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二章
43.主人公vs悪役側近vs何も知らないミケ
しおりを挟む危険な空気の中睨み合いを続けたアンドレアとジャックだったけれど、結局ジャックが体力勝負で耐え切り、三十分ほどが経過した後にようやく睨み合いが終了した。
今はアンドレアがフンッと拗ねた様子でソファに座り、ジャックは我が物顔で部屋に居座り、ガウに関しては何やらミケと「お互い苦労しますね」とヒソヒソ話をしているところだ。仲良くなったようで何より。
結局抱き上げられた状態のままアンドレアには離してもらえず、俺は今も尚アンドレアの膝の上にちょこんと抱え込まれている。
サメさんをむぎゅむぎゅして遊びながら退屈を紛らわせていると、やがて俺を抱くアンドレアをジーッと眺めていたジャックがふいに声を上げた。
「ねぇねぇ、いつになったら帰るのぉ?そろそろご主人様を返してほしいんですけどぉ」
「……ルカは貴様のモノではない。貴様らケダモノ共とルカを籠らせる訳が無いだろう」
寧ろ貴様らこそとっとと失せろ、とものっそ低い声で語るアンドレアを見上げてあわわっと眉尻を下げる。
さっきまであんなに仲良く痴話喧嘩をしていたけれど、別に仲良くなったわけではなかったらしい。互いを睨み合う目が本物だ。本物の憎悪が滲みまくっている。
なんだか殺し合いすら始まりそうな雰囲気にビクビクしつつ、流石にこれ以上は見過ごせん!とぷるぷる震えながらアンドレアの裾をくいくいっと引っ張った。
「あの、お兄さま、お兄さま。ちょこっとよろしいでしょうか」
小さく語り掛けた瞬間、アンドレアの首がグインッと動いてとんでもない速さで俺を見下ろした。うおぉ、なにその動き、速すぎてこわいよぅ……。
「……何だ」
「あぇっ、いや、そのぅ……ジャックとガウ、ぼくの側近なんです……」
「……それがどうした」
「はぅっ!あ、あのぅ……だから、その……一緒に暮らしたいなぁ、なーんて……」
険しい表情のアンドレアに屈しそうになりながらもなんとか言葉を紡ぐ。
へらへらぁっと緩んだ笑顔を晒しながら最後のセリフを語った直後、アンドレアの顔がこれでもか!とばかりに歪んだためにぴえぇぇっ!と涙が溢れた。
たいへん、ものすごく怒ってる。激おこの予感。がくぶる。
「……馬鹿ルカ。一体いくつ洗脳を掛けられれば気が済むんだ」
あ、あれぇ?いま俺のこと馬鹿って言った?言ってないよね?ね?
超絶クールな俺を馬鹿だなんて、アンドレアにそんなこと言われたら俺泣いちゃう。俺だってしっかり頑張ってるんだよぅ。馬鹿なんて言わないでよぅ。
しくしく泣きべそを掻きながらサメさんに顔を埋める。
馬鹿は俺への禁句だ。なんたって俺は超絶クールな子だから、明らかに間違ってる馬鹿という言葉を吐かれると困惑で混乱しちゃうのだ。
俺は超絶クールな悪役次男なのに。アンドレアってば俺のクールさを理解出来ないなんて変なのー。
「お言葉ですがお兄さまっ!ぼくはとってもクールでスマートなので、洗脳なんてされるおバカさんじゃありませんっ」
涙をふんすっと引っ込めた後、ぷんすか!とほっぺを膨らませながら言い放つ。
心なしかサメさんも俺と一緒にぷんすかしてくれているように見える。
むぎゅーっとサメさんを抱き締めながら気丈な表情を保つと、ふいにアンドレアが俺よりも困惑の色を強く滲ませた顔できょとんと首を傾げた。
「……何を言っている?お前がクールだった時など一度も無い」
「ぐっ!ぐぬぬぅ……!」
なんて意地悪な主人公なんだ!とぷるぷる震える。
俺のことが嫌いなのは分かるが、誰しも認める俺の超絶クールな所は認めてくれたっていいのに。どう見てもクールなんだからさっ。
もうおこ!おこである!とぷんすか。アンドレアが気を逸らした隙に、膝からちょこんっと下りてとことこ走り出す。
サメさんを抱いたまま涙目でジャックに飛びつくと、ジャックは待ってました!とばかりに満面の笑顔を浮かべて俺を受け止めた。
「よぉしよしっ!怖かったねぇご主人様っ!僕がいるからもう安心だよぉ!」
「じゃっく、じゃっく、うえぇんっ!おれ、くーるだもん、すまーとだもんーっ」
「うんうん。ご主人様ってば超クール!超スマート!クールじゃないなんてぇ、変なこと言われてびっくりしちゃったねぇ」
猫可愛がりするみたいにうりうりーすりすりーっと俺を撫で回すジャック。
ちゅっちゅっといらんチューを頭のてっぺんに受けながら、それを全部スルーしてむぎゅーっと強く抱き着く。
いらん変態行為がなければ、ジャックってばただのイケメンさんなのになぁ……ほんと残念系イケメンだ。それがジャックの良い所なのかもしれないけれど。
「ほらご主人様、サメさん濡れちゃうよぉ?そんなに泣かないのっ!正直泣き顔超興奮するけどぉ、僕以外の前じゃダーメッ」
言っていることは八割方理解できなかったけれど、サメさんがびしょ濡れになるのは可哀想なので慌てて涙を拭って腕の中を見下ろす。
確かに、俺が滝の如く溢れさせた涙でサメさんの一部が濡れてしまっている。流石に鼻水までつけるのはサメさんに失礼すぎるか、一応啜っておこう。ズズッ。
「う、うぅ。ぷきゅー」
「あぁほらガウっ!僕いま手ぇ離せないからっ!ご主人様の鼻水介助っ!」
両腕で俺をむぎゅーっと抱き締めているジャックが何やらガウに向かって叫ぶ。
ずっと一連の流れを傍観者の如く見守っていたガウだったけれど、ジャックの指示によってすぐにこっち側に戻ってきた。
慌てた様子で俺の横に跪き、忙しなくティッシュで俺の鼻水を拭う姿は何だかシュールだ。まさか鼻水の介助までされるとは思わなかった。かなり不服である。
「主様、主様、ちーんです、ちーん」
「ガウってば説明下手だねぇ。しゅーんだよ、しゅーん」
もうどっちもわけわかめなので、構わずぷきゅーっ!と独自の方法で鼻に力を籠めた。
……って、あらたいへん、思った以上に勢い余ってたくさんでちゃった。ごめんよガウ、指にちょっとついちゃったね。きたないよね。
「はっ!ゆ、指に主様の体液が……!幸福の極み……ッッ!」
「ガウもなんだかんだムッツリさんだよねぇ」
跪いて指についた鼻水を拝み散らかしているガウを見下ろしちょぴっとだけ眉尻を下げた。
なんだろう、ガウへの印象が大きく変わってしまったような……。
もうだめだ。どいつもこいつもわけわかめで、俺の気の休まる場所が全然ない。
アンドレアは言わずもがなだし、ジャックとガウはなんか様子がおかしいし……ふむ、やっぱり真の安地はあそこだけなのだろうな。
とことこ、てくてく。
サメさんをぎゅーして向かったのは、アンドレアの側近であるミケの足元。
ずーっと部外者を演じてたの、バレてるんだぞ。ぎゅーだぞぎゅー。自分だけ安地にいたお仕置きだ。ぎゅー。
「え、えっ!急になんっ、なんのご褒美!?天使に抱き着かれてる!サメさん抱いてる天使にぎゅーされちゃってんだが!?」
あたふたミケに近付く静かな真っ黒オーラ……。
いつの間に背後に来ていたのか、ふと現れたアンドレアが絶対零度の表情でミケの胸倉を掴み上げた。あわわっ、ほんとうになにゆえ。
「グフッ、ちょ、ちょいまち!これは不可抗力だろオイ!」
「……俺のルカに手を出した……」
「聞いちゃいねぇ!」
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