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攻略対象file3:冷酷な大公子

84.大公家の結末

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「おい天使」

「ひとです」

「その笑えん冗談をいい加減訂正しろ。こんなちっこくて愛いのが下劣な人間如きなわけあるか」


 人間如きって。大公も人間なのに。

 というか、いつの間にか種族を『天使』に変えられてしまっているのは何故なのか。さっきは悪魔と呼んでいたのに。


「さっきは、悪魔って呼んでた…」


 思い出したら何だか悲しくなって、無意識にぽそりと呟いてしまう。はっと我に返る前に、その呟きを拾ったらしい大公が意志の強そうな鋭い瞳を瞬かせた。


「あぁ。それはあれだ。さっきは地獄からの迎えが来たと思ったんだよ。いつくたばっても可笑しくない状況だったからな」

「…?どうして地獄?」

「あ?何だ、貴様アホ可愛いな。そりゃあ俺が行き着く先は地獄に決まってるからだろうが。そうなりゃ迎えは悪魔だろ」


 つんつん、と頬を突っつかれて淡々と答えを返された。
 こうして至近距離で見てみると、大公の表情はデフォルトのディラン兄様と少し似ている。何の感情も無い、ただの真顔というか何というか。基本的に、表情が大きく動かないところが兄様にそっくりだ。


「…?それで…どうして地獄?」

「……おい…貴様話聞いてたか?あんまぽけっとしてっと高い高いすんぞ」


 そう言って両手を上下させる大公。あまりに容赦のない脅しにぷるぷる震えて「ごめんなさい…」と返した。
 高い高いはだめだ、あまり信頼度が高くない長身の人にされる高い高いほど恐ろしいものはない。
 というわけで、ただぽけっと聞き返すのではなく、きちんと説明してから問う方針へと切り替えることにした。


「大公さま、いい人です。お迎えは悪魔じゃなくて、天使だと思う。だから、地獄はおかしいと思います」

「……俺が良い人間だと?」

「はい!ライネスがこんなに慕うなら、きっととても素敵なひと…むぐっ」

「フェリ!シー!お口チャック!」


 背後から伸びてきた手が僕の口をむぐっと塞ぐ。しまった、何かいけないことを言ってしまっただろうか。

 ぱちぱちと瞬いて硬直すると、目の前にある大公の無表情がきょとんとした驚愕の色に染まる。じーっとライネスを見つめて黙り込んだかと思えば、不意にニマニマと悪戯っぽい笑みを浮かべ始めた。


「ほう…貴様、俺のことを慕っていたのか」

「はぁ?別に慕ってませんけど。寝過ぎで目も頭も狂いましたか?」

「ふん。可愛げの無いクソガキが」


 あわあわと二人を見守る。何だか空気が物騒だ、親子間で流れる柔らかい雰囲気とは到底言えない。

 二人の仲が悪くなる前に止めないと、なんて謎の使命感に駆られ動き出す。広いベッドの上で膝立ちになって二人の間に割って入り、ばっと両腕を広げて声を上げた。


「喧嘩はだめ。二人がよくない仲になったら、悲しい」


 しーんと静まり返る空気。きりっと言い放って胸を張っていると、不意に背後からガシッと両脇を鷲掴みにされた。
 両腕を広げていたためにいとも簡単に持ち上げられ、そのままぐいっと引き寄せられてあったかい腕の中にぽふっと収まる。むぎゅーっと強く抱き締められて瞬くと、頭にうりうりと頬擦りされた。


「可愛い可愛い。合格だ、大合格だ。貴様さっさと嫁に来い。おいライネス、式はいつだ」

「気が早いです父上。まだそこまで行ってません」

「何?貴様俺の子のくせして奥手だな。惚れた相手を押し倒して既成事実作るくらいしろ。他の野郎に盗られる前に囲え、逃がしたら殺すぞ」

「前半は兎も角、後半については言われなくてもそのつもりです。あと本当にいい加減返してください」


 結局またもや口論を再開してしまった二人を大公の腕の中からじっと見上げ、眉を下げた直後。
 突然強い拳が二人の頭のてっぺんを攻撃した。

 呆然とする間もなく、瞬いた後には痛みを堪えて頭を抱える二人の姿が。


「…いい加減にしなさい。その子は私の恩人よ。あなた達二人共、フェリちゃんに無理に手を出すような事があれば命は無いと思いなさい」

「……ふぇりちゃん…?」


 気のせい…だろうか。大公妃の性格からは想像も出来ない呼び方が飛び出たような…。


「…フェリちゃん。この馬鹿二人に何かされたら直ぐに私に伝えなさい」


 気のせいじゃない。どうやら気のせいではないようだ。
 驚きでぽかんとしながらもこくこく頷く。大公妃の顔に微かに浮かんだ笑みを見て、何だかじんわり心が暖まった。
 言い争う大公とライネス。そしてそれを窘める大公妃。何ということは無い、よくある家族の光景。失われるはずだった幸せの欠片。

 それを、僕は守ることが出来たんだ。
『大公家の悲劇』を、僕が全て防いだんだ。主人公じゃなく、悪役の僕が。


「よかった…」


 主人公ですら救えなかった人たち。彼らを救えて本当に良かったと、そう思った途端全身からふわっと力が抜けた。


「…?おい、どうした…、…っ!」


 突如増した重さに違和感を覚えたのだろう、大公がふと訝しげに僕を見下ろした。

 僕の顔を覗き込むなり凄まじい剣幕で目を見開き、ライネスに何やら指示を飛ばし始める。医者がどうとか言っているような気がするけれど、何故か声が上手く聞き取れない。
 心なしか呼吸も荒くなり、全身がぽかぽかと熱くなってきた気がする。


「──失礼」


 ふと、大公の腕の中から誰かにひょいっと抱き上げられた。


「あ?何だ貴様」

「フェリアル様の専属侍従兼護衛です」


 頭上で何やら会話が繰り広げられているけれど、最早その内容さえ頭で理解することが出来ない。
 はぁ、はぁ…と荒れた呼吸のままちらりと見上げると、穏やかに緩んだ表情のシモンと目が合った。


「……しもん…」
  
「苦しいですね…大丈夫ですよ、直ぐにお医者様が来ますからね」

「ん…ぎゅー…」


 体に力が入らない。その不安定さが怖くて、シモンにぎゅっと抱き締めてほしいとせがんだ。
 直ぐにぎゅっと抱き締められふわりと安堵が広がる。何やら騒がしい気配を背後に、意識が緩やかに遠のいた。

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