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【聖者の薔薇園-開幕】

221.兄様とわんちゃんとみゃーちゃん

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 シロツメクサ事件が解決し、目的だったお花の水やりを始めて暫く。
 眠気に襲われたクマくんを連れてウサくんが邸に戻り、庭園に残ったのは僕とシモンとグリード、そして一早く帰ってきたミアの四人になった。

 ぽてぽてミアをむぎゅっとしたまま花壇を眺める。
 水やりはさっき終わったけれど、もう少しここにいよう。もしかしたら昼を待たずに兄様達が帰ってくるかもしれないから。
 そう思いながらじっと待っていると、不意にグリードが耳をピクッとさせて立ち上がった。

「グリード?」と声を掛けてみるけれど、当の本人は動きを止めたまま一方を向いてじっとしている。
 きょとんと首を傾げると、やがて振り返ったグリードがニカッと笑った。


「姫のお兄様達、そろそろ帰ってくるみたいですよ!」


 馬車の蹄の音が聞こえたと語るグリード。
 ハッと目を見開き「ほんと?」と駆け寄ってぴょんぴょん跳ねる……のをぐっと我慢してじっとした。
 グリードが笑顔で頷くのを見てぱぁっと表情が輝く。花壇の場所から離れて、正門が見える所までそそくさと駆け足で向かった。

 向かう途中、グリードの言う通り確かに蹄の音が聞こえてきて鼓動がドクドク高鳴る。垣根を隔てた向こう側、ちょうど正門を潜り抜けようとしている馬車を視界に入れて思わず声を上げた。


「兄様!」


 数秒後、馬車が玄関への到着を待たずにふと停車する。開けた通路に出てそわそわと立ち止まると、不意に馬車の扉が勢いよく開かれた。
 飛び出るように初めに降りたのは、騎士のようにがっしりとした体格で、紺青色の瞳を輝かせた彼。大好きな兄様のうちの一人。
 そしてそれに続くように、カーマインの瞳を細めた精悍な美丈夫が馬車から冷静に降りてきた。

「チビ!」と聞き慣れた呼び名が向けられ思わず走り出す。今まで学んできた貴族としての上品な言動なんて全部無視して、思いっきり駆け寄ってしまった。


「兄さまっ!」


 わっと両腕を広げて駆け寄ると、立派な騎士みたいに成長したガイゼル兄様も両腕を広げて膝をつく。
 またまた身長差が広がってしまったなぁ、なんてぼんやり思いながら、その腕の中にガバッと飛び込んだ。

 すかさずむぎゅーっと強く抱き締められ、ガイゼル兄様の大きな体躯に体がすっぽり収まってしまう。首筋にうりうりと顔を埋めると、懐かしい香りが鼻を擽って思わず視界が滲んだ。


「チビ!久々だなぁ!ちっこいままで安心したぜ」

「ちっこくありません。僕はすっかりお兄さんになりました!」

「……ん?なんだ流暢だな…バブチビはどこ行きやがったんだ?」

「ば、ばぶちびなんていないもんっ…!」


 再会早々失礼な!とほっぺを膨らませてふんすふんす。
 ガイゼル兄様は嬉しそうに二カッと笑って「いた。これだよバブチビ」とうりうりむぎゅーしてきた。だから、ばぶちびなんていないもん。ふんすふんす。

 ガイゼル兄様の胸をぽかぽかしつつほっぺぷくーっしていると、不意に抱擁からすぽっと持ち上げられてきょとんした。
 振り返った先には一見冷たい印象を受けるカーマインの瞳。けれどそれが本当は優しい色であることを、僕は誰よりも知っている。わっと両腕を広げると、瞳はすっと細められてむぎゅーっと抱き締められた。


「フェリ…やっと会えた…」

「ディラン兄様。おかえりなさい」

「あぁ。ただいま。俺のフェリ」


 頭のてっぺんに何度もちゅっちゅされてはわわーっとなる。何だかディラン兄様の甘々スキルが一層高まっている気がする…。
 これは学園でたくさんモテモテしただろうなぁと不意に思った。ディラン兄様の貴公子っぷりは見る人全てが感じるであろうものだから。

 おでこにちゅっ。ほっぺにちゅっ。ちゅーが好きなのかなと思いつつ、甘々ディラン兄様の口にむぐっと手を置いて制止。ちょっと落ち着こうでござる。
 しかしすぐに手のひらにちゅっと反撃される。あわわっと手を離すと無表情に柔く笑みが浮かび、ぐぬぬ…と染まった頬で眉を寄せた。
 一体何があってこんなに甘々兄様に…?


「フェリ愛してる。フェリ会いたかった。フェリ不足で死にそうだった。フェリコレクションが足りな…」

「おい落ち着け。チビ見ろ、お前のキモさに完全にビビっちまってるだろうが」


 こんなに好意を前面に曝け出す人だったかな…とぐるぐるぷしゅー。頭から湯気が出そうなくらいの混乱だ。甘い、甘すぎるでござる…。


「ん?何だ、なんか増えてんな」


 ぐるぐるする僕と甘々ディラン兄様から視線を外したガイゼル兄様が、少し離れた場所に立っていた侍従二人を見て不意に目を細めた。
 シモンが軽く礼をして、その隣に立っていたグリードがそわそわと姿勢を正す。ガイゼル兄様の視線が自分に向いていることに気が付いたのだろう。

 がちがちに緊張しているグリードが心配だったので助け舟を出すことに。ガイゼル兄様の裾をちょいちょいっと引っ張り、グリードにぐーを向けて紹介してあげた。


「侍従のグリードです。僕のわんちゃんです」

「その言い方だと色々誤解生じそうだが大丈夫か?そのまんまの解釈でいいのか?」


 困惑した面持ちのガイゼル兄様。あれ?何かおかしかったかなときょとんすると、ガイゼル兄様は全てを察したように浅く頷いた。どうやらしっかり理解してくれたようだ。よきよき。


「何?フェリは犬の方が好きだったのか。それなら使い魔も犬に変えよう」

「みゃっ!?ご主人様!ミアはこの十年ずーっと猫やってきましたみゃ!今更犬っころになるなんて嫌ですみゃ!」


 ふとディラン兄様が呟いた言葉にあわあわ首を横に振る。
 違うよディラン兄様。確かに犬は大好きだけれど、同じくらい猫も大好きなの。グリードは犬だから選んだんじゃなくて、グリードだから一緒にいるんだよ。ふすふす。

 慌ててディラン兄様にわしっと抱き着き、だめだめと首筋にうりうり攻撃。ミアがぽてぽてのしのし声を上げるのを横目に、ディラン兄様にしょぼぼんと意見した。


「ディラン兄様。僕はみゃーちゃんのミアが好きです。わんちゃんじゃなくても、みゃーちゃんなミアが大好きなんです」

「ッぐぅ…!!」


 だからわんちゃんにするなんて言わないで…と懇願すると、ディラン兄様は何故か低く呻いてばたっと倒れてしまった。ちーんしたディラン兄様をつんつんして首を傾げる。
 うーむ…なにごと…。

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