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【聖者の薔薇園-開幕】

268.再会と

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「はぁ…はぁ…」


 花畑の中を走り回って数十分…体感ではもっと経っているが、実際はどうか分からない。
 切れた呼吸を整える為に立ち止まり、花の中に紛れるようにぽふっと倒れ込んだ。心なしか花々が僕を心配したように揺れて、頬をさらりと撫でたり花びらを震わせたりした。
 人間味のある花の動きに思わず笑みが零れる。ふわっと優しく撫でてあげると、花はやっぱり嬉しそうにぶんぶん揺れた。


「心配してくれてありがとう。僕は大丈夫だよ」


 あんまり大丈夫じゃないけれど…という本心はぐっと心の中にしまう。ただでさえ繊細なお花に心配を掛けさせるわけにはいかない。

 やっぱりシモンは死んでいないのかな。僕だけ死んで、シモンはまだ生きているのかな。これだけ探しても見つからないのだからきっとそうだろうと疑念が確信に近付いていく。
 きっと誓約は効果を発揮しなかったのだろう。シモンは死ぬことなく、生き延びた。喜ぶべきことなのに…喜びよりも寂しさが勝ってしまう自分に嫌悪が湧いてしまう。


「……ずっとこのままなのかなぁ」


 よっこらせと仰向けになって青空を見上げる。
 綺麗なところではあるけれど、永遠にこの場所にいたいわけでもない。大切な人たちが誰一人としていない天国で永遠に過ごすくらいなら、早く魂が消滅してしまった方がずっといい。
 なんてぼーっと考えて、不意にはっとした。

 そういえば、どうして僕はまだ僕という存在の意識を保っているのだろう。あの時僕は確かに魂を使い果たしたから、とっくに消滅していないとおかしいのに。
 マーテルを封印するとか言っていたから、もしかすると僕もそれに巻き込まれてしまったのかもしれない。ふと思い浮かんだ仮説はそのくらいだ。

 …む?まてよ…となると僕はマーテルと一緒に封印されたことになるから…。


「はっ!!」


 衝撃の可能性に気が付いてしまった名探偵フェリアル。ビビッと浮かんだそれを確かめるべく、ごろりーんと寝転がっていた体をしゅばっと起こした。
 お花がびっくりしたように仰け反る様子に「ごめんね」と慌てて謝る。気持ちよさそうに日向ぼっこしていたところ本当にごめんよと頭を下げつつ辺りをきょろきょろ。

 ぐぬぬ…と精一杯目を凝らしてようやく見つけた。
 薄眼でやっと影の輪郭が見えるくらいのそれは、花畑の中に不自然に置かれた純白のガゼボの中で静かに横たわっている。

 寝転がって休んだことで回復した体力を使い全力で花畑を走り抜け、またもやはぁはぁと息を切らしながら目的の場所へ。
 辿り着いたガゼボにそろりと入り、真ん中に置かれた長方形の台座の上を覗き込む。綺麗な虹色の瞳は今は閉ざされていて、苛烈な嫉妬の色を見ることもなかった。


「マーテル…」


 純白の台座に眠る因縁の相手。まるで棺桶に納められた死人のように生気のない姿。思わず手を伸ばしかけてハッとした。

 危ない。ついさっきまで命を賭けて戦っていた相手だ。下手に触れて起こしてしまったら大変なことになる。もう死んだ身だから、命を狙われるなんてことはないだろうけれど。
 マーテルを見下ろしつつうーんと悩む。とは言え何もしないのもそれはそれで嫌だ。今のところ、ここから抜け出す手がかりはマーテルしかいないから。
 永遠に花畑の中でマーテルからの接触に怯えながら過ごす。そんなのは御免だ。それならどんな事が起こったとしても、今の内に全てを終わらせた方がいい。

 何より…と自分の体を見下ろす。
 こんな状況だから気にしないようにしていたけれど、やっぱり気になる。寒さも何も感じていなかったからまぁいいかなんて思っていたけどそろそろ限界だ。


「すっぽんぽん…」


 この場所に普通に人がいたら即行で捕まっているに違いない今の恰好。
 着ていたはずの服は全て消え去り、なんだかとっても開放的な今の姿にしょんぼり肩を落とした。

 花畑の中で永遠に過ごすのは勿論嫌だけれど、何より永遠にすっぽんぽんというのが一番辛い。現実逃避に一人かけっこをしたところで、自分の体を視界に居れた瞬間に虚無になってしまうに違いない。これはだめだ、せめて服くらいはほしい。

 というわけで、それらの問題を解決する為にはマーテルを起こすしかないのだ。
 マーテルは神様だから服の一着くらいすぐに用意出来そうだし、何より現状を詳しく把握できるのは僕ではなくマーテルの方。この状況を打破するにはマーテルを起こしてしまうのが手っ取り早い。


「うむ。やるしかない」


 正直マーテルとはもう二度と関わりたくないけれど、そうも言っていられないので腹を括る。
 そう思いすっと手を伸ばしてマーテルに触れようとした瞬間、不意に背後から声が聞こえてビクッと硬直した。


「あーいたいたー。やーっと見つけたー」


 間延びした声。何だか気が抜けてしまいそうなその声を聞いて数秒。やがて硬直していた体をゆっくり解いて、ぎぎぎっと振り返る。
 そこにいたのは眠そうな目をした一人の青年。何やらもこもこの枕と漫画を持ったその青年は、覚束ない足取りでゆらゆらと近寄ってきた。

 ぬっと手を差し伸べられて困惑する。一体この人は誰なのだろう。
 酷く冷めた目でマーテルを一瞥した彼は、ふにゃあと柔く頬を緩めて僕を手招いた。


「そんなやつの近くにいたら穢れちゃうよー。こっちにおいでおいでー」


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