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三章

85.波乱の幕開け

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「……何故、腹黒タヌキ共の夜会にルカも参加する事態になったのですか」


 珍しくアンドレアが父にガンを飛ばしている。その光景を見て、どうやら原因が自分らしいと察した俺は涙目でガクガクと震えた。

 そういえば夜会って初めてだなー何するのかなーとちょっぴりルンルンでおめかししちゃったので、今の俺は傍から見れば完全に夜会が楽しみすぎて浮かれた子供だ。
 前髪が長めだったので急遽ポンパドールにしたわけなのだが、ガクブルのせいでそのぴょこんとなったポンパドールもぷるぷる震えてしまっている。前髪をとめている黄色のお花のピンも、心なしかちょっぴり色を失っているような気がした。


「落ち着け。私は父として、子の望みを寛大に叶えたまでだ」

「は?普段なら絶対に許さないでしょう。よりによってヴァレンティノが絡む件で偶然気が乗って望みを叶えたと?耄碌したのならとっとと当主の座を明け渡した方が良いかと」

「口を慎めアンドレア。少しは考えろ。嫡男のみを参加させれば、次男であるルカの立場はどうなる。ただでさえベルナルディはルカを冷遇していた時期の印象が色濃いのだぞ」


 父のセリフに、アンドレアはハッとしたように息を呑んだ。
 いやいやぜったいその言い訳即興で考えたじゃろ……と昼間の様子を思い返して父をジトッと見つめるが、そんな俺の視線は超絶華麗にスルーされてしまった。

 だってだって、そのことを以前から考え付いていたのなら、今までの会合やら何やらに毎回俺を留守番させていた理由が謎になっちゃうし。
 なんてメタいことを考えたりもしたが、それは俺の中だけでひっそりと封じてあげた。


「……分かりました。ルカ、おいで。お兄様と一緒の馬車に乗ろう」

「待ちなさい、父も一緒の馬車だぞ」


 ツンと父に背を向けたアンドレアは、俺の手をきゅっと繋いで馬車に乗り込んだ。
 その後アンドレアは即座に扉を閉めたのだが、すぐに父がそれを開けて馬車に入った。馬車は一つしかなかったが……と乗る直前に首を傾げたが、やっぱり三人で一緒に乗る予定だったらしい。

 記憶力の良いアンドレアのことだから、三人で乗ることを忘れるはずがないだろうに……よっぽど父との会話に拗ねてしまったのだろうなぁ……と軽くため息を吐いた。
 頼むから仲良くしてほしい。二人の喧嘩なんて下手をすれば死人が出るかもしれないから。



 ***



 そうしてやってきた、ヴァレンティノ家の夜会。
 挿絵でもヴァレンティノ邸を見たことがないから、実質今夜がこの大きな邸を見る初めての日ということになる。

 ヴァレンティノ邸は広大な庭園に囲まれるようにして鎮座していた。
 邸というより、城と言った方が正しいかもしれない。全体的に真っ黒で魔王城みたいなベルナルディ邸とは違い、ヴァレンティノ邸は純白が基調となった神秘的な外観だ。
 正門を越えてから入り口までの道のりは長く、道中には大きく絢爛な噴水もあった。てっぺんには動物の形をした像がくっついていて、それを見上げて思わず首を傾げる。

 どうして動物の像が?と瞬く俺に気が付いたらしい。ふいにアンドレアがぽんと俺の頭を撫でて低く語った。


「あれは狼像だ。……ルカは、ヴァレンティノ家の紋章を見たことはあるか?」

「おおかみ、もんしょー?」


 なんじゃそれ?と曖昧に首を横に振る。
 ヴァレンティノ家の紋章……小説には紋章の描写は特になかったはずだ。なかったということは、特にストーリーに関係のあるものではないということだろう。
 それなら軽く聞き流すくらいでいいか、と楽観的にきょとんと瞬いた。


「ヴァレンティノ家の紋章には、主に狼と鎖が描かれている。あそこに旗があるだろう、あれがヴァレンティノ家の紋章だ」


 紋章に狼と鎖って、なんだかいかにも執着攻めって感じで不気味だなぁ……。
 なんて読者目線で考えながら視線を上げる。アンドレアが指した先には、たしかに一枚の旗が靡いていた。

 鋭い牙を覗かせた狼が一匹。その周りを囲うように鎖が描かれている。
 他にもよく見ると銃や剣が描かれていたりと、やっぱり全体的にヴァレンティノ家の執着を連想させる恐ろしいデザインとなっていた。


「うぅ、こわいです……サメさんもぷるぷるです……」

「すまない、少し怖かったか。旗は二度と視界に入れなくて良い。俺のことだけ見ていろ」


 原作での執着攻め・ロキによる狂気的なシナリオを思い出してぷるぷると震える。
 サメさんをぎゅっとしてガクブルする俺を見下ろし、アンドレアはすぐに俺の視界を塞いで、繋いだ手にぎゅっと力を籠めた。

 こんなに頼りがいのある兄が、いつかはロキの執着を受けて手籠めにされてしまうなんて。
 なんというか、現実のアンドレアは受けって感じじゃないから、ロキに囚われた後の姿が全く想像できないんだよなぁ。どちらかというと、アンドレアは普通に攻めっぽいし……。
 それでも、いつかはロキに手籠めにされる。それは変えようのない事実。

 それなら……と、俺はアンドレアと繋いだ手に更にぎゅうっと力を籠めた。


「おにいさま。おれがぜーったいに、お兄さまをお守りしてみせますっ」


 ぐっ!と拳を握って言うと、アンドレアは一度ポカンと見開いた目を細めて甘く微笑んだ。


「……そうか。頼もしいな」



 ***



 本日の夜会の会場となる、ヴァレンティノ家別館の大広間。
 そこへ父達と共に入った瞬間、その場の全ての視線がこちらに向けられたような感覚を受けてゾッとした。感覚というか、本当に全ての視線を向けられているわけなのだが。

 それだけでも緊張でどうにかなりそうだというのに、なぜかその視線のほとんどは真っ直ぐ俺に向けられているのだから動悸が止まらない。
 自意識過剰というにはあまりにも露骨すぎる視線の嵐だ。どうしてみんな俺を見るのか……と涙目で俯いてしまったので、人々が語り合う内容までは聞き取ることが出来なかった。


「──あの幼子が“ベルナルディの秘宝”か?」

「──なんと美しい……狂った当主と後継者が溺愛するわけだ」

「──それにしても、一体あのぬいぐるみは何だ?まさかサメか……?」

「──どうしてサメなんだ……?サメがお好きなのだろうか……?」


 みんなしてヒソヒソコソコソと。こっちは大量の視線のせいで号泣一歩手前だというのに。
 あまりの恐怖でサメさんをぎゅうっと絞め付ける勢いで抱き締めたその時、ふいに会場の喧噪をたちまち鎮めるような高らかな声が響いた。


「やぁ、我らが同士ベルナルディ!今宵はヴァレンティノの夜会に足を運んでくれたこと、心から感謝するよ。来てくれて本当に嬉しいな」


 サーッと隅へ寄る人混みから現れたのは、この会場の支配者であるヴァレンティノ家当主、リカルド様だった。


「……同士が催す夜会となっては、招待状を燃やす訳にもいかぬからな。生憎紛失してしまったが、受け入れて頂き此方こそ感謝する」


 父はリカルド様が差し出した手をとり、淡々と含みのある言葉を口にする。
 それが朗らかな挨拶ではなく“事後報告”であることに、恐らくリカルド様は一瞬で察したことだろう。

 この夜会の招待状は、軽く目を通した後に父が秒で消し炭にしてしまった。
 俺もその現場をそろーりと覗いていたけれど、無表情で突然手紙を灰皿に押し潰したのを見た時は恐怖で震えが止まらなかったな。たしかに言い様のない死を感じた。


「ところで、今日はルカちゃんも来てくれていると聞いたけれど……」

「あ、ここです。るか、いますっ」


 きょろきょろ、と辺りを見渡すリカルド様の前にとことこと歩み寄る。
 どうやら父とアンドレアの影に立っていたせいで見えなかったらしい。反省しつつサメさんを抱きながらお辞儀すると、すぐにリカルド様の嬉しそうな声が降ってきた。


「あぁルカちゃん!会えて嬉しいよ!いつも天使の如き愛らしさだけれど、今夜は普段よりも一段と可愛いね。特にむき出しのおでこがとてもキュートだ」

「あ、ありがと、ごじゃいましゅ。リカルドさまも、とってもすてきです」


 ふにゃあと笑んで言葉を返す。ポンパドールを褒めてくれた!おでこがキュート……って、ちょっぴりツボは分からないけれど、やっぱりリカルド様はすごく優しい良い人だ。


「ふむ……本当に可愛いな。チョロ可愛い。やはり何としてでも我がファミリーの嫁に──」

「ヴァレンティノ、積もる話があるだろう。あちらで話でもどうだ?」


 何やらブツブツと呟き始めたリカルド様の肩を叩いて、父が適当な場所を指さした。
 なぁんだ、敵対関係だなんて言われているけれど、実際はパパ組もそれなりに仲良しだったんだなぁ。ほくほくっと安堵して頬を緩める。


「……ルカ。俺達も少し風に当たるか。ルカは人混みの空気が苦手だったろう」

「……!はい……っ!」


 周囲から向けられる視線を遮るように、アンドレアが俺の視界に手を翳して小さく呟いた。
 それにこくこくっと頷き、アンドレアの手をぎゅっと握る。

 手を引かれるままに、二人でバルコニーへと向かった。
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