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四章

108.その後の裏

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 王宮の端っこにある客間。
 そこに我が物顔で入室したアンドレアは、ソファに深く腰掛けて溜め息を吐いた。どうやらお疲れのようだ。ふむ、疲れているなら俺を膝から下ろした方が休めるのではないかね。


「……ルカ、よく頑張った。お前のお陰で全てがこちらの狙い通りに終わりそうだ」

「そ、そんな!おれはなにもしてませんっ!ぜんぶお兄さまががんばったことですっ!」


 うん、いやこれは本当に。謙遜とかじゃなくて、ガチでね。ガチでそう思ってる。
 だって俺、ほんとに棒読み号泣を披露しただけだし。アンドレアはしっかりと脅し……議論を白熱させていたし、それと比べれば俺なんて偉い偉いと褒められる資格もない。
 アンドレアってばなんて謙虚なの、と眉尻を下げていると、ふいに客間の扉がノックもなく開かれた。どうして俺の周りはノックをしない人たちばかりなのだろう……。


「ルーカちゃんっ!お疲れさま!よく頑張ったねぇ!」


 入ってきたのは案の定のロキだった。後ろにはふにゃり笑顔のリカルド様もいる。
 ロキはぱたぱたっと駆け寄ってきて、アンドレアの膝の上から俺をひょいっと奪い取った。
 むぎゅーっと抱き締められてぽかぽかぬくぬく。でも、背後から感じるアンドレアの殺気が怖くて動けない。ロキってばまた一発撃ち込まれちゃうよう。

 離せ、やだ、死ね、と恒例の言い争いを流れ作業でこなす二人。最終的にリカルド様の仲裁が入ったことで、今回は銃撃にまでは至らなかった。


「まぁまぁ二人とも、まずは座りなさい。ルカちゃんがお疲れ気味だから休ませてあげよう」


 号泣演技で疲弊気味の俺をリカルド様だけはしっかりと察してくれたらしい。すき。
 二人がその言葉を聞いてハッとしたように腰掛ける。ちなみに俺はロキの膝の上だ。なんでだよ。

 俺を膝にのせないと何かしらの災厄が起こるのか?ってくらい座面に座らせようとしないなコイツら……。
 ジト目の視線を華麗にスルーして、ロキがアンドレアに話しかけた。


「堅物な君にしては中々上手い立ち回りだったじゃないか。ようやく俺の助言を素直に聞く気になったのかな?」

「貴様の助言通りに動いた訳ではない。あの立ち回りが有利だと、俺が、己で判断しただけだ」


 やけに“俺が”を強調するアンドレア。そんなにロキを参考にしたって認めたくないのね……。
 アンドレアの言葉にロキが苦笑を浮かべる。そんな二人のやり取りをぽけーっと眺めて、ふいにとある疑問を抱いたのでそろりと声を発した。


「あ、あのぅ、お兄さま。真犯人って、ほんとにいるんですか……?」


 恐る恐る手を挙げて尋ねると、アンドレアがぱちくり瞬いて頷いた。


「ん?あぁ。父上が殺っていないのは真実だ。真犯人も別にいる。だから嘘ではない」


 何やら含みのある答えに首を傾げる。えぇっとつまり、さっきの主張には何の嘘もないから全然大丈夫ってこと?でいいのかな。
 むむぅ?と尖らせた唇をロキがむにゅっと指先で突っつきながら、アンドレアの言葉にうんうんとニコニコで同調した。


「そうだね、嘘ではないね。まだ真犯人見つかってないし、捕まえてもいないけど。真犯人が存在するのは事実だもんね」

「犯人は一応でっち上げておいたけど、まだ本物は見つかってないんだっけ。うーん、でも最悪でっち上げた犯人は用意しているし、何の問題もないね」


 ヴァレンティノファミリーのフォローになってないフォローを聞いてあんぐり間抜け面をしてしまう。それ、つまり嘘ついたってことじゃ……げふんげふん。

 ま、まぁいっか。そうだよね、父が犯人じゃないってことは事実だし、なんの問題もないね、うむ。
 でっち上げに利用されてしまった犯人さんとやらは不憫だけれど、アンドレアに容赦なく利用されちゃうくらいだからきっとその人も悪党さんなのだろう。
 この世界でいちいち正義やら同情やらを掲げていては生き残れないので、ここら辺で闇を感じる話題は終わりにすることにした。


「既に犯人はミケに命じて警備隊へ引き渡した上に、記事も順調に国民へ出回っている。父上が解放されるまでもう間も無くだろう」

「今回の件はばっちり解決だね!無能な国王にも一泡吹かせることが出来たし、結果オーライだ」


 サラッと不敬を働くロキにメッをする。確かに有能っぽくは見えなかったけれど、仮にも王様にそんなこと言っちゃダメだぞ。不敬罪で首ちょんぱだぞ。


「それじゃあベルナルディの子供達、お父様を迎えに行こうか」


 優雅に足を組んで寛いでいたリカルド様がふと声を上げる。
 その言葉にぱぁっと瞳を輝かせて、ロキの膝からぴょんっと飛び降りた。とたとたーっと駆け寄るとリカルド様が手を差し出してくれたので、素直にふにゅっと手を繋ぐ。


「あは、ルカちゃんおててちっちゃいね。ふにふにで可愛い。よーしよしパパと一緒に行こうねぇ」

「ちっちゃくないしふにふにじゃないですっ!失礼な!ふんすっ」


 リカルド様は優しくて大人っぽいから大好きだけれど、たまにこうして失礼なことを言うから油断できない。まったく、俺をバブ扱いするなんてひどいぞ、ふんすふんす。


「んはっ!ふんすだって!かわいすぎ、なでなでしちゃうっ!」

「んむ、むみゅっ、やめ、やめんかっ!」


 俺の激おこ!にも一切怯えることなくほっぺにムニュムニュ攻撃を仕掛けてくるリカルド様。
 むぅ、やっぱりこの人は強敵だな……と悔しさを滲ませながら、もう知らん!と手を離してとたとた駆け出した。
 そう、クールな俺は別に手を繋がなくたって、しっかりとたとた歩けるのである。ふんす。



 ***



「クソッ!あのガキ共、計画の邪魔をしおって……!」


 議会が終わって直ぐ、公爵家の邸に戻り新聞を確認する。
 あの腹の黒い小僧が語っていた通り、確かに記事には大々的に親権に関する法や冤罪事案、更にはジェルマーノ公爵家の地位を脅かすような密告記事が書き連ねられていた。
 これでは信頼が失墜しただけでなく、私の立場そのものが危うくなってしまう。下手をして警備隊の強制捜査を受けてしまえば、最悪“あの方”との繋がりが明かされてしまうやもしれない。

 そうなれば、私の命は……──


「ッ、駄目だ、何とかしなければ……何とか挽回せねば……!」

「──もう手遅れですよ」


 ふと右頬を何かが高速で掠める。
 数拍遅れてその軌道を辿ると、そこには鋭利な矢が突き刺さっていた。

 まさか、と嫌な鼓動を立てる心臓をそのままに振り返る。
 蒼白顔で対峙した先に立っていたのは、何度か“あの方”との対面で目にした弓矢の男だった。


「き、貴様は……い、一体何の用だ!何を……ッ」

「分かっているでしょう。主君の命令で使えない“捨て駒”を処分しに来たのです」


 無情に言葉を遮り、男が淡白な足音を立てて近付いてくる。
 確かに忍び寄る死の気配。逃げられない。そう分かっていても、本能が足を震わせ、何とかこの場から逃れよと絶えず警鐘を鳴らす。
 背後は執務机。可能な限り背を押しつけ無様に仰け反る私に、男は躊躇なく弓を構えて矢を向ける。


「貴方は主君の正体を知っている。我々の計画も全て。残念ですが、生かすことは出来ない」


 矢の先が微かに煌めく。
 その瞬間、これまでの行いの全てが走馬灯の如く蘇った。

 始まりは“あの方”との出会いだった。
 その後は実の娘をマフィアに売り、優秀な血を継ぐ道具が欲しかった為に非道な行為を繰り返し、あまつさえ娘を手に掛け、幼子を懐に閉じ込め、残虐な教育を施そうとした。
 一体どこから道を踏み外してしまったのか、今となってはもう分からない。


「“お前は端から我らの同士に含まれていない”。主君が貴方に捧げる最期のお言葉です」


 男が指を弾く。鋭利な矢先が眉間を貫く。
 視界全体に赤い海が散って広がった直後、全ては暗闇に包まれた。

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