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【聖者の薔薇園-開幕】

269.ねむねむすっぽんぽん

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「む…だれですか」


 初対面で親しげに話しかけてくるなんて怪しい…とジト目をしてからハッとした。
 よく考えたら公然と全裸になって走り回っている僕の方が怪しいんじゃなかろうか。なかろうかというか、絶対そうだ。被害者は僕じゃなくて彼の方だ。
 悟った瞬間あわわっと頬が赤く染まる。全然怪しいものじゃないんです!と両手をふりふりして訴えた。


「ぼっ、ぼく怪しい人じゃない!お洋服ないのはアレなの!ふかこーりょくなの!」


 とりあえず両手でお股を隠す。流石にここをぷらんぷらーんさせておくのは完全に不審者なので駄目だ。しっかり隠しておかないと。
 ぐぬぬっと隠すべきところを隠して必死の弁明。むしろ更に怪しくなってしまった気もしたけれど、当の青年は「んー?」と不思議そうに首を傾げただけで特に引いた様子は無い。

 弁明を信じてくれたのかな、とほっと息を吐く。けれど青年が語った一言を聞いた瞬間、ぴしっと硬直してしまった。


「なにが怪しいのー?それとっても涼しそうでいいねー。せっかくだしぼくも脱いじゃおっかなー」

「……はぇ?」


 持っていた枕と漫画をぽーんと放ってこれまたすっぽんぽーんと服をぬぎぬぎし始める青年。
 唖然とする僕には気が付いていないのか、青年は至って普通のテンションで全裸になりぷはーっと伸びをした。

 明るい陽射しに晒される肉体美にあわわっと目を見開く。眠そうだしちょっぴり猫背だしで服を着ている状態だと分からなかったけれど、中身はとっても筋肉質なムキムキ細身まっちょさんだった。
 何だか恥ずかしくなって片手で小股、もう片方の手で顔をぱっと隠す。隠すけれど、綺麗な筋肉が気になって指の隙間からちょっぴりチラ見してしまった。


「んーやっぱり服とか邪魔だよねー。でも最近は服を着るのがりゅーこーみたいだからなー」


 どんな服とかじゃなく、服を着るか着ないかの流行があるのか。
 この人が住んでいる国はどんな文化をしているんだとびっくらこいて、すぐにはて?と首を傾げた。服の話で完全に脱線していたけれど、そういえばこの人は誰なのだろう。
 どうしてマーテルと僕しかいないはずのこの場所に?この人も封印された悪い人なのかな、と考えていると、眠そうな彼が「んー?」と瞬いた。

 覚束ない足取りでふらふらぁっと近付いてきたかと思うと、突然僕の体を軽々と抱き上げた。驚いて「ぴゃっ!?」と声を上げるけれど、彼は特に何も気にしていない様子でこれまたふらふらぁっとガゼボを出る。
 絵面的には全裸で抱き合う初対面の少年と青年…うーむかなりとってもまずいのではなかろうか。


「はわっ、あ、あの…っ」

「よーしよし。無事に保護できたから戻ろー」

「あのあのっ、まっ、まって!」


 耳元で叫んでようやく彼が動きを止めた。うるさくしてごめんねと思いつつムッとほっぺも膨らんでしまう。マイペースな人すぎて意思疎通が難しい…。

「なーに?」と目を丸くする彼。服のこととかは何やら価値観や常識が違うみたいだから、たぶん聞いても欲しい答えは返ってこないだろう。
 そう判断して、とりあえず一番気になっていることを聞いてみることにした。と言っても、さっきから聞いていることなのだけれど。


「ぼ…僕はフェリアル…あなたは誰、ですか…?」


 自己紹介だけしよう。何も知らずにとりあえず連れ去られるというのは怖いから。
 そう思いがくぶるしながら問うと、彼は意外とあっさり問いに答えてくれた。


「ぼく?ぼくはねー、うーん。別になんでもいいよー?」

「……む?」

「こだわりとかないからー、別になんでもいいよー?」


 だ、だめだ…自己紹介ですら話が通じない…。
 名前を聞いているのに「なんでもいいよー」が返ってくるなんて。名前なのだから何でもよくはないだろう、と眉を下げて困惑顔を浮かべてしまった。
 服を着ないのが主流な国に住んでいるだけあって、まさか名前もあってもなくても良し!みたいな文化なのだろうか。そんなことあるかね。

 まぁそれなら仕方ない。けれど名前がないのは色々と困るから、とりあえずの呼び名だけ聞き出さないと。


「うぅん…それじゃあ、なんて呼べばいいですか?」


 聞き方を変えてもう一度。これなら答えられるはず、とうむうむ頷いて答えを待つと、返ってきたのはやっぱりと言うべきか、ふにゃふにゃぁっとした適当な回答だった。


「なんでもいいよー。あっ、でもでもーアベルとマーテルはなしねー。キモいからー」

「う、うむ…?」


 マーテルを知っている…?なんだかマーテルのことを嫌っていそうだけれど、彼は本当に何者なのだろう。更に不思議が増えて深まる結果になりしょんぼりした。
 名前を聞き出せば少しは彼のことが分かると思ったのに、質問するたび彼の謎が深まってしまう。一体どうしたものか…。

 とにかく、とりあえずは目先の問題を片付けないと。
 何を聞いてもなんでもいいよーしか返ってこなさそうなので、もう諦めて僕が勝手に呼び名をつけてしまうことにする。
 クマくんとウサくんの時から名付けのセンスがうんたらかんたらーっと言われてきたので、彼にはあまり期待しないで待っていてほしい。


「うーむ…うむ…むっ、ぴこーん!」

「おー決まったー?」


 視界の端に見えた枕を見てぴこーんした。わくわく顔の彼にこくこく頷き、こほんっと咳ばらいを一つしてからふふんと胸を張る。とっても素晴らしい名前を思い付いてしまった。これなら彼も喜びこと間違いなしだ。
 なんてふすふす思いながら、数秒の焦らしを入れてどどんっと発表した。


「ねむくん!」

「ネム?」

「うん。ぐーすかすぴーの、ねむくん!」


 どどどやぁっと答えると、ねむくんはぽかーんと目を丸くして固まった。
 あれ、気に入らなかったかな…としょぼぼん肩を落とすと、ねむくんがハッとしたように我に返る。僕を抱えたままうふふあははーっとくるくる回り、嬉しそうにわーいと高い高いをしてきた。


「ネムくんいいねーかわいーねー」

「えへへ」


 褒められたことが嬉しくて、高い高いをされながらわーいわーい!と万歳する。
 今の自分が全裸の怪しい不審者だったことを思い出したのは、それから数分後のことだった。
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