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フェリアル・エーデルス

336.ネコミミぼうしともこもこ手袋

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 やってきた城下町には、パパが心配していた通り肌に刺すような冷たい風が吹いていた。
 帝都の方はあったかいくらいの気温なのに、北部は本当に年中涼しいらしい。とは言え寒いと思っているのは僕のように暖かい場所から来た人ばかりみたいで、街を歩くヴィアス領の住民は皆薄着で涼しそうな表情をしていた。
 ケープを着込んで完全防備の僕はむしろ目立っているような気もする。少し恥ずかしいけれど、これでケープを脱いで風邪でも引いてしまったらパパがどんな反応をするか……想像した途端ぶるっと震えて、ケープをぎゅっと抱き込んだ。


「フェリアル様。大丈夫ですか?寒くないですか?」

「大丈夫。平気だよ」

「ですが……ふくふくほっぺが真っ赤っかですよ……?」


 心配そうに顔を覗き込んでくるシモン。僕とは違い涼し気な顔をしたシモンが、真っ赤なほっぺを両手で包んでぽかぽかとあっためてくれた。
 ほっぺの赤色がほんの少しマシになると、今度は冷たい両手をぎゅっと包まれる。僕の体が人より冷え性気味であることを思い出したのか、シモンはぐっと眉を下げて何やら考え込むような仕草を見せた。

 ぽかぽかの手をカイロ代わりにほっぺに当てたり首元に当てたり。しばらくそうしていると、シモンが不意に何か思いついたようにバッと立ち上がった。


「手袋、買いに行きましょうか!」

「む……?」


 突然なにごと、と首を傾げる。シモンにぎゅっと手を繋がれ、それを反射的に握り返した。
 スタスタと歩き出すシモンにきょとんとしながらも大人しくついていく。何処に行くのかなーっとそわそわする僕を振り返り、シモンがにこっと笑って言った。


「フェリアル様のちっちゃなおててが凍ってしまってはいけませんからね。もこもこの手袋をつけてあっためましょう」

「もこもこ手袋……!」


 もこもこに反応して瞳をキラキラ。表情もキラキラ。両手を常にクマくんみたいなもふもふに包まれるなんて……想像しただけでわくわくどきどきだ。
 もこもこ手袋ゲットする!と息巻く僕を、シモンが何やらほのぼのした目で見下ろしうんうんと頷いた。



 * * *



「もこもこ、もこもこ……!」


 シモンに手を引かれて訪れたのはヴィアス領で人気の服飾雑貨のお店。
 入った瞬間視界に広がったもこもこマフラーや手袋たちを見てはわわっと息を呑む。これぞ求めていたもこもこたち……!

 わーっ!と駆け込んで真っ先に手袋が置かれた場所へ。皮生地だったり毛糸生地だったり色々あるみたい。注意書きによるともこもこの手袋はぽかぽかメインで、雪遊びには向かないらしい。
 手が冷えないようにする為の手袋がほしいから気にせずもこもこ手袋を物色。なるほどなるほど……もこもこと言っても色々な種類のもこもこがあるのか。もこもこ。


「フェリアル様、フェリアル様っ」


 不意にシモンの声が聞こえて振り返る。そこには何やら瞳を輝かせてニットの帽子を持つシモンの姿が。きょとんとする僕に持っていた帽子を掲げると、シモンはそわそわと頬を紅潮させながら頭を下げた。


「ほんの一瞬で良いんです!どうか!どうかこの帽子を被っていただけませんかっ!」


 そんなにそわそわしてどうしたのだろう。帽子を被るくらい簡単に出来るのに……とシモンが手にしていたそれを受け取ってぴたっと硬直した。
 その帽子はただの帽子ではなかった。頭の部分に三角の突起が……そう、猫耳がついたニット帽だったのだ。うーむ確かにこれは被るのはかなり勇気がいるみゃー。

 帽子を持ったまま数秒硬直。シモンの必死のお願いを見ていると何だか拒否するのも申し訳なくなって、帽子をそっと被ってあげた。
 頭を下げて俯くシモンの肩を「シモン、シモン」ととんとん叩く。シモンは恐る恐る顔を上げると、猫耳ニット帽を被った僕を見て大きく目を見開いた。


「にゃー」

「グハァッッ!!」


 照れ隠しで猫ちゃんの真似をしてみると、シモンがとどめを刺されたみたいな迫真の声を上げてご臨終してしまった。ばたんきゅー……。

 すぐに猫耳ニット帽を外してシモンを蘇生する。ゆらゆらーっと大袈裟に揺らすのがコツだ。こうするとシモンは直ぐにハッと飛び起きてくれる。
 案の定ゆらゆらーっを開始して数秒後に「ハッ!」と飛び起きたシモン。ニット帽を外した僕に視線を向けるなり、何やらしょぼんとした顔で眉を下げた。どうしたのだろう、何か気に入らないことでもあったのかな。


「シモン、大丈夫?ぐはーって倒れた」

「大丈夫ですよ。想定外の破壊力に脳が爆発しちゃっただけですから」


 脳が爆発……?と一瞬困惑したけれど、シモンのにこやかな笑顔に流されてそっかと頷いてしまった。脳が爆発した直後とは思えないほどの冷静っぷりだ。
 シモンはぱちくりと瞬く僕の手から帽子を取ると、スッと流れるような動作で立ち上がりそれを店員さんに渡した。その様子にむっ!?と反応するより先にシモンがサラーッと他の帽子も指さして店員さんに指示をし始める。


「これと……それから、ウサ耳とクマ耳のニット帽も一緒にお願いします。あと、耳付きフードのケープとマントも全種二着ずつ」


 かしこまりました!と両手をもみもみしながら満面の笑顔を浮かべる店員さん。たくさん買ってくれるお客を目の前に明らかに興奮しているご様子だ。
 ここで買わない要らないと騒ぎ立てるのは店員さんに申し訳ない。きっとあの満面の笑顔がしょんぼりしたものになってしまうだろうな……と想像するだけで胸が痛んで口にすることは到底出来なかった。


「し、しもん……」


 おちお、おちついて……とがくがく震えながらシモンの服の裾を力無く引っ張る。
 きょとんと振り返ったシモンがニコッと親指をぐーするのをわなわな震えながら見つめた。そんな屈託ない笑顔を向けられたら何も言えないじゃないか……しょぼぼん。

 仕方なくシモンからそっと目を逸らし、もこもこ手袋の物色を再開することに。
 こっちはもこもこ、こっちはもふもふ、こっちはふわふわ……うーむ、良さげなものがたくさんあって決められない……。
 とは言えシモンのように気になったものを全て購入!というわけにはいかない。しっかり選んで一つだけ買うのだ、そしてそれをボロボロになるまで大事に使いたい。
 そう思いたくさんの手袋を確かめていると、やがて手に持ったある手袋にビビッと脳内センサーが反応した。


「む、むむっ……!?」


 触れた瞬間もふっとした極上の感触が指先を包み込む。
 こっ、これだ!と一目惚れした手袋を持ってシモンの元へ直行。耳なしクマ柄の帽子を見てうーんと悩みこんでいたシモンに声を掛けると、緑の瞳がぱちくりきょとんと向けられた。


「あっ、もこもこ手袋決まりましたか?」

「うむ!これ!これにする!」


 茶色のもこもこ手袋。手触りは極上で、まるでクマくんにむぎゅーっと抱き着いているかのような感触を楽しめる至高の手袋だ。
 わくわくと掲げた手袋をシモンが回収し、一切迷う様子もなく店員へ手渡す。これで目標達成、もこもこ手袋は手に入れたことだし、そろそろさらば……とお店を出ようとした僕の手をシモンが不思議そうにガシッと掴んで引き留めた。なにごと?

 む……?と振り返って首を傾げる。シモンはぱちくり瞬くと当然のようにとんでもな事を語り出した。


「どこに行くんです?手袋も決まったことですし、今度は帽子とマフラーとコートを選ばないと」

「へ……で、でも、さっきシモン、帽子とかマフラーとかたくさん買ってた……」

「何言ってるんですか?まだ二十個くらいしか買ってませんよ?」


 二十個くらいしか。その言葉に嫌な予感がふつふつと湧き上がり慌てて踵を返した。
 出口に向かおうとした僕をシモンがひょひょいっと抱き上げる。そのままにこやかに中へ戻ったシモンの「あと十個ずつくらいは買っておきましょうねー」という言葉に、諦めてはわわ……と項垂れた。

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