上 下
89 / 240
三章

89.執着の正体(ロキ視点)

しおりを挟む
 
 ヴァレンティノ家は代々、獣人の血を継ぐファミリーだった。
 ファミリーを創り上げた初代当主が狼獣人であったことが始まりだ。その時代はまだ獣人の奴隷化が一般的ではなく、むしろ人と獣とが友好的な関係を築いていた。
 しかし、時代は移ろう。やがて代を追うごとに、国は獣人差別を高らかに謳うようになった。

 そしていつしか、ヴァレンティノ家はファミリー創設の歴史を隠し始めた。
 今や裏社会のトップとまで呼ばれる二大ファミリーのうち一つ。その地位に立つヴァレンティノ家が下賤な獣人の血を引いているなど、あってはならないことだったのだ。
 幸いなことに、代々引き継がれる獣人の血は子孫を経るごとに薄れていった。
 当代である父リカルドも同様に、獣人の特徴を継ぐことはなかった。強いて言えば、明らかに人の能力では辿り着けない秀でた動体視力を得た程度だろうか。

 祖父や曾祖父の代では、まだ桁外れな嗅覚や身体能力といった獣人特有の能力が継がれていた。
 けれど、これだけの子々孫々を経れば、もはや獣人の血が完全に薄れ絶えていないことの方が不思議だった。

 そして、そんな中産まれたのが次代の当主であるロキ・ヴァレンティノ。

 ロキ・ヴァレンティノはあろうことか、獣人の血を色濃く継いでしまった。
 生まれ落ちた時既に、その姿は獣化の一歩手前のような状態だった。狼の白い耳と尻尾、赤ん坊ながらに鋭く生えた牙……それはもう、全ての人間が俺の誕生を嘆いた。

 初めは母だった。母とはいえ、後継者を産む為だけに父上が用意した孕み袋でしかなかったのだが。
 母である女は、獣人の姿で産まれた我が子を見るなり狂乱した。ナイフを持ち出し、すぐに我が子に刃先を振り上げたという。

 しかし、その切っ先が俺の喉元に届くことは終ぞ無かった。
 狂乱を聞いて駆け付けた父上が、ようやく産まれた後継者を亡き者にしようとする母を、何の躊躇いもなく撃ち殺したからだ。

 その時の銃声が、なぜか強く脳裏に残っている。
 父上にとっても獣人の子など煩わしかっただろうに、あの変人はあろうことか俺を嫡男として認め、後継として大切に、だが厳しく育て上げた。

 俺としてはそこで生を終えても良かったのだが、どうせ生かされたのなら終わりの日まで適当に生きていよう。そう思い、父上の命令の赴くままに日々を過ごした。

 父が命じた教育を熟し、父が命じた人間を殺し、父が命じたファミリーを潰した。
 そうして俺は、この赤い瞳のデメリットを挽回するかのように強者へと這い上がった。
 だが、どう足掻いても永遠に外野の視線はついてまわる。どれだけの成果を挙げたところで、“常識”というものが消え失せることはないのだ。


『アレが例の赤い瞳の忌み子か、悍ましい……』

『当代も一体何を考えているのか……赤い瞳の後継者など自我が育つ前に殺してしまえば良いものを……』


 何処に行っても、纏わり付く。
 常識が変わることはない。俺が忌み子である事実は変わらない。覆らない。
 獣人で、赤い瞳で、狼で。全ての忌まわしい常識を掛け合わせたような俺は、一体どうして産まれてきてしまったのか。

 こんな悍ましい人間を受け入れてくれる者など、きっと生涯現れないだろう。

 ──そう、思っていた。



 ***



 相変わらずマフィアの子とは思えない、情けない泣き顔を晒す小さな子供。
 正直、獣人を側近にした変わり者だと聞いた時から気になってはいたけれど……。


「……うん。ごめんね、ちゃんと聞くよ」


 獣化が解ける。この子の好きそうな毛並みが消えて、人間の肉体が現れる。
 案の定少し寂しそうな顔をしたルカを見て頬が緩んだ。本当に、この子は獣人を前にして一切の偏見を抱かないのか。

 可愛い目を真っ赤に腫らしたルカを抱き上げて、怖がらせないよう細心の注意を払いながら膝にのせて抱き締める。小さな身体は、特に抵抗することなくすっぽりと収まった。
 俺を慰めてくれているのだろうか。控えめに腕をぽんぽんと撫でてくるちっちゃな手が愛らしい。


「ルカちゃん、ありがとう。ルカちゃんの言葉、実は少し忘れていたんだ」

「ぐすっ……やっぱそうだったか、むぅ……。だめだぞ……ちゃんと聞かなきゃ」


 ぴとっと抱き着く小さな身体を抱き締め返す。
 思い返すのは、ルカが俺に語ってくれた優しいセリフの数々だ。

 赤は忌み子じゃなく、ヒーローの色。
 ルカは、俺のことが大好き。
 狼は守り神。とてもかっこいい動物。
 俺が聞いていたのは、常識の合わない嫌な奴らの言葉だけ。

 俺には、耳にする言葉を選ぶ権利があった。それなのに、勝手に塞ぎ込んで捻くれて、嫌な声だけを聞こうとしたのは俺自身だったのだ。

 この国は、赤い瞳と狼を忌み嫌う者が多数派だ。けれど多数派ということは、少数派もたしかに存在するということ。それこそ、目の前にいるルカのように。


「ごめんな、ロキ、ごめんな……この前は、やなこと言った……ロキはがんばって、にこにこしてたんだよな……それなのに、薄っぺらいとかいって、ごめっ……!」


 ぽろぽろと大粒の涙を溢れさせて、舌足らずに何とか言葉を紡ごうとする姿が愛おしい。
 本当に心の清らかな子だ。その件に関しては……というより、全てが俺の自業自得なのに。きっとこの子は全ての責任が相手にあるだなんて、考えたことすらないのだろう。


「ううん、ルカちゃんはなんにも悪くない。寧ろ……薄っぺらだって、はっきり言ってくれて少し目が覚めたよ。ありがとう」


 ふにゅ、と柔らかな頬を包み込む。大きな瞳をくりくりと瞬く表情が可愛くて、すっぽりと抱え込める小柄な身体が可愛くて……って。
 ……あぁどうしよう。沼にハマる時って、こうも突然で、あっという間のことなのか。


「俺は、薄っぺらの笑顔をやめることは出来ないけど……でも、ルカちゃんにはもうバレてるみたいだし、その、これからは……」


 柄にもなく頬が火照る。これは演技や仮面の類じゃなく、素の変化だからこそ照れくさい。


「君の前では、本当の言葉と表情で、話せたらいいな」


 出来ることなら、君の言葉だけを聞いていたい。
 温かくて、優しくて、包み込むような癒しを感じる。そんな君の声だけを。

 ……なんて。もしかすると、以前から抱いていたこの執着は、案外一時の愉悦で終わらないものなのかもしれない。

 この執着の名前は、もしかして──


「うむっ!これからは、なかよしだなっ!」


 俺の仄暗い激情の自覚なんて知る由もなく、ルカは屈託ない笑顔を浮かべた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

【完結】異世界転生して美形になれたんだから全力で好きな事するけど

福の島
BL
もうバンドマンは嫌だ…顔だけで選ぶのやめよう…友達に諭されて戻れるうちに戻った寺内陸はその日のうちに車にひかれて死んだ。 生まれ変わったのは多分どこかの悪役令息 悪役になったのはちょっとガッカリだけど、金も権力もあって、その上、顔…髪…身長…せっかく美形に産まれたなら俺は全力で好きな事をしたい!!!! とりあえず目指すはクソ婚約者との婚約破棄!!そしてとっとと学園卒業して冒険者になる!!! 平民だけど色々強いクーデレ✖️メンタル強のこの世で1番の美人 強い主人公が友達とかと頑張るお話です 短編なのでパッパと進みます 勢いで書いてるので誤字脱字等ありましたら申し訳ないです…

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

やめて抱っこしないで!過保護なメンズに囲まれる!?〜異世界転生した俺は死にそうな最弱プリンスだけど最強冒険者〜

ゆきぶた
BL
異世界転生したからハーレムだ!と、思ったら男のハーレムが出来上がるBLです。主人公総受ですがエロなしのギャグ寄りです。 短編用に登場人物紹介を追加します。 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ あらすじ 前世を思い出した第5王子のイルレイン(通称イル)はある日、謎の呪いで倒れてしまう。 20歳までに死ぬと言われたイルは禁呪に手を出し、呪いを解く素材を集めるため、セイと名乗り冒険者になる。 そして気がつけば、最強の冒険者の一人になっていた。 普段は病弱ながらも執事(スライム)に甘やかされ、冒険者として仲間達に甘やかされ、たまに兄達にも甘やかされる。 そして思ったハーレムとは違うハーレムを作りつつも、最強冒険者なのにいつも抱っこされてしまうイルは、自分の呪いを解くことが出来るのか?? ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ お相手は人外(人型スライム)、冒険者(鍛冶屋)、錬金術師、兄王子達など。なにより皆、過保護です。 前半はギャグ多め、後半は恋愛思考が始まりラストはシリアスになります。 文章能力が低いので読みにくかったらすみません。 ※一瞬でもhotランキング10位まで行けたのは皆様のおかげでございます。お気に入り1000嬉しいです。ありがとうございました! 本編は完結しましたが、暫く不定期ですがオマケを更新します!

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

処理中です...