
あ、やばい。ちょっとはっきり言いすぎちゃっただろうか。
そう思いビクビク震えるけれど、意外にもチェレスが何かしら言い返してくる気配はなかった。俺のセリフをただじっと聞いて、やがて微かに笑みを浮かべて、そして。
「革命には犠牲が付き物だ。私はこの国を覆したい。人間が如何に傲慢な生き物であるかを突き付けたい。如何に弱く、他種族が如何に強大であるかを証明したい」
違和感の正体がひとつわかった。
見たところ、チェレスは人間にしか見えないからだ。だというのに、人間を徹底的に非難しようとするところが不思議に見える。
もしかしてあれだろうか?この人もロキと同じタイプとか?パッと見は人間だけれど、実は人の姿に擬態しているだけの他種族だとか……。
いやでも、それなら尚更人間の姿を嫌うものなんじゃないか?ここまで人間を嫌っているやつが、わざわざ人の姿をとるなんて不思議だ。
クールな無表情の下で必死に思考を巡らせる俺をよそに、チェレスはゆったりとした発言を続ける。
「嘗て権力者達がこの国を『人間至上主義』に切り替えた時のように、今度は人間を迫害する国に改革する。その為に、私は計画を円滑に進める為の同士を集めてきた」
なるほど、同士というのは反乱軍の仲間ってことだったのか。
今までも何度か身内が狙われたりもしたけれど、その全てが獣人やら何やらという他種族の者だった。人間を害する為の反乱軍なのだから、人間を同士としてカウントしなかったことも説明がつく。
ロキを狙ったのもそのため?というか、そもそも反乱軍はロキが獣人である事実をなぜ把握していたのだろう?いや、今はそれよりも目の前の問題を解決する方が先か。
「まてまて、それじゃあおかしいぞ。おれは人間なのに、どうしておれを仲間にしようとするんだ?」
俺を仲間にっていうのは引き入れる為の口説き文句で、実際は使い捨ての駒くらいにしか思っていないんじゃないか?
むぅっと眉を顰めて問うと、チェレスはクスクス笑いながら答えた。
「確かに初めはそう思っていた。其方を都合の良い駒にしようかと。それは認めよう」
「むっ!それなら、すなおにおっけーするわけにはいかないぞっ」
ぷりぷりと怒りをあらわに眉を顰める。するとチェレスは片手を軽く掲げて微笑んだ。
「まぁ待て、初めはと言っただろう。今は違う。ルカ、私は其方に新たな価値を見出したのだ」
新たな価値……?
むむっと頬を膨らませたまま口を噤む。人に対して価値だとか駒だとか言うやつとは仲良くなれないが、まぁ聞くだけ聞いてやろうじゃないか。俺の価値っていうのも、実はちょっぴり気になるし。
「其方は“魔性”だ。特に、他種族が相手であれば段違いに魅了を発揮する。其方の力は、我々にとって強力な武器になり得るだろう」
「ましょう?」
なんのこっちゃ、と真ん丸に見開いた目を瞬く俺に、チェレスはにこやかな笑みを浮かべたまま語った。
「種族の特性や魔術の類ではない。まさに、生まれながらの純粋な才能」
「ましょう……さいのう……?あのぅ、なんのことだか……」
「其方は強大な魅了の素質を持っている。それを我々が起こす革命の為に発揮してほしいのだ」
たしかに、大事な家族を人質にとられている以上、俺に選択肢がないってことは理解していたけれど……。
こんな首ちょんぱ一直線なお誘い、一体なんて返すのが正解なんだ。
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