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四章
117.譲れない
しおりを挟む張り詰めた空気を察して青褪める。
そんな俺をぎゅうっと強く抱き締め直した父を見上げ、どういうことだってばよ?と首を傾げた。これってアレだよな?ぜーったいみんな、俺に何かしら隠し事をしているよな?
父に『おしえてー』と視線でアピールするけれど、視線の先の無表情は崩れないまま。むぅ……参った、父とポーカーフェイス勝負なんて、やる前から俺の負けが決まっちゃってるではないか。
仕方なくリノやミケに視線を向ける。
が、リノはニコニコ笑顔を決して崩さず、ミケも何やらシュンッと光の速さで目を逸らした。こんなの俺に言えないことがありますよーと堂々と宣言しているようなものじゃないのか?
ぷくっと頬を膨らませて「むん……みんな、いいかげんに──」とお怒りのセリフを吐こうとした時、ふいに執務室の扉が音もなく開かれた。ひえぇ、全然気配を感じなかったよぅ。
「父上、只今戻りまし──……ルカ?」
入ってきたのは、何やら重要そうな書類か何かを抱えたアンドレアだった。おう、なんだなんだ、アンドレアもみんなとグルなのか?
俺を視認するなり心底驚いたとでも言いたげに目を見開いたアンドレアだが、果たしてその反応の真意は一体なんなのか。
アンドレアもこの隠し事大好きな大人達とグルなのか……なんてムッスーとほっぺを膨らませる俺のもとに、状況把握が追い付かないらしいアンドレアが近寄ってきた。
「ルカ?何故ここに居るんだ。お前は部屋から出られないはずだろう」
大人組三人の表情があちゃーっと歪む。俺の顔もムスムスムッスー!くらいの激おこ度合いで顰められた。今のは聞き逃せないぞアンドレア!
「……でられない?どーいうことですかお兄さま。おれを閉じ込めてたの?」
俺の低い声にハッと息を呑むアンドレア。墓穴を掘った、みたいな顔をしているけれどもう遅いぞ。
ぷりぷりっと激おこをあらわにしながら周囲を見渡す。みんな俺の渾身の睨みに何か言い訳してくる様子はない。気まずそうに視線を逸らしたりニッコリ笑顔で誤魔化したりと色々だ。
唇を引き結んで黙り込む父の膝からぴょんっと飛び降り、とてとてと執務机の前へ移動する。全員を見渡せる位置にふんすと仁王立ちすると、俺はムッスーしながら問いを放った。
「ジャックとガウは、どこにいるの!」
声が裏返っちゃいそうなくらいハッキリと言い放つと、みんなはギクッと肩を揺らして俯いた。
それをぷっくり頬を膨らませたまま睨み、最後にアンドレアへ視線を向けて強く声を上げる。
「お兄さま!なにかあったみたいだけど、なにがあったのですかっ!ジャックとガウが関わってるの?どうなの!お兄さま!」
「……ルカ、それは」
「落ちついたら喋るって言ってた!言ってたもん!おれ、ちゃーんとおぼえてるんだぞっ!」
のしのしっ!と怒りに任せて地団駄を踏む。
こんなにも胸がざわめいて声を荒げてしまうのは、確信しているからだ。二人に……もしくは二人のどちらかに、何か良くないことが起こったのだろうと。
執務室に耳を寄せて聞こえた不穏な会話に、話を必死に逸らそうとするみんなの様子。そして何より、アンドレアが約束を破ろうと迷っているのが証拠だ。
アンドレアは決して約束を破らない。もしも今その意思が揺らいでいるのなら、それは俺にとって良くない約束だからだ。何か、その約束を果たしたら俺が傷付いてしまうとか、そういう類のもの。
アンドレアは俺に優しい。俺を兄として守ろうとしてくれる。だから、こういう時の躊躇や迷いは目敏く察することが出来る。
なぜなら俺も、アンドレアが今浮かべている表情に深く共感できるからだ。
俺を守りたいが為の優しい嘘。アンドレアの苦悩の表情を見ればすぐに察することができる。
「……二人になにかあったのなら、おれ出てくからなっ。てくてくって、ひとりでガウとジャックを探しにいっちゃうんだからなぁっ!」
「ッ!待て、ルカ……!」
さっき護衛たちを撒いた時のように、執務室の中をしゅばばーっと駆け抜ける。
てくてく走って廊下へ出ようとした瞬間。分かってはいたが、俺の身体は無情にもアンドレアにひょいっと捕獲されてしまった。
なんの手間もかけていない、あまりにスムーズな捕獲だったからか、余計にムッスーとムカムカが湧き上がる。お前なんて反抗したところでどうとでも出来るんだって、そう言われているみたいで。
「む、ん、うぅ……うぅーっ!」
「ルカ、泣くな……」
泣いてないじょっ!と涙やら鼻水やらをだらーっと垂らしながら叫ぶ。
逃げ出した犬を捕獲したみたいな体勢から、アンドレアは俺の身体をぎゅっと抱え直して背中をぽんぽん撫でる。まるで子供をあやすみたいな一連の動きにまたまた悔しさで顔が真っ赤になった。
「ぐすっ、うぅー……おにしゃまのばかぁ……おばかぁ!かくしゅな、はくじょーしろぉ……!」
「……あぁ、俺は馬鹿だ。許さなくていい。だが、分かってくれ。ルカを傷付けたくないんだ」
ぽかぽか、とぶん殴り攻撃をする俺の拳をアンドレアが避けようとする様子はない。
気づけば涙でくしゃくしゃになった俺の情けない顔を見下ろしても、その無表情は心配するような色を籠めたまま、俺を馬鹿にしてくる気配はない。
むしろほっぺをふにゅっと包み込んで涙を絶えず拭ってくれるアンドレアの手のひらが、とっても優しくてあたたかくて、思わず力が抜けてしまった。
でも、いくらアンドレアが懇願したって今回ばかりは素直に「わかりましたー」なんて言えない。
なんたって大切な家族のことなのだから。正直状況については全然読めないけれど、少なくとも二人に良からぬことが起こったというのは確かだろう。
だから、はいそうですかーと引き下がるわけにはいかない。アンドレアに何度捕獲されて止められたって、俺は二人の無事を確認しなければならんのだ。
「……お兄さまのきもちは、わかります。でも、やっぱりだめ。約束はまもって。おしえてくれないなら……どんなことをしてでも、おれは自力でふたりをさがしにいくっ!」
そう言ってうんにゅーっ!と必死の抵抗を始める。
流石のアンドレアも腕の中で激しく動かれるとどうにも出来ないのか、俺を抱っこするので精一杯とばかりに表情を強張らせた。
「っ……わ、分かった……!分かったから、あまり激しく動くな……か弱い心臓に負担が掛かってしまえばどうする……」
「かよわ……?」
なんだ、なんか突然失礼オブ失礼なことを言われた気がするのだが……む、気のせい?むぅ……。
元気いっぱい超絶最強な俺!に“か弱い”なんて言葉は禁句だからの、と改めてふんすしながらも、アンドレアのセリフをハッと思い出して頬を紅潮させた。
聞き間違いじゃなければ今、アンドレアってば「わかった」って言ったか……?いった…言ったよな?言ったな?言質取ったぞ、うおぉー!
「きいたきいた!きいたぞお兄さま!しっかりお話聞かせてくださいだぞっ!」
「……あぁ。分かった……」
アンドレアが諦観したように溜め息を吐く。
何やらアンドレアの肩越しに大人組三人も疲労を滲ませた表情を浮かべたように見えた気がしたけれど、たぶん気のせいだな。うむ。
重い足取りで室内へ戻るアンドレアにむぎゅーっと抱き着いた俺は、強敵を屈服させることが出来た達成感でむっふーっと頬を緩めた。
この後に、どんな惨い話を聞かされるかも知らずに。
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