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二章
50.誤解だらけの話し合い
しおりを挟むちょっと落ち着こう、と自分で頑張って淹れたホットミルクをこくこくする。
幸いばたんきゅーすることなく冷静に戻ることが出来たわけだが……この状況では未だに油断は出来ない。
なぜなら大事な話をするからとかで、ジャックとガウは部屋の外に追い出されてしまったからだ。つまり今この場にいるのは俺とロキとアンドレアの三人だけってこと。
主人公二人とモブ悪役のガチ対面というわけだ。スン……とクールにホットミルクをこくこくしている俺だが、実は若干死の予感を受け入れ始めている。
とにもかくにも、まずは状況を理解するところからだな。死を覚悟した俺には怖いものなんてないので、いつもならガクブルして黙り込んでいる場面だが、もう吹っ切って普通に尋ねることにした。
「えぇっと、つまり……俺のわんこは、わんこじゃなくて人だったってこと……?」
向かいのソファに仲良く並んで座ったロキとアンドレア。
そのうちニッコリ笑顔のロキが「そうだよー」と頷いて、雪のように真っ白な髪からぴょこんっとケモ耳を生やした。
「わっ!もふもふ!耳!」
挿絵でも見たことのないロキのケモ耳姿。というか、ロキが獣人だったという情報自体聞いたことがない。
自慢じゃないが、俺はそれなりに『暗華』のオタクと言える部類に属していたはずだ。それなのに、主人公の一番大きな設定を忘れていたなんて……そんなことが有り得るかな。
いや、それを言ってしまえばそれ以外も全部同じことだ。
三年後に出会うはずの二人がなぜか既に出会っているし、仲良しさんだし。不干渉のはずの二大ファミリーが普通に邸内で接触しちゃっているし。
ここは本当に『暗華』の世界なのか?そんな疑問さえ湧いてしまう。
「……俺が獣人だって知っても、二人とも全然引かないんだね」
ニコッと笑顔を浮かべていたロキだったけれど、もふもふーっ!と瞳をキラキラさせる俺、そしてツーンと顰め顔のアンドレアを一瞥してふいに呟いた。
その言葉を聞いてきょとんと首を傾げる。獣人だからってどうして引くことになるんだ……?と緊張でこの世界での獣人の立場をド忘れしてしまった俺は、何も考えることなくあっさりと答えてしまった。
「む?もふもふは正義だぞ?ロキってばなに言ってるんだ?」
「引いてやるほど貴様に興味など無い」
もふもふ至上主義のため本気で困惑する俺と、割と本気で心底不愉快そうに表情を歪めるアンドレア。
その答えを聞いたロキは、一瞬虚を突かれたように息を呑んで、そしてすぐに微笑んだ。ニコニコッと貼り付けたような笑みじゃなく、どこか柔らかい微笑みだ。
「そっか。やっぱり君達と友達になって良かったよ」
ほくほくとした雰囲気になんとなく笑顔を返す。
返す……けど、あれれ?俺、いつの間にロキとお友達になったんだっけ?
いや、いいのかな。そっか、俺とロキお友達になってたんだ。そもそも、お友達の作り方なんて病室暮らしだった俺は知らないし、絵本とかで間違った常識を学んでいたのかも。
そっかそっか。明確な言葉がなくても、片方が思えばお友達なのか。おけおけ、理解。俺とロキはお友達!
ふむふむっと頷く俺の向かいで、アンドレアは何やら怒りマークを浮かべてロキの胸倉を掴み上げた。あらま、喧嘩するほど仲がいいってやつかね。
「……だから、友人になったつもりは無いと言っているだろう」
「えぇ?でも俺達、もう共犯だよ。お互いの父親騙して新しい形を作ろうって、そう誓ったじゃないか。友達みたいなものでしょ?」
「気持ち悪い。気持ち悪い言い方をするな。気持ち悪い」
本当に心の底から不快に感じているんだろうなぁ……と流石の俺でも察するくらいの圧をアンドレアが纏っている。
ロキは原作で『執着的でねちっこく、身を引くということを知らない』と散々な描写をされていただけにかなりグイグイいっている様子だ。
……それにしても、“昨日”ってなんだろう?アンドレアも“昨夜”とかなんとか言っていたし……なんて、ふと疑問を抱いた末にハッとした。
「まっ、まさか……!」
途端に真っ赤に染まった頬を両手で包み込みながら、対極の姿勢で語り合う主人公たちを見遣る。
もしやアンドレアのツンな態度は照れ隠しなのだろうか?だってだって、昨夜だとか誓っただとか、ロキのこの悪戯っぽい執着具合は原作とまるで同じ。
そう、まさかのまさか!昨夜、もしかして二人は……!
──俺がぐーすかしている横で、あんなことやこんなことを……!?
「はわっ、はわわっ」
考え出したらもう止まらない。二人を直視することができず、ふいっと顔を背けてアッハーンな妄想をなんとか脳内から追い払うべく頭を振る。
『──っ馬鹿、ルカが傍で眠っているというのに……!』
『──素直になりなよ。本当は君も、期待してるんでしょ……?』
ぐーすかすぴーする俺を横目に、アンドレアを情熱的にソファへ押し倒すロキ。アンドレアはその獰猛な視線に囚われ、自慢の無表情を赤く染めていく……。
やがておじゃま虫なモブA(俺)が枠からフェードアウト、月明かりに照らされる二人がアップにズームされ、最後はグッと近付く艶やかな唇へ……──
そして二人は禁断のふぁーすときっすを──!
「ぴゃあぁぁッッ!」
ぼんっ!と噴火する勢いで頭から湯気ぷしゅーをしながら、えっちな妄想を無理やり掻き消して勢いよく立ち上がる。
ずっと無言で俯いていた俺が突如奇声を上げて立ち上がったことに驚いたのか、痴話喧嘩をしていた二人がぎょっとした様子で振り返った。
「ルカ……!?」
「なになに、どうしたの!」
二人があわわっと駆け寄ってくるのを視界の端で捉える。
またまたアッハーンな妄想がチラつき始めたのを慌てて振り払い、コホンッと咳払いをして誤魔化し笑いを浮かべた。顔は真っ赤っかだけれど。
「な、なんでもないです、大丈夫ですっ」
んなアホな……と眉尻を下げる二人。流石にとんでもない奇声を上げたあとに「なんでもない」は無理があったか。
それなら仕方ない。なんで俺達の関係を知っているんだ?と怪しまれるかもしれないけれど……そこは“察しの良い賢い子”ということでゴリ押そう、とニヤケ顔を浮かべて語った。
「おれっ、ぼく、いいと思いますっ。二人のこと、応援しますっ!とってもとっても、いいと思うっ、うむ!」
むふふと頬を緩めて言うと、二人は一度きょとんと瞬き、やがてハッと目を見開いた。
アンドレアは嫌そうに顔を歪め、ロキはその表情を嬉しそうに見遣る。二人の反応を全て確認し、やはりそうだったのか!と瞳を輝かせた。
やっぱり二人はもうイイ感じなんだ……!
「だってよアンドレア。君の条件だった“弟くんの了承を得る”ってのも達成したし、約束通り計画を実行しても構わないよね?」
「……ルカが良いと言うなら、仕方ない」
ヒソヒソと話し合う二人を見上げてむっふーっ!とほっぺをにまにま緩める。
なんでか原作よりも主人公たちの恋愛進展が早いけれど、まぁいっか。
二人の愛は原作でもすごく強いものだったし、こうして早くに巡り合うのもまた運命。きっとお互いの熱烈な想いが邂逅を速めたのだろう、と原作ファンの心が顔を出してうんうんと頷いてしまった。
「ふっ……せいぜい、末永く爆発しろ」
ここから先は主人公たちの世界……モブはクールに去るぜ。
シャキーンッと別れの挨拶を小さく呟き、とことこてくてくっと去り行く俺。
ドアノブに手を掛けた瞬間、ふいに背後から伸びた手にひょいっと軽々捕獲され、ぷらんぷらーんと四肢を揺らした状態で首を傾げた。
「……。……むっ?」
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