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一章

13.とある側近の独り言(リノ視点)

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「……ぜってぇあのガキと側近共、デキてるよなァ?」

「こらこらダグラス。下世話なことを言うものではありませんよ」


 窓枠に腰掛けたダグラスが見下ろすのは、庭園の奥、ひっそりとした狭い空間で抱き合うルカ坊ちゃまとその側近。
 何を話しているのかはここからでは分からないが、見る限り相当親密な仲であることが窺える。齢六歳の少年を前に下世話な想像など無礼だが、ダグラスは何の躊躇もなくその想像を吐き出した。

 犬は飼い主に似るというが、この狂犬には当てはまらなかったらしい。
 寡黙な主である若様……アンドレア坊ちゃまとは似ても似つかないダグラスという男。若様も一体何を考えて、この無礼な男を側近に選んだのか。
 以前から若様のことは不思議なお方であると愉快に観察していたものだが、その関心が今日、ついに別の者にも向けることとなった。

 それこそ、ダグラスが今も見つめ続けているベルナルディ家の悲運の次男坊……ルカ坊ちゃまだ。


「いやいやリノさんよォ、ありゃどう見てもデキてまっせ?切り裂きジャックを引き入れたっつーからどんな凄腕かと思ったら……どうせ身体でも売って絆したんだろうよ」

「はぁ……馬鹿ですか?ルカ坊ちゃまは齢六歳。六歳の幼気な少年が身体を使って殺人鬼を手玉に取ったと?」

「あんたこそ馬鹿だろォ。ガキってもベルナルディのガキだぜ?うちのご主人サマの怪物具合が良い例だ。あのアホくせぇちんちくりんも何かしら“持ってる”ぜ」


「野郎を惑わす名器とかなァ?」と嘲笑混じりに語ってゲラゲラと笑い声を上げる馬鹿にスッと目を細める。
 この男の無礼加減には毎度苛立ちを覚えるが……はて何故だろうか。
 たった今湧いた殺意は、普段のそれとは比べ物にならないほど明確なものだった。


「……そこまでにしなさい。ルカ坊ちゃまはベルナルディの正統な血を継ぐお方。所詮は飼い犬の立場である貴方がルカ坊ちゃまを貶すなど、極刑に値します」


 柄にもない低音を紡ぎながら思い返すのは、ルカ坊ちゃまとの初対面を交わした時のこと。
 見る限りおおよそマフィアの子とは思えぬほどの無垢で抜けた少年……だが、苛立ちを顕にした時の圧は、あの若様にも匹敵するほどの重圧だった。
 しかし、微かに悟ったあの震えも本物。純粋な恐怖に怯える抜けた少年の姿と、凛としたベルナルディの子の姿……あのお方はいくつもの顔を持っている。

 恐らく、己でも自覚していないであろう複数の仮面を。


「……なんだァ?あんたにしちゃ珍しく入れ込んでるじゃねェか。うちのご主人サマへの熱は冷めたのか?」

「まさか。若様以上にベルナルディの後継者として相応しい方など存在しませんよ。ただルカ坊ちゃまに関しては……若様に上げる熱とはまた別の意味で、不思議な魅力を感じるのです」


 自分でも理解が追い付かないが、とにかくルカ坊ちゃまには“何か”を感じる。これだけは確かだ。
 だからこそ、この高揚感の意味を理解するまでは、ルカ坊ちゃまへのどんな侮辱も許さない。

 もしかするとルカ坊ちゃまは……長らく暗闇に包まれたベルナルディを照らす、新たな光となるやもしれないからだ。


「……」


 そっと振り返った先には、こちらに背を向けて執務机と向き合う我が主が居る。
 いつものように淡々と執務を行っているように見せかけて、実際はこちらの会話に聞き耳を立てていらっしゃるのだろう。普段よりも筆の動きがかなり鈍い。

 七年前に失った愛する奥方と、幼い若様が描かれた小さな肖像画。執務机にこっそりと置かれたそれを、主は忙しなく触れて眺めているようだ。
 どうやら主も、散々冷遇してきた末の我が子に何かを感じているらしい。

 不器用なお方であるということは重々承知済みだ。ここは側近ではなく一人の友として、朴念仁な男の背をほんの少しだけ押してやろう。


「……そういえば、先程はルカ坊ちゃまに随分助けられましたねぇ。ルカ坊ちゃまがいらっしゃらなければ、今頃若様が命の危機に晒されていたやもしれません」


 言いながらふと、あれは本当に予想外だったとその件を思い返した。
 若様のスープにエビが混入していたなど、私でもルカ坊ちゃまが動くまで気付かなかった。

 ルカ坊ちゃまは本当にエビがお好きで、偶然にも若様の危機を止めることが出来たのか、はたまた……。
 あの無垢な表情の裏に、仮に予想も出来ないほどの明晰な頭脳を隠しているとすれば。それはなんて末恐ろしいことかと、柄にもなく僅かな畏怖で口角を歪に上げた。


「その件の礼は、若様の父である主様が直々に尽くすべきだと思うのですが……はて、いかがでしょう?」


 歪んだ口角を隠しつつ問いを口にする。
 ゆったりと振り返った先に、慌てた様子で肖像画を倒す主様が見えて吹き出すのを何とか堪えた。まったく……我が主は本当に不器用なお方だ。


「そうだな。ベルナルディの当主として、後継者のアンドレアを救った礼は尽くさなければ」


 その言葉にそっと眉尻を下げて微笑む。


「……主様。恐れながら、ルカ坊ちゃまもベルナルディ家のご家族ですよ」


 静かに告げたそれに、主様はほんの微かにピクリと肩を揺らした。
 相変わらずこちらには背を向けたままで、主様が一体どんな表情をしているのかなどは分からない。想像もつかない。
 ……だが。


「──……そうか。そうだったな」


 虚ろな声音に隠された、色の籠った心情。
 それを確かに悟った私は、思わず執務机の上に倒された肖像画に目をやり、胸の内で柄にもなく祈ってしまった。


 ──奥様。誰より強靭で冷酷で、しかし誰より弱々しい貴女の腑抜けた夫が、ついに暗闇から抜け出すやもしれません。


 どうかベルナルディが失った光が、遺された不器用な男達に、光を取り戻す勇気を与えてくださいますように。

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