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【聖者の薔薇園-開幕】
228.彼らの動き(レナード・ディランside)
しおりを挟む「皇太子殿下。どうか賢明なご判断を」
恭しく首を垂れる聖騎士達。態度は一歩引いているように見えるが、実際は拒否権など認めないと言わんばかりの横暴さだ。
今ここで私が拒否しても、全ての非を負うのは私の方。神殿側には一切のデメリットが生じない。私は悪魔に唆された愚かな皇太子として再び号外の一面に乗り、あの子への誹謗は更に強くなるだろう。
突然皇宮に押しかけた聖騎士達。邪神に呪われてる可能性が高い皇太子を神殿で浄化してやると、あくまで上からの態度を崩さない。
神殿での浄化とは、十中八九聖者による魅了を行うという意味だろう。彼らは魅了にかかっていない人間を全て『邪神の呪いを受けた者』として見ているらしい。全く愚かで迷惑なことだ。
「殿下。拒否すればフェリアル様が」
「分かっています。ただ、最悪の結果だけは避けなくては」
背後から耳打ちしてくるギデオンに低く返す。快楽にしか興味の無いこの男だが、一応フェリのことを心配するだけの情は持ち合わせているらしい。
微かに感じた人間味に少し驚いた。長い付き合いとはいえ、ギデオンが人間の心配をするなど。驚愕の色を隠しながら答えると、ギデオンは無表情で小さく頷きながら語った。
「フェリアル様以上のショタを私は未だに見た事がありません。あの方に万が一があれば、最高級のサイドディッシュを失う事になってしまいます」
「……」
一瞬でも見直した私が馬鹿だった。ギデオンが快楽に通じるもの以外に興味を持つはずがないと、誰よりも私が一番分かっていたはずなのに。
純粋無垢なあの子の影響を少なからず受けているのか、少しめでたい思考回路に変化してしまっているらしい。皇太子としての思考を取り戻さなければ。
「殿下。私からも賢明なご判断を望みます。どうか私にあの方の精通を見届けさせて頂きたい」
「ギデオン。君は一体どちらの味方なのですか」
「勿論殿下の味方です。私ほど忠義を尽くす人間はそう居ないかと」
確かに、ギデオンほど契約を忠実に果たす人間はいないだろう。ある意味目で見えない信頼で結ばれた関係よりも絶対的な関係だ。
こちらが契約内容を果たしさえすれば、ギデオンが裏切る可能性は万に一つも無い。何故ならこの男の一番は平穏でも命でもなく、快楽ただ一つのみだからだ。
性的な快楽を保証し続ければ、ギデオンは永遠に忠義を尽くす。長い付き合いで、それだけは確かだと断言出来る。よく分からない男の、唯一確実と言える事実。
「……命令せずとも、己の役割を果たせますね?」
聖騎士達の元に歩む直前、ギデオンとすれ違いざま小さく問う。
返ってきたのはやはり真意の読めない無表情と、何処までも自信に満ちた肯定の返事だけだった。
* * *
フェリが神殿に連行された。
焦燥を顕に引き留める俺達を振り返り、フェリはただ一言『行ってくるね』と告げた。全ての覚悟を滲ませたような、輝く瑠璃色の瞳がいつもよりも明確に印象に残った。
その覚悟が何を意味するのか、流石に分からないとは言えない。フェリはもう覚悟を決めたのだ。どんな結末になろうと、起こった全てを受け止めるのだという覚悟を。
「シモン!お前チビのとこに行けねぇのかよ!?」
「……フェリアル様の影に繋がりません。闇魔法を阻害しているのか…もしくは、誓約そのものを無効化する何らかの対策がされているようです」
ガイゼルが荒々しく壁を殴って「クソッ!!」と叫ぶ。拳の形をなぞるように崩れる壁を見て、修理はいつにするべきかとやけに冷静な考えが頭を過ぎった。
平静を装ってはいるものの、自覚している以上の混乱が脳内を支配しているらしい。眉間を抑えて息を吐き、一先ずの冷静さを取り戻しつつ声を上げた。
「……とにかく邸を出るぞ。これから神殿は神託を口実に、大々的に浄化活動を始めるだろう。俺達が真っ先に浄化対象になる筈だ」
「そうですね。今考え得る限りの最悪の展開は、ディラン様やガイゼル様が浄化を謳った神殿連中に魅了を掛けられてしまうことですから」
即座に肯定を述べたシモンに浅く頷く。
フェリが神殿の手に渡った今も冷静な思考を崩さないシモンは、これから奴らと対立する上で重要な戦力になり得るに違いない。もう一人の侍従…犬の方が果たして使えるのかどうかは不明瞭だが。
「ど、どうしましょうシモン様!!今すぐにでも姫の元に行きますか!?神殿をぶっ潰しにいきますか!?」
「神殿は潰しますがそれは後です。まずは此方側の態勢を整えなければ」
邸に籠る訳にはいかない。一先ず場所を変えるとして、相応しい場所と言えば。
大公家とは今は関わらない方が良いだろう。フェリに心底惚れ込んでいる公子は密かに動き始めているだろうが、表から堂々と関わる事は避けた方が良い。フェリを奪還する為に動いていれば、必然的に合流することになる筈。
となると、大公家の他にフェリの為に動く者は他に…。
思考を巡らせていると、不意にシモンが静かに声を上げた。
「魔塔に向かいませんか。あそこはリベラ信仰が激しい。愛し子のフェリアル様の為なら助力を惜しまない筈です」
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