上 下
166 / 400
【聖者の薔薇園-プロローグ】

番外編.七夕の願い事

しおりを挟む


「この四角い紙に願い事を書けばいいのか?」

「うん。おねがいごと、かきかき」


 長方形の紙を持って慣れない様子のディラン兄様。掛けられた問いにこくりと頷き、僕も悩み途中の願い事をもう一度むむむ…と考え始めた。


 前世の感覚では、今日は七夕の日。
 そういえば毎年この日は何もしていなかったよなと思い皆に聞いてみると、どうやらこっちの世界では七夕という行事の概念が存在しないようで。
 それは悲しいとしょんぼりし、直後に天才的な発想をしてしまった。そうだ、ないなら作ればいいじゃないか、と。

 というわけでエーデルス家では現在、オリジナル行事『たなばた』が開催されているのである。


「ミアはたらふくお菓子食えますようにだみゃ」

「え、そんなんで良いんですか?」

「そんなんとは何事だみゃ。どう考えても最上級の願い事だろうがだみゃ」


 シモンとミアも仲良く願い事を考えている最中らしい。よきよきと頷いて移動し、今度は難しい顔を浮かべているガイゼル兄様の元へ行く。


「ガイゼル兄さま。おねがいごと、かけましたか」

「あー…決まんねぇんだよな。これ一枚しか駄目なのか?」

「うむ。一枚におねがいぱわー、ぜんぶこめる」


 ぐぬぬ…と両手を翳して見えない力を注いであげると、ガイゼル兄様は小さく笑って「なんだそれ。クソ可愛いな」とむぎゅむぎゅしてきた。
 胡坐をかくガイゼル兄様の膝に乗せられ、後ろから頭に顎を乗せられてじっとする。ぱちぱち瞬きながらガイゼル兄様の短冊を覗いてみると、そこには書いては消してという繰り返しの跡が見えた。


「兄さま。おねがいごと、いっぱい?」

「そうだなぁ…まぁ色々あるぞ。チビと死ぬまで一緒にってのと、チビが結婚しないようにってのと、チビがどこぞの野郎に惚れねぇようにってのとか色々」


 ほとんど僕関連のものだ、とは口にしないでおく。詳しく説明なんてされたらそわそわしてしまう。ざっくり聞いただけでも何だか少し身構えてしまう願い事ばかりだから。

 そっかぁとふわふわした返事だけしておいて、んしょんしょとガイゼル兄様の膝の上から抜け出した。「ひとつだけね」と念押しして頑張ってねと謎の応援を残し、今度はもう一度ディラン兄様の元へとたとた戻る。


「ディラン兄さま。おねがいごと、かけましたか」

「フェリ。あぁ、書いたぞ。読むか?」

「む…!よみたい…!」


 どうやらディラン兄様は短冊が完成したらしい。
 ディラン兄様の願い事って想像つかないな。どんな感じなのだろうと気になり、読むかという問いにぴょんぴょん跳ねてこくこく頷く。
 真面目なディラン兄様のことだから、きっと願い事も無難で真面目なものに違いない。そう思いながらわくわくと短冊を覗き込み、ぴしっと固まった。

 手のひらサイズの短冊。紙の部分がほとんど見えなくなるくらい、小さな字でびっしり書き込まれたその内容は、よく読むと中々に強欲な書き方がされていた。


『フェリの憧れの兄で居続けつつフェリの意中の相手は不慮の事故で亡くなりつつフェリと一生共に過ごしつつ死後も輪廻を共に全うしつつ──』


 つつを使えば実質一つの願い事になるだろう。そんな捻くれつつも真っ直ぐで強い意志を感じるおねがいごとだ。
 すごいねぇと呟くと返ってくる「絶対に叶うはずだ」という絶対的な自信。ちょっとだけ物騒な願い事も含まれていた気がしなくもないけれど、まぁいいかと頷いた。

 叶うといいねと残し、今度はとたとたシモンとミアの元へ。
 二人にそわそわ近付くと、初めにシモンが顔を上げて微笑んだ。


「フェリアル様。フェリアル様はお願いごと、決まりましたか?」

「きまった。シモンは?」

「俺はとっくに決まってるんですけど、ミアさんがまだ悩んでいるようで」


 その見守り中です、とにこやかに語るシモンになるほどと納得する。シモンは既に短冊が完成しているらしい。こういう時も仕事が早いんだなぁ、なんて少し感心してしまった。

 対してミアはまだまだお悩み中のようで、ぐるぐると考えながら目を瞑っている。まんまるの体がぷるぷる揺れるものだから、思わずむぎゅっと抱き上げてしまった。
 特に気にした様子の無いミアはそのままぐるぐる考え続け、やがてはっとしたように目を開けた。


「ばっちり決めたみゃ!お菓子とごはんをたらふく食えますようにに変更だみゃ!!」

「そんなに変わらないですね」

「変わらないとは何事だみゃ!しっかりごはん追加したろうがだみゃ!」


 のしのし。丸い足をふみふみしようとするミアだけれど、僕がぎゅっとしているので届いていない。その自覚もないようで、エアふみふみになっている。


「ミアめっ。おこしないの。おねがいごと、ちゃんと叶うから」


 ミアがごめんなさいみゃーと頭をぺこりする。
 しょんぼりする姿を宥めるようによしよし撫でてあげると、しょぼくれていたミアの垂れ耳がぴょこんと立った。機嫌が直ったみたいでよきよき。


「フェリちゃんのお願いごとは何ですみゃ?」


 きょとんと尋ねてくるミアにぱちぱち瞬く。
 後ろ手に隠した短冊。そこに書いた願い事を思い出してふにゃりと頬を緩めた。




「んー…ないしょ」



しおりを挟む
感想 1,700

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
洗脳され無理やり暗殺者にされ、無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。