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【聖者の薔薇園-プロローグ】
209.逆鱗と侍従の本音
しおりを挟む僕がはわわーっと触れると危険なので、とりあえず能力の説明は実演出来る時にという話で落ち着いた。僕が考えなしに動いたせいで申し訳ない…むねん…。
さっきはちょっぴり危機感を無くしてしまっただけで、いつもはきちんと注意深く動けるんだよ、ほんとだよ。
「ところでお前、どうやって侍従試験受かったんです?ポンコツなのに」
「ポンコツ……」
ひどいいいようだ…とちょっぴりそわそわ。けれどグリードは全然悲しそうじゃないのできょとん。むしろなんだか嬉しそうだ。
シモンの絶対零度の視線をものともしないグリードが、実は!と壮大な話の初めみたいに切り出した。
「俺こう見えて貴族なんですよねー!姫のお母様のご実家、アマーシア家の分家の次男でして!あ、ほら!姫の名前の由来、フェリシアってうちの領地にも沢山咲いてるんですよ!」
「………む?」
「『実は”姫を守れ”って神託下されちゃいまして!』って言ってクロエ様から紹介状頂いたんです!別に嘘じゃないっしょ?リベラ様から神託下ったことはガチですし!」
「……むむ?」
「いやークロエ様…おっと公爵夫人でしたね!夫人に会った時はマジ腰抜かしそうになりましたよ!姫がまさかの遠戚だったなんて!ははっ!世界って意外と狭いですよね!」
クロエ様、というのはお母様のことだ。アマーシアはお母様の実家の家名。そしてグリードはその分家の次男で、僕の遠戚で…?
ぐるぐる。かなりとっても困惑している僕の横で、理解の早いシモンが「なるほど…」と呆れ顔で頷いた。どゆことどゆこと、とあわあわ顔を上げると、シモンがグリードの話を丁寧に説明してくれた。
「何処の国でも神託の影響力は強いんです。奥様の遠戚なら、全くの他人を選ぶより安心感がありますし、何より神託を下されたというのが一番大きな理由でしょうね」
「しんたく、強い?」
「えぇ、それはもう。マーテルが神託を下したというだけで帝国を支配した聖者…それを知っているフェリアル様なら、神託の影響力は痛いほど理解出来るのでは?」
ものすごく嫌そうな顔で語るシモン。その言葉でハッとした。
確かに神託の…というより、神に干渉されたという事実はこの世界においてはとても強い影響力になり得る。それは前世で嫌と言うほど突き付けられた事実だ。
帝国では邪神として伝わるリベラ様からの神託。それを伝えてしまえば逆に信頼を失ってしまう可能性もあるけれど、口が達者なグリードのことだからその辺りは上手く濁したのだろう。
理由は理解出来た。理解出来た…けれど、そこまで聞いて湧き上がったのは、感心とかそれだけじゃなくて。
……何だかもやもやが混じる、ほんのちょっぴりの嫌悪感。
「……グリード。お母さま、利用したの」
「え。え、あ、いやっ、そういう訳じゃないっすよ!!」
「でも。侍従になるために、お母さまにちかづいた。ちがう?」
「そっ、それは…!!」
僕を守りたい一心で動いてくれたこと。それは純粋に嬉しい。ありがとうって、お礼もきちんと言える。
けれど、そのために躊躇なく僕の大切な人を利用してしまうところ。そこはなんだか…なんというか。どうにも心がもやもやしてしまって、複雑な感情が支配する。嬉しいのに、嬉しくない…。
そうだ。そういえばグリードは、シモンのことも躊躇なく連れ去った。その前に体調が悪くなっていた原因って、もしかして…。
「グリード。シモンになにしたの。あのときシモン、具合わるそうだった」
「あの時…?あ、あぁ!!あの時ですね!いや違うんです!俺の能力は基本的に人に使うのじゃないんで、副作用がヤバくて、それでっ…──」
「そんなに危ないもの、シモンにつかったの」
いつもより低い声。ピリついた空気が漂って、和やかな場を壊してしまったことにほんの少し申し訳なさが募った。
けれどそれよりも湧き上がるのは、自分への不甲斐なさとグリードへの複雑な感情ばかり。
シモンの体調が悪くなった原因。それはグリードだったんだ。それなのに、僕は……。
「グリードが、僕をだいじに想ってくれてること、わかる。でも、そのために僕のだいじな人…きずつけるのは、だめなの」
「っ……ひめ……」
「……でも、それは僕もおなじ、だから……」
僕はたくさんの人に支えられている。兄様達やレオやライネス。それに…シモン。
『僕の味方』というだけで、とっても嬉しいのは本当。
味方がいない人生を繰り返して、ようやく味方を得られる人生を今歩んでいる。だから僕は少し、盲目的に味方を求めてしまっているところがある。
それをふと理解して…それは短所なのだと、気が沈む。
盲信は、危険なことだ。
もしもルルとか、ローズとか。そういう人たちがこの場にいたら、きっと怒られてしまうに違いない。それは聖者を手放しに崇めていた人と似たようなものだろうと。
それは…それは、魅了と何が違うのだろう。盲目的な信頼は、言い換えてしまえば魅了と同じで…。
僕と聖者は、表裏一体。僕の魂は、マーテルが万が一消滅した時、僕も一緒に消滅してしまうくらいには呪いで同化しつつある。
だから僕は絶対に、マーテルの裏でないと。僕はもっと、もっと。もっと自分を貫かないと。
マーテルと一緒になんて、なりたくない。
「グリードのこと、すき。でも、好きな人のために、好きな人の好きな人を傷つけちゃうところは、少し苦手」
「ぐッ!!」
「でも……僕も、反省してるの。ごめんなさいって、思ってる…シモンに」
ばたんっと倒れるグリードを背後に、スッとシモンに向き直って眉を下げる。とたとた駆け寄り、滲む視界を無視して頭を下げた。
「ごめんなさい…僕、じぶんのことばかり。シモン、痛いことされたのに……ぼく、なにも…っ」
ひくっと嗚咽を漏らしながら何とか言葉を紡ぐ。
今更後悔が湧き上がる。あの日、僕はシモンの心配を後回しにしてしまった。『僕の味方』であるグリードを受け入れて、シモンのことをほっぽってしまった。
思い返して、自分をぽかぽか叩きたい衝動に襲われる。グリードに痛いことをされたシモン。その事実をすぐに理解して、よしよしして、グリードにめっ!をしなければいけなかったのに。
「何言ってるんですか。フェリアル様が自分のことばかりになるって、凄く嬉しいことですよ。今まで散々、他人優先だったんですから……」
ぎゅーっと回る抱擁。それにむぎゅっと応えて、シモンの胸にうりうり顔を擦り付けた。
「それに!あの日のことは全て不可抗力です。あんな目にあった子供が気遣いなんて、そんなのしなくていいに決まってます」
「ふか、こーりょく……」
「そうです!逆にあの時フェリアル様が物凄く冷静だったら、寧ろそっちの方が心配でしたよ」
穏やかな笑みを浮かべるシモンにほっとする。余裕がなかったことでシモンのことまで後回しにしていたけれど、これからはきちんと周囲に目を配らないと。
反省…と項垂れてむぎゅむぎゅむぎゅ抱きつき、耳元でぽそりと問い掛けた。
「グリードと…なかよく、できる?」
背後でグリードの耳がピクリと動いたことには気付かなかった。例の超人的な聴力のことも。
シモンはぱちくりと瞬いて、数秒うーんと考え込む。やがて顔を上げると、爽やかににこにこっと笑って首を振った。
縦じゃなくて、横に。
「無理です。フェリアル様を危険に晒したような馬鹿とは仲良く出来ません」
ぐはっと辛そうな呻き声が背後から聞こえたけれど、今は構っていられないのでスルーする。ふむふむと頷いて、それならどうすべきか…と思案した。
するとシモンは僕を離して立ち上がり、スタスタ歩いてグリードの元へ。
何をするんだろうと首を傾げて直ぐにぎょっとする。グリードの首根っこを掴み上げたシモンが、吹っ切れたような笑顔で語った。
「侍従試験は俺がやり直します。身元調査から戦闘技術まで、全て調べ直して俺がこの犬を鍛え上げてみせます」
耳を不意打ちでむぎゅっと鷲掴まれ、グリードが「きゃんッ!」とわんちゃんの鳴き声を上げて目を覚ます。
シモンのドス黒い笑顔の殺気を前にしては、流石にいつもの嬉しそうな反応は出来なかったのか。グリードはぷるぷる震えてサーッと青褪めた。
そんなグリードにも容赦なく、シモンは弧を描いた瞳を細めて、低く甘い声で言い放った。
「さっき見せた力…恐らく総合的には俺より格上でしょう。馬鹿に使われているから大した事ない能力に見えるだけで」
「ぐはッ!!」
「宝の持ち腐れとはこの事です。能力だけは恵まれているのだから、後はお前の実力がその力に追い付かないと」
にこにこっ。とっても爽やかな笑顔を浮かべて、シモンがグリードに囁いた。
「俺がお前を"本物の騎士"にしてやりますよ」
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