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フェリアル・エーデルス
378.唯一と一番
しおりを挟む「レオ!」
アランから教えてもらった場所に行くと、そこには確かにレオがいた。
陛下とお茶会をした時の所とはまた別の小さな庭園。皇太子宮の回廊に囲まれるようにして、その小さな庭園はあった。そして、その真ん中に位置するガゼボに人影が二人分。
月白色の髪が靡いていることを視認して駆け寄る。僕の声に反応するように、彼がぴくっと肩を揺らして振り返った。
「……フェリ?」
翠色の瞳が大きく見開かれる。咄嗟に立ち上がった彼は、手に持っていた何か……新聞だろうか、新聞を慌てた様子で傍の護衛に渡して素知らぬ顔を浮かべた。
それに眉を寄せながら足を進める。困惑を隠してにこりと微笑み「こんな場所までどうして」と言葉を紡ぎかけた彼……レオ。そんなレオを無視して通り過ぎ、黒いフェイスベールの彼の前に立って手を差し出した。
「それ、僕にも見せて」
「なっ……!フェリ!?ちょっと待っ……」
背後から伸びてくる腕をひょひょいっと躱し、もう一度「ん」と手を差し出す。レオの護衛騎士であるギデオンは、ほんの一瞬悩むような表情を見せてサッとそれを手渡してきた。
主が制止の声を上げても躊躇すらしない。相変わらずのギデオンにちょっぴり苦笑を浮かべつつ、受け取った新聞をひらりと広げる。貴族のスクープが載っているらしいその新聞、見出しに大きく書かれていたのは僕とライネスの名前だった。
大袈裟に記された文章には、僕とライネスのねつ、ねつ、熱愛報道的なことが事細かに書かれている。ハグと愛の告白から始まり、キスから云々かんぬん。
むっ、こんなにえっちなことをした覚えはないでござる……。
「フェ、フェリ……?一体どうしてここに……と言うか、ここへはどうやって……?」
もはや困惑を隠すことなく問いを投げかけるレオ。確かに、自分の許可が無ければ原則誰も入れない筈の宮に僕が入り込んできたのだ。困惑するのも無理はない。
数秒じーっと新聞を見つめていた視線をレオに移す。手持ち無沙汰な新聞をギデオンに返してレオに体ごと向き直り、なんでもないみたいにニコッと答えた。
「アランからお手紙がきたの。最近レオが元気ないから、一緒に遊んであげてほしいって」
翠色の瞳が瞬き、レオがぽつりと「アランが、私の心配を……?」と何やら驚いた様子で呟く。
ちょっぴり嘘を吐いたから心苦しいけれど、アランがレオの心配をしていたことに変わりは無いから構わず頷いた。嘘は吐いてない。うむ。
呆然とするレオの横を通り過ぎて、ガゼボの椅子におもむろにすとんと座る。向かいに誘導するとレオは素直にそこに座って、まだ困惑の抜けきらない様子で眉を下げた。
その姿を見てちょっぴり押し黙る。ここへ来る直前、アランに言われたことを思い出してスッと深呼吸をした。大丈夫。僕はできる子。
「……レ、レオは……その、あの……」
もごもごと喋り始める僕にも苛立った様子ひとつ見せない。
僕があわあわとした態度を取るからか、レオは逆に冷静さを取り戻したらしい。揺れていた瞳も、今は真っ直ぐ前を見据えて僕の姿を捉えている。
あわあわと彷徨わせた視線がふと、レオの斜め後ろに立つギデオンの手元へ向いた。わざとらしく表を向いている記事の見出しは、ついさっき読んだばかりのちょっぴり盛られた熱愛報道。
僕の視線の先にあるものに気が付いたのか、レオは不意にハッと息を呑んで、かと思うと小さく微笑んだ。
「知っていましたよ。あの日言ったでしょう?フェリに想われている相手が羨ましいって」
知っていた、というのはきっと、僕とライネスの少し変化した関係のことだ。あの日は、僕がレオの気持ちと向き合った日。その言葉も、ちゃんとよく覚えている。
ぐらぐらと視線を揺らす。さっきと立場が逆転したみたいな状況で、レオは淡い微笑みを崩さずほんの少しだけ目を伏せた。
「……やっぱり公子なのですね。以前から……フェリは公子の人格に惹かれていたようですし」
レオは周りをよく見ている。だからその人以上にその人のことを理解出来るのかな。僕の気持ちも、僕が完全に自覚する以前から何となく察していた。
……いや、周りじゃなくて、僕だから?僕だから、レオはとっても詳しくて……なんて、それはちょっぴり自信過剰がすぎるだろうか。
レオの声音には悲痛の色も、寂しそうな色も含まれていない。それがほんの少しだけ予想外だった。その声音を聞くことを覚悟していたからこそ。
拍子抜けするくらい、いつも通り。そんなレオの姿にぱちくり瞬く。レオは僕の真ん丸の目を見て軽く吹き出した。
「ふふっ。私が失恋に絶望して首を吊るとでも思っていましたか?」
「そっ、そこまでは……でも、うぅむ……」
「まぁ、以前の私なら吊っていたかもしれませんね。衝動的に」
「むっ!?」
前世のレオのヤンデレ具合を知っている身からすると完全には否定できない……なんて答えに困っていた時に軽く言われた言葉に唖然。そんな怖いことをサラッと笑顔で言うなんて。
あわわと蒼白する僕にレオはやっぱり微笑んで、柔らかい表情のまま淡々と語る。
「……私にも、まだよく分からないのです。ただ……想定と少し違いました。どうしてかあまりショックではなくて……」
瞳も表情も真っ直ぐ。見栄を張っているようにも、嘘を吐いているようにも見えない。
これはレオの本心だ。確信すると更に体が強張って、姿勢を正しながらレオの声音に耳を傾ける。
「初めて、公子の気持ちが理解出来た気がします。どうして私が、彼より先にフェリと出会っていながら後れを取ったのか……それも、何となく」
ふと気づくと、レオの斜め後ろに立っていたはずのギデオンがいなくなっていた。
ずっと視界に映っていたはずなのに気が付かなかったなんて。いつの間にと思いつつも、あのギデオンだからそういうこともあるかとあっさり納得。すごく珍しいことだ。ギデオンなりの配慮なのだろうか。
傾げた首を元に戻す。その時ちょうどレオがぽつりと呟いた。
「……公子はフェリの唯一になりたくて、私はただ、フェリの一番になりたかっただけだったのですね」
唯一と一番。同じようで違うその言葉が、思ったよりも強く胸に刺さった。
「私は、フェリの一番なら何でも良かった……分かりやすい、目に見える一番が恋愛だっただけで選んで……その半端な気持ちが、フェリには見透かされていたのでしょうね」
「……」
「公子は一貫していたから……だからでしょう。悟ったら己が不甲斐なくて、悔しさなんて全て吹っ切れてしまいましたよ」
そう言うと、レオは丸テーブルに置かれたカップをおもむろに手に取った。
大きく揺れる紅茶の水面を見下ろし、一気にぐいっと飲み干す姿。常に優雅で繊細な仕草をするレオにしては珍しくて、けれど不思議と、そんな姿に違和感は抱かない。
「公子でよかった。血迷って私の手を取らないでくれてありがとうございます、フェリ」
浮かんだ笑顔は仮面じゃない、子供みたいな屈託ないものだった。
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