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三章
81.ロキ・ヴァレンティノの執着(ロキ視点)
しおりを挟む「まったく、父上も人使いが荒い……」
今頃、父上達は玄関ロビーで悠々と別れの挨拶を済ませていることだろう。
談笑は名目で、実際はガースパレの連中の気を逸らす時間稼ぎ。とは言え俺の仕事と比べれば圧倒的にリスクが低い単純作業だ。
今居る場所はガースパレ当主の執務室。あの当主の疑惑は今のところグレーといったところか。白とも黒とも言い難いのが面倒なところだ。
「ノヴァ、どう?例の物は見つかった?」
フードを目深に被った黒服の側近、ノヴァに尋ねる。
ノヴァは机を漁っていた手を止めて、軽く首を横に振った。案の定だが、やはりこんな分かりやすい場所に隠すような馬鹿ではなかったらしい。
ガースパレ家の人間は、代々面倒なほどに慎重な性格をしている。
例の物が見つからない以上まだ黒とは言い切れないが、その分白である可能性も遠のいた。
アンドレアの側近であるダグラスの報告によると、どうやらガースパレの後継者であるハオランは何かしらを知っているとみて間違いないらしい。となると、父親である当主もその共犯である可能性が高い。
「……いや、後継者一人の暴走って可能性もあるか」
元々ガースパレ家には、仄暗い噂が僅かだが出回っていた。
ダグラスには後継者のハオランにカマを掛けてもらったのだが……想定よりも順調に罠が成功したようで何よりだ。
ガースパレ家が“中立”でない確信はなかった。
ダグラスの報告を聞く限り、ガースパレ全体かどうかは差し置き、少なくともハオランが後ろめたい事情を隠しているのはほぼ確定か。
問題は、ハオランの懇意先が果たして俺達の探し求めている『黒幕』と同一人物なのか否かということ。
「そっちも見つからないみたいだね、ノヴァ」
壁に掛かった絵画を一つ一つ捲りながら、横目でノヴァの様子を窺う。
引き出しの中に手を入れ、丁寧に確認しながら探しても見つからないらしい。二重底の類はないようだが、やはり別で金庫か何かを隠している可能性が高いか。
ノヴァが申し訳なさそうにしょんぼりと肩を落とすのを見て「大丈夫だよ、予想していたことでしょ?」と軽く励ましの言葉を口にした。
「執務室には無い……となると、可能性があるのはやっぱり寝室かな」
寝室は完全なプライベート空間。その為、他人を入れる機会も極めて少ない。
秘密を隠すにはまさに打って付け。しかしその分、無人の時の警備が手薄いのが難点だ。あの慎重なガースパレ当主が、一切手を打っていないとは考えにくい。
何か確信を持てる情報を新たに入手してから動いた方が良いだろうか。二択を迫られ考え込んでいると、ふいに直ぐ傍にノヴァの気配を感じて振り向いた。
「うん?どうしたのノヴァ……って、あぁ。そろそろ当主が戻ってくる時間だね」
慌てた様子でぱたぱたと両腕を振るノヴァ。すぐにジェスチャーの意味を理解して、そそくさと執務室を出た。
ノヴァの焦り通り、物陰に隠れた数十秒後にガースパレ当主がやってきた。軽く左右を確認してから入室する姿を見て、微かに口角が上がる。
人の気配を探知してから部屋へ入るなんて、そんなの隠し事があると曝け出しているも同然。どうやら会合で父が言っていたことはただの推測で終わるものではなかったらしい。
『とりあえず、今の話で黒幕の正体は大分絞られたね』
ルカが倒れる直前、父上は愉快気な笑みを浮かべてそう言った。
恐らく、その場の全員が同じ人物を想像したはず。それは以前から裏社会でも話題に上がっていて、いつか動きを見せるだろうと予想していた者だったから。
「黒幕の正体が……──“王族”だなんて」
誰も居なくなった廊下を悠々と歩く。
微かに苛立ちを滲ませた声音を耳にして慌てたらしい。隣に並ぶノヴァがそわそわとし始めたことに気が付き、安心させる為にニコッと作り物の笑顔を向けた。
「大丈夫、怒ってないよ。ただ、少し呆れているだけさ」
どうして表裏という言葉があるのか。上に立つ者ほど、その意味を理解しなければならないというのに。
明確な区分けがされていることには必ず理由がある。表と裏は交わってはならない。そんなことは少し考えれば理解出来ること。
とは言え仕方ない部分もあるか。
何せ黒幕は王族と言っても、選ばれなかった側の人間だから。
「一度蹴落とされたなら永遠に這い蹲っていれば良いものを。負け犬ほど諦めを知らないんだから、面倒を掛けられる側からすると本当に迷惑だ」
ぽつりと呟く。その時、ふいに窓の外に影が横切った気がして立ち止まった。
影の正体は小鳥。図ったように視界の真ん中の窓枠にとまった小鳥は、小さな嘴でコツンと窓を叩いた。
その小鳥が小鳥ではないことに気付いた時には、既にノヴァが動いていた。窓を僅かに開けたノヴァが、小鳥から発される鳴き声を聞いて振り返る。
「緊急の報告?」
こくっと頷き、ノヴァは小鳥を空に羽ばたかせて窓を閉じた。
口元を覆った布を軽く下ろし、久方ぶりに掠れた声を発して答える。
「……ジンから。名無しの墓地で重体のカルロを発見したって」
「カルロ?あぁ、切り裂きジャックのお義兄さんか」
あぁいや、違うか。たしか姉は結婚する前に死んだんだっけ?
まぁなんでもいいや、と軽く息を吐いて瞬く。そうか、あの男も口封じに狙われたのか。
そういえば、重要な証言者だから会合に参加するようにと伝えたのに来ていなかったな。
正直、黒幕と対面したのはジャックだけであの男は特に真実に近付いているわけでもない。こっち側からすれば大して大事な参考人というわけでもなかったから、別にどうなろうが構わないのだが。
とはいえ、アレはあの子……ルカのお気に入りであるジャックの身内。放っておいてルカを泣かせるような結果にでもなれば、今よりますます結婚を認められなくなってしまう。
……それは、嫌だ。特に俺がルカに何かを抱いているわけではないと思うが、かといって他の輩があの子を手籠めにするような光景は想像するだけでも腸が煮えくり返る。
俺の心の安寧の為にも、あの子を捕らえる為の外堀を深くするようなことは、万が一にもあってはならない。
「うーん。その男、まだ生きてる?」
「……一応、五体満足」
「なら上等だ。とりあえず傷は治療しといて。あとは放っといて構わない」
なるほど、黒幕はカルロを殺さなかったのか。
あくまで見せしめ……これ以上の深追いはお勧めしない、とでも言っているのかな。警告にしては易しい方か、それとも逆に残酷と言った方が正しいのか。
一思いに殺されておけば、あの男も愛する女のもとへ行けたかもしれないというのに。
「まぁ、生き延びたなら仕方ない。それなりに偵察の才があるみたいだし、捨て駒くらいには使えるかな」
一応はあの暗殺ギルドと情報戦をして勝利した人間だ、利用しようと思えば、囮程度にするくらいなら価値があるだろう。
アレは確か、復讐相手を目の前であっさり殺されて抜け殻のようになっているみたいだし……そういう時は一番手駒に引き込みやすいから楽で良い。
失恋には新たな恋を。失った憎悪には、新たな復讐心を。
真の敵はまだ生きている。そう伝えるだけで、恨みに駆られた人間というのは不思議な程に愚かな妄信を抱いてしまうものだ。
「精々、俺の未来のお嫁さんの為に働いてもらおうか」
俺のお嫁さんは、子兎みたいに弱くて臆病で泣き虫のようだからね。
あのアホくさくて愚鈍でチョロかわいい姿は、平穏な日常と箱庭の中でしか見られないもの。今の危険因子渦巻く環境では、それが徐々に暗くなってしまうはず。
あれを見れば心が凪ぐ。常に狂気に呑まれている頭が少しはマシになる。俺の為に、俺の安寧の為に、あの不思議な精神安定剤はこれから先、必要不可欠だ。
ルカ・ベルナルディを必ず俺のモノにする。
その為に、厄介事は今のうちに全て片付けておかなくちゃ。
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