上 下
2 / 240
一章

2.生存作戦!忠実なる下僕をゲットせよ!

しおりを挟む
 
 物語の序盤、初めに起こる大きな展開と言えば、やはりあれだろう。
 主人公と対立する初めの悪役、つまり弟である俺と母が退場するザマァ展開。その引き金を引きやがり下さるのは俺の実の母、ディアナだ。あの強火ストーカーね。

 ディアナはベルナルディ家と愛する夫を我が物とすべく、後継者に実の子を据える計画を考えた。
 つまり俺を、ベルナルディの嫡男であり主人公の兄を差し置いて、後継者にしようとしたのである。

 無能な悪役の弟が仮に後継者になったとして、早々に周囲に排除されるだろうに。その辺を考えない母はやっぱり無能な悪役である。しっかりしてママ。
 まぁそんなこんなで実子を後継者とするべく奮闘し始める母。その過程で主人公である俺の兄を虐めに虐め抜いたりもするのだが……お察しの通り、最後には普通にやり返されてザマァエンドである。虚しい。

 しかしながらこれもストーリーの大切な序章、主人公が打たれ強さを養う大事なイベントなのだ。
 出来ればあまり小説の内容を変えたくはないが、少しも干渉しなければそれはそれで俺が死ぬ。兄には悪いが、このイベントは省略させてもらおうじゃないか。

 俺の生存のため、兄を助けて恩を売り、ついでにちょっとだけ媚びも売る。そういう計画である。

 その為にはやっぱり母をどうにかするしかない。それと同時に兄を母の魔の手から守らなければ。
 うーむどうしたものか。強火ストーカーの母はどうなろうと構わないが、飛び火がこちらに飛ぶのは避けたい。ザマァエンドの対象から俺を外して、母のみを退場させるには……。

 ……うむ、やっぱり逃げてばかりではいられない。母をこの先野放しにしておけば、結局俺も死の結末から逃れられないのだから。
 やるしかない。という訳で、俺は小説のストーリーに参戦することにした。母を何とかしつつ兄を守ったらとっととサヨナラをするつもりなので、序章だけ耐えればいい。うん、いける。できる。

 そうと決まれば準備だ。きっともうすぐ、父を実家の力で説得した母から手紙が届くはずだから。
 俺の六歳の誕生日パーティー。ザマァエンドの引き金となる手紙が。




 * * *




 六歳になるまでの数年、ザマァエンドが決まる誕生日パーティーの対策を毎日のように考えていたのを思い返す。この日々を無駄にするのだけは避けたい。

 必死に生存のための策略を考えて考えて……そうして辿り着いた答えを改めて紙にまとめる。一番上にはタイトルとなる作戦名を、それはもう大きな文字でドンと書いた。

 ザマァエンド回避、そして悪役生存ルートのための作戦、その名はずばり!


 ──『主人公に媚びを売りつつ、こっそり主人公の仲間を盗んじゃおう大作戦』である!


「むん……」


 いや、待ってくれ。少し落ち着いてほしい。
 なんだこのいかにも小物悪役っぽい作戦は、と思ったかもしれないが少し落ち着いてほしい。
 鉛筆片手にふしゅーっと息を吐きながら、改めて作戦の内容を紙に書き連ねる。

 作戦内容をざっくりと説明しよう。
 俺が六年かけて考えた作戦、その内容をざっくり説明してしまうと、つまり『主人公に媚売りをして生存の確立を少しでも高めときつつ、いざという時のために主人公の仲間となる予定のキャラをこっち側に取り込んでしまおう』ということである。

 ……うーむ、ざっくり説明したら更に小物悪役っぽくなってしまったような……いや!そんなことはない!俺はただ生き残りに必死なだけの努力家な転生モブなのだ。うむ!

 まぁせっかく小説の内容を知っていることだし、この強みを使わない手はないだろう。
 小説の主人公……つまり俺の兄、アンドレア。アンドレアはストーリーが進むごとに仲間を増やしていくのだが、その仲間となるキャラ達が、それはもうとっても賢い強キャラばかりなのだ。

 そして、そのうち一番目にアンドレアの忠実な部下となる人物……そのキャラこそ、小物悪役である俺を殺してザマァエンドに追い込む張本人なのである──!


「これはだめだ……ぜったいにあの男を俺の仲間にしないと……」


 鉛筆を持つ手ががくがくと震える。
 こ、これは怖がってるわけじゃないよ、武者震いというやつである。ぶるぶる……。

 ……まぁ何はともあれ、俺を排除する主人公の忠実なる下僕、あの男を放置して決戦の場である誕生日パーティーへ行くことは出来ない。
 兄への媚売り作戦が失敗してしまう可能性が無きにしも非ず。最悪のパターンを想定して、逃亡のための仲間を増やすのは作戦の必須事項である、というわけなのだ。

 そして、俺が仲間に!と考えているキャラこそがアンドレアの忠実なる部下となる人間の一人。
 一時期王国中を震撼させた、スラム街が生んだ稀代の殺人鬼。


 ──通称、『切り裂きジャック』と呼ばれる男だ。


 切り裂きジャックは狂った無差別殺人鬼……と言われているが、実は彼の殺害対象は無差別というわけじゃない。
 よくよーく調べれば簡単に被害者の共通点に辿り着くのだが、まぁ加害者も被害者もスラム街の住人、言ってしまえば人間以下の立場である彼らの事件を、高尚な人間様である警備隊がマジメに調べるはずもなく……。

 結果的に切り裂きジャックは単なる快楽殺人鬼として追われる日々を過ごし、そんなある日、ジャックの殺人動機や信念を察したアンドレアが彼を味方に引き込もうと動き出す。
 ジャックが警備隊に追われ瀕死で隠れていたところに、主人公である兄が救いの手を差し伸べ……そうして、ジャックはまんまとアンドレアに堕ちることになるのだ。


「そのときのアンドレア、すっごくかっこいいんだよなぁ……」


 アンドレアがジャックを堕とす、小説のストーリーでも特に好きなシーンだ。

 スラム街の片隅、ゴミ捨て場に倒れる瀕死のジャック。そこへ近付く一つの足音。やってきたのは、艶やかな至極色の長髪を靡かせた美しい青年、アンドレア。
 彼は倒れるジャックを見下すように凛と立ち、一言声を掛けるのだ。


『貴様、俺のモノになれ』


 その一言にジャックの心が揺れる。
 死にかけの彼に訪れた救世主。アンドレアは、呆然とするジャックに最後の一押しとなるセリフを語った。


『──貴様の動機も過去も興味は無い。殺したい奴が居るなら殺せ。その代償に、貴様は俺の肉壁となれ』

『──弾も刃も全て受け止めろ。俺が貴様の命を買う』


 アンドレアは、ジャックを肉壁として買った。
 敵の多いアンドレアは毎日のように攻撃を受けていた。その全てを躱すのは骨が折れる。だから、自分の代わりに攻撃を全て受け止める人形を欲した。
 それに選ばれたのが、大量殺人鬼の切り裂きジャック。

 彼なら使い捨てが効く。生粋のマフィアであるアンドレアはそう考えた。
 そうしてジャックもまた、同じように思っていた。使い捨ての効く自分。それを活用してくれる人間が現れたことに、救いを感じたのだ。


 ……今度は、俺がその言葉をジャックにかければいい。
 そうすれば、ジャックはアンドレアではなく俺のものになる。俺を守る忠実な部下となる。人形となる。

 そうすれば、俺が生存する確率は格段に上がって……。


「……」


 ふと思う。たった今思い出した小説の一節は、この世界では現実だ。
 創作されたキャラクターじゃなく、生きている人間。小説ではたった数行で記されたジャックの壮絶な過去も、ここでは何年にも渡るリアルな地獄なのだ。

 そんな彼を、俺の生存のためだけに人形に……?


「……だめ、だめ。俺は生きるんだ……死にたくなんて、ないもの」


 浮かんだ甘い考えを振り払う。
 湧き上がる迷いを断ち切るように、俺は早速ジャックを堕とすための準備を始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

実は俺、悪役なんだけど周りの人達から溺愛されている件について…

彩ノ華
BL
あのぅ、、おれ一応悪役なんですけど〜?? ひょんな事からこの世界に転生したオレは、自分が悪役だと思い出した。そんな俺は…!!ヒロイン(男)と攻略対象者達の恋愛を全力で応援します!断罪されない程度に悪役としての責務を全うします_。 みんなから嫌われるはずの悪役。  そ・れ・な・の・に… どうしてみんなから構われるの?!溺愛されるの?! もしもーし・・・ヒロインあっちだよ?!どうぞヒロインとイチャついちゃってくださいよぉ…(泣) そんなオレの物語が今始まる___。 ちょっとアレなやつには✾←このマークを付けておきます。読む際にお気を付けください☺️ 第12回BL小説大賞に参加中! よろしくお願いします🙇‍♀️

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです

大好きな乙女ゲームの世界に転生したぞ!……ってあれ?俺、モブキャラなのに随分シナリオに絡んでませんか!?

あるのーる
BL
普通のサラリーマンである俺、宮内嘉音はある日事件に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 しかし次に目を開けた時、広がっていたのは中世ファンタジー風の風景だった。前世とは似ても似つかない風貌の10歳の侯爵令息、カノン・アルベントとして生活していく中、俺はあることに気が付いてしまう。どうやら俺は「きっと未来は素晴らしく煌めく」、通称「きみすき」という好きだった乙女ゲームの世界に転生しているようだった。 ……となれば、俺のやりたいことはただ一つ。シナリオの途中で死んでしまう運命である俺の推しキャラ(モブ)をなんとしてでも生存させたい。 学園に入学するため勉強をしたり、熱心に魔法の訓練をしたり。我が家に降りかかる災いを避けたり辺境伯令息と婚約したり、と慌ただしく日々を過ごした俺は、15になりようやくゲームの舞台である王立学園に入学することができた。 ……って、俺の推しモブがいないんだが? それに、なんでか主人公と一緒にイベントに巻き込まれてるんだが!? 由緒正しきモブである俺の運命、どうなっちゃうんだ!? ・・・・・ 乙女ゲームに転生した男が攻略対象及びその周辺とわちゃわちゃしながら学園生活を送る話です。主人公が攻めで、学園卒業まではキスまでです。 始めに死ネタ、ちょくちょく虐待などの描写は入るものの相手が出てきた後は基本ゆるい愛され系みたいな感じになるはずです。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

公爵令嬢ルナベルはもう一度人生をやり直す

金峯蓮華
恋愛
卒業パーティーで婚約破棄され、国外追放された公爵令嬢ルナベルは、国外に向かう途中に破落戸達に汚されそうになり、自害した。 今度生まれ変わったら、普通に恋をし、普通に結婚して幸せになりたい。 死の間際にそう臨んだが、気がついたら7歳の自分だった。 しかも、すでに王太子とは婚約済。 どうにかして王太子から逃げたい。王太子から逃げるために奮闘努力するルナベルの前に現れたのは……。 ルナベルはのぞみどおり普通に恋をし、普通に結婚して幸せになることができるのか? 作者の脳内妄想の世界が舞台のお話です。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

処理中です...