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攻略対象file4:最恐の暗殺者

86.舞踏会

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 大公家のシナリオを改変させた影響は大きかった。
 ゲームにおいて『大公家の悲劇』は必須の過去ストーリーだったこともあり、その後の帝国全体の動きにゲームとの相違が生まれ始めたのだ。
 他の攻略対象者たちの過去ストーリーにも変化が生じただけでなく、ゲームでは有り得ない過去編のシナリオが増えたことも想定外の一つ。多少シナリオが変わってしまうことは覚悟していたけれど、まさかここまで大きく改変するとは思わなかった。

 中でも最近一番困っていること…それは、悪役フェリアルの過去編にも予想外の変化が起こったことだ。
 兄様たちやレオたちに散々鈍いと言われる僕でも、流石にこの状況についての違和感は抱いている。ゲームとは全く違う悪役の交友関係、攻略対象者たちの動き、心情。
 この先のシナリオが果たしてゲーム通りに進むのかどうか、内心かなり不安なところだ。





 兄様たちやレオが学園に通い始めて暫く経ち、大公家の人たちのお陰なのか、僕も皆がいない日々にようやく慣れてきた頃。
 ゲーム本編を四年後に控えた、寒い冬の朝。


「フェリ!おはよう、今日も最高に可愛いね!」


 応接室の扉を開くと、そこには見慣れた友達の姿があった。
 向かいには眉間を指先で抑えるお父様とにこにこ顔のお母様が座っていて、何やらカオスな状況だ。お父様が持っている封筒…あの紋章は皇宮のものだろうか。


「ライネス、おはよう。ライネスは今日もかっこいいね」


 言いながらテーブルの前に近寄り、何だかお疲れなお父様に用件を問う。
 朝食を済ませてウサくんと雪遊びに行こうとした時、ちょうどお父様に呼び出されて自室を出たのが数分前。こうして突然呼び出されるのは珍しいから、どんな真剣な用件なのかと思えば…ライネスまで居るのはどうしてなのだろう。


「おはようフェリアル、朝から呼び出してすまない。少し面倒なことが起きそうでね…フェリアルにも伝えておきたくて呼んだんだ」


 疲労を滲ませて微笑むお父様を心配に思いながら、空いているライネスの隣に腰掛ける。ライネスは「突然来ちゃってごめんね、びっくりしたよね」と優しい笑顔で語りかけてきた。


「大丈夫。雪あそびをね、しようかなってところだったの。雪あそびはいつでもできるから、大丈夫だよ」

「かわっ…!そ、そっか。雪遊びの邪魔しちゃってごめんね。お話終わったら、一緒に雪遊びしようね」

「一緒?たのしみ。ありがと」


 ふにゃあと緩みきった笑みを浮かべるライネスにこくりと頷く。
 雪遊びは一人でするより二人でした方が楽しいから、ライネスの言葉はとても嬉しい。早く雪遊びがしたい衝動に駆られ、ライネスの言うお話について深く聞く態勢に入った。

 ライネスと初めて会って一年以上が経つけれど、確かに何の手紙も無く邸に来たのは初めてだ。
 大公家の悲劇を阻止して以来、ライネスは執務がない日は毎日のように公爵邸に遊びに来てくれるようになった。距離が遠くて中々会えなくなると思っていたけれど、そんな苦労は一切見せずに毎朝手紙を送って邸に訪れて…それが日常のようになっていた。

 レオが邸に通っていた頃のような既視感が蘇って嬉しいけれど、それにしたって北部から東部への移動をほぼ毎日というのは辛いだろう。
 手紙無しに突然訪れたということは、もしかして今日はそのことを話しに来たのかも。これ以上は辛いから来れない、とか。
 悲しいけれど、それを言われてしまえば僕は何も言えない。覚悟を決めないと、とひとりしょんぼりし始める僕に、ライネスが「前触れも無く来てしまった理由なんだけど…」と前置いて語ったのは、全く予想していなかった言葉だった。


「舞踏会のパートナー。私を選んで欲しいんだ」

「…?舞踏会…?」


 きょとん。目を瞬く僕に、眉間を抑えていたお父様が溜め息交じりに説明してくれた。


「今度皇宮で舞踏会が開かれるんだ。第二皇子の披露目を兼ねている為に、年が同じフェリアルにも必然的に招待状が届いたんだが…ヴィアス公子はそれを何処から嗅ぎ付けたのか、一足先にパートナー候補にと名乗り出て来た」

「公子だなんて。私のことは気軽にライネスとお呼びください公爵。あ、それなら私は公爵のことをお義父様、とお呼びした方がよろしいでしょうか?」


 にっこにこのライネスを笑顔で見据えてグシャリと封筒を握りつぶすお父様。大丈夫かな、その手紙、皇宮からのもののはずだけれど。

 額に青筋をぴくぴく浮かべるお父様に気付いているのかいないのか、お母様が少女のように頬を赤らめて「まぁまぁ!」と上擦った声を上げた。
 さっきから脱線した話の内容をよく理解できないのだが、三人はどうしてこうバラバラな反応をしているのだろう。ますます内容の理解が追い付かない。


「素敵ねぇ。青春ねぇ。公子様になら安心してフェリを任せられるわ」

「ク、クロエ!フェリアルには青春はまだ早いのでは無いか…?それにこの男が一番危険だと思うのだが…──」

「あなた。公子様に失礼でしょう?こんなにフェリに良くしてくれて、フェリだっていつも楽しそうに公子様の話をするじゃない。私はパートナーの件、大賛成よ」

「ク、クロエ…」


 楽しそうなお母様の言葉に僕もぐっと顔を伏せる。ライネスが嬉々として覗き込んできて「いつも楽しそうに私の話をしてくれるの?」と尋ねてくるものだから、ぷいっとそっぽを向いて唇を引き結んだ。真っ赤な耳が丸見えなことには気付かないままで。

 何故かぐふッと呻き始めるライネスにきょとんと首を傾げて、お母様の言葉に押されたらしいお父様に向き直った。


「はぁ…まぁ確かに、陰湿にフェリアルの貞操を狙う輩よりかは公子が幾分マシかもしれないな…」


 渋々妥協するかのようにお父様が呟く。それを機敏に聞き取ったライネスは、キラキラッとレオに似た爽やかな笑顔を浮かべて語り始めた。


「私をパートナーとして認めてくださるという事ですね!?嬉しいですお義父様!」

「次にお義父様と呼んだら以降送られる求婚状は全て燃やします」

「一枚目から全て燃やしているでしょうに…」


 不意に始まる大人のお話。僕が理解出来ない話をし始めたらその合図だ。
 求婚状って何のことだろう。疑問を二人に問う前に、ピリピリしたお父様と話していたライネスがふと笑顔で僕を振り返った。


「やったねフェリ!一緒に舞踏会へ参加できるよ!」

「…!ほんと?お菓子一緒に食べれる?」

「お菓子一緒に食べられるよ。フェリはまだ九歳でダンスは無いはずだから、万が一誘ってくるような男がいたらすぐに私に教えてね」

「うん。僕踊れないから、困る。だから、すぐライネスに教える」

「ふふ、いい子。フェリは本当に可愛くていい子だね。大好きだよ」

「…可愛くない…けど僕もライネスすき」


 ふにゃあ、と頬を緩めると返ってくる今日何度目かの呻き声。鼻血まで噴き出しているからとんでもないダメージを負ってしまったのだろう。
 一体なぜ、誰に攻撃されたのか不思議なところだけれど、今に始まったことでもないので特に問うことはしない。


「何だ…何なのだこの雰囲気は…」

「あなた。我が子の春を見届けるのも父の使命でしょう?」

「そんなことは理解している…!だが…!だがフェリに春はまだ早い…!!」


 ぐぐぐ…と拳を握り締めるお父様が気になったけれど、お母様がゆるふわーっと宥めてくれているっぽいので気にせずライネスに視線を戻した。
 ライネスは嬉しそうな笑顔を絶えず向けてきて、僕が何か話す度ふにゃふにゃと頬を緩める。その様子にぱちぱちと瞬いた。


「ライネス、ごきげん?」

「うん?ふふ、もちろん。フェリと過ごしている間はいつだってご機嫌だよ」

「そっか。じゃあ僕もごきげん」

「かわっ…!!」


 ライネスが苦し気に呻いて悶え始める。これもいつもの光景だ。

 舞踏会…第二皇子の披露目。ゲームの過去編にはなかったイベントだから、きっと何事もなく過ごせるはず。
 とにかく公爵家の名前に泥を塗らないようにだけ気を付けよう。そう密かにぐっと決意する僕を見下ろし、ライネスは「雪遊びに行こっか」と爽やかに嬉しい提案をしてくれた。

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