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【聖者の薔薇園-終幕】
284.暗殺者の恨み
しおりを挟むふかふかの何かに包まりぬくぬく。
ぱたっと足やら腕やらを動かしてもふかふかの範囲が途切れることがない。楽しくなってくるくるーっと横に転がってみると、突然ふかふかの終わりに辿り着いてぽてっと体が落っこちた。
崖から落ちるみたいな感覚に「むにゃっ!」と意識が覚醒する。
崖じゃなく広いベッドから落ちたのだと気付いた瞬間。突然何処からか伸びてきた腕が床に落ちる寸前のところでぽすっと僕の体を受け止めた。
「……阿保。ベッドで転がる馬鹿が居るか」
寝相が悪いにも程がある、と呆れ混じりの声。
ぱちくり、と瞬いて顔を上げる。同時にむにゅーっとほっぺを伸ばされてしまった。呑気にベッドで転がって落ちかけて怪我をしそうになった罰らしい。ほっぺむにゅむにゅの刑だ。
膝の上に乗せられローズにむにゅむにゅーっと大人しく罰を受ける。
やがていつの間にか履かされていたズボンにきょとんと首を傾げた直後、むにゅむにゅの刑を終えたローズに不意にむぎゅっと抱き締められた。
片腕だけだから物足りなさはあるけれど、それでも簡単には抜け出せないくらいの強い抱擁。
「ローズ……?」
「……お前が寝ている間に、変化魔法と変装の有無を確認した。異常は何も見当たらなかった」
その言葉に目を見開く。
なぬっ……色々と体を調べられただろうに、ぐーすかすぴーで一度も目覚めなかったというのか、僕は……。
自分の警戒心の無さにしょぼぼんとしていると、ローズが更に抱擁を強めて溜め息を吐いた。
ローズマダー色の瞳にじっと見つめられぴしっと固まる。小さく零された低音は、いつもよりほんの少しだけ震えているように聞こえた。
「……お前はフェリアルだ」
確かめるように紡がれる言葉。
抱き締める腕が何処となく震えていたから、ぱちくりと瞬いて此方側からもむぎゅっと抱き締め返した。
「……ずっと探していた。ずっとだ」
噛み締めるような言葉が胸を締め付ける。二年でこんなにも感情豊かに変わったのか、と不意にそんなことを思った。
僕からすると一日足らずで帰ってきた実感しかない。
けれどよく考えれば、ローズ達からすると二年越しに行方不明の知り合いが突然帰ってきた状況なのだ。混乱も困惑もするし、疑心も抱いて当然。
もしローズが二年間行方不明になったとして、ある日突然姿を現したら?僕だって疑ってしまうし、存在が確実になった後はこうしてぎゅっと抱き締めてその温もりを確かめるだろう。
「ローズ、ぎゅー」
両腕を広げてむぎゅーっと抱き着く。片腕が動かないローズの代わりに、左腕の分まで強く抱き締めた。
その時ふとハッとして、体をぱっと離してローズの左腕を持ち上げる。鎖のような紋様が刻まれた手首を撫でて怪訝に首を傾げた。
「腕、どうして動かない?魔物の毒って……?」
抱えた左腕をぷらんぷらんと揺らす。力の失われた腕は抵抗することなく揺らした通りに動き、ぱっと離すとストンと落ちるように垂れてしまった。
麻痺というよりは、腕の力が全て抜き取られてしまったみたいだ。ちょっぴり不気味な雰囲気を醸し出す、この手首の紋様が何か関わっているのだろうか。
眉をへにゃりと下げて左腕を抱き締めると、ローズは右手でよしよしと頭をぽんぽんしてくれた。
「……問題ない。腕は二本ある。その内の一本が動かなくなっただけだ」
如何にも暗殺者っぽい発言をするローズに「むぅ」と頬を膨らませた。
腕一本でも失ってしまうなんて、そんなの悲しいに決まっている。ぷんすかとふくふくさせた頬は直ぐにぷしゅーと指先で潰されてしまった。
「魔物と戦ったの?いつ?とっても強い魔物だったの?」
「……まぁ、魔物と言って良い化け物だった。最終的には此方側が勝ったから当然俺の方が強いが」
なんと。最終的にはきちんと勝つことが出来たのか。
よきよきと思いながらも、決して良い結果で終わらなかったのだという事実にしょんぼりと肩を落とす。ローズの左腕に魔物の毒を残した顔も分からない敵に、ほんの少しだけ仄暗い感情を抱いてしまった。
魔物と言っていいバケモノ、ということは魔物というわけではないのだろうか。仮にそれが人だとしたら、魔物の毒で攻撃するなんて残忍な方法を思い付いてしまう思考が何だか恐ろしいと思った。
「……」
力は……力は使えないのかな。もし呪いを解くことの出来るあの力が残っているのだとしたら。
それを使えば、ローズの左腕を呪いから解放出来るかもしれない。二年もの間ローズを苦しめた呪いを、もしかしたら。
不意に浮かんだその思考。敏いローズは機敏に読み取ったのか、ぼーっとする僕の頬を突然むにゅっと摘まみ上げた。
「にゅう……?」
「……一応言うが、馬鹿な事は考えるな。解呪に魂の消費が含まれることは既に知っている。これ以上体に負担を掛けるつもりなら拘束して監禁するぞ」
「むっ……!?」
ちっこくないもの、ふすふす。なんて怒る姿は見せられなかった。
さらっとやばめなことを発したローズにぴたっと硬直。氷みたいに固まった僕を見下ろしたローズは、薔薇色の瞳をスッと細めて低く呟いた。
「……勝手に感情なんて面倒なものを教え込んでおいて逃げるなど許さない。次に消えたら地の果てまで追って捕らえて鳥籠の中に閉じ込めてやる」
「はぇ……?」
「……責任はしっかり果たさないとな。フェリアル」
片腕だけでこの力。一瞬本気でがくぶるしてしまった。
無表情の中、ほんの微かに上がった口角から目が離せない。もしかしたら僕は、ローズの内側に眠るとんでもない感情を呼び覚ましてしまったのかもしれない、なんて。
そんなことをぼんやり思った直後、不意にローズがぴくりと耳を揺らして扉の方を振り返った。
「……漸く来たか」
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