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攻略対象file3:冷酷な大公子
74.正しい選択
しおりを挟むライネスはにこやかな笑顔で近付いてくると、咳を零す僕にさっと紅茶を差し出した。起きてからずっと喉が渇いていたから有難い。
「それより君達、病人の前であまり騒いじゃ駄目だよ。フェリがびっくりしちゃうでしょ?」
柔らかだけれど反論を許さない声音でライネスが言うと、皆揃って口を噤んだ。
どうやらこの中ではライネスが一番強いらしい。あの兄様達ですら若干様子を窺うような態度を見せているし、レオも何だか複雑そうな表情を浮かべている。
ゲーム内のライネスは、物腰柔らかだけれど裏の顔がとても冷酷なことで有名だった。
皇太子であるレオも第二の悪役と呼ばれていたくらいだし、皇族の血筋はゲーム内でもやっぱり強いらしい。それにしても身分が上がるにつれ悪役の素質が増していくのはどういう原理なのだろう…。
「フェリ、痛いところや苦しいところは無い?」
「あ…うん、大丈夫」
紅茶をこくこくと飲みながら考え込んでいると、顔を覗き込んだライネスにふと問い掛けられた。
慌てて頷くとほっとしたような表情を返され、空になったカップをさり気なくテーブルに移される。流れるような動作で口元に運ばれた果実を反射的にあむっと食べてしまい、もぐもぐと頬張ってからハッとした。
「おいし?」
「…ん…おいしい」
「ふふっ、そっかそっかぁ」
食べてしまったものは仕方ないからと、体から力を抜いて味を堪能した。流石大公家が用意するだけあるのか、高級品に疎い僕でも分かるくらいの上品な味の果実だ。
雛鳥の給餌の如く果実を与えられ、やがて乾き切っていた喉はすっかり潤って本調子に戻った。
「おいおい待て待て!!なーに俺ら背景にしてイチャついてんだよ!!」
穏やかな空気に躊躇なく割り込んだのはガイゼル兄様だ。
額に青筋を浮かべてライネスを睨む姿は、前世で言うヤンキーの雰囲気と相違ない。ぐっと握り締めている拳で今にもライネスに殴り掛かりそうだ。
「……不愉快」
「まずいですみゃ…ご主人様ブチ切れ五秒前ですみゃ…」
炎を纏って低く呟くディラン兄様をミアが必死に宥める。
大変だ、どうやら僕だけ美味しい果実を楽しんでいたせいで不快感を抱かせてしまったらしい。
あわあわと果実を一つ差し出そうとするけれど、さっき食べてしまったものでちょうど最後だ。焦燥を滲ませながらも何かないかと辺りを見渡していると、不意に見兼ねた様子でレオが溜め息を吐いた。
「…遊んでいる場合ではありませんよ。現状…かなりマズい事態になっていること忘れていませんか?」
場を切り替えるように手を叩いたレオ。神妙な面持ちで語られたそれに、皆の空気が一瞬で引き締まった。
「…チビが覚醒したことだろ?まさかもう神殿にバレたのか?」
「今のところ報告はありませんが…狡猾な神殿のことですし、水面下で事に気付いて動いている可能性もあります」
「パーティー中の出来事だったから、参加者の中には少なからず察した人間も居たかもしれないね」
真剣な顔で何やら話し合う三人。神殿やら狡猾やら、何だか不穏な会話のようで体が強張った。僕が眠っている間に何があったと言うのだろうか。
話に置いてけぼりで眉を下げる僕に気付いたらしいディラン兄様が、宥めるような優しい力で僕の頭を撫でた。
そろりと情けない表情のまま見上げると、ディラン兄様は無表情のまま柔らかく瞳を細める。無条件に警戒を解いてしまいそうな、いつもの低く安堵を誘う声音で語った。
「安心しろ。フェリのことは何があっても、何が相手でも必ず守る」
断言するその姿に息を吞む。
ディラン兄様の最大の魅力は、きっとこういうところだ。一見無感情で熱なんて一切無いように見えるけれど、実は誰よりも情に厚くて優しい。
一度決めたら最後まで折れない。誰に何を言われても。その信念にプライドは含まれていなくて、ただ強い意志と決意の上に言葉が乗る。
だからこそ、無条件な信用が生まれてしまう。
「…うん」
知らず頬が緩んだ。
信じている。その一言が紡げなくて、けれどディラン兄様は何も言わなかった。
「あぁ、そういえばフェリ。母上の件、まだお礼を言っていなかったね」
「…?…!た、大公妃さまは無事…!?」
ふと何か思い出した様子で声を上げるライネス。柔らかな笑顔を浮かべるライネスにハッとして、慌てて大公妃の安否について問い掛けた。
起きたばかりで寝惚けていたせいだろうか、パーティーの時の記憶を全て忘れてしまっていた。
ライネスの言葉で一気に蘇った記憶。大公妃を救う計画と、実際に起こった出来事。全てを思い出して蒼白顔で問うと、ライネスはふわっと表情を緩めた。
…気のせいだろうか、意識を失う以前よりもライネスの態度が甘くなっている気がする。
「…うん。フェリが居なかったらどうなっていたことか…。母上も二時間程前に目を覚まして…今は父上の部屋で過ごしているよ」
「……そっか…よかった」
突如現れた謎の光によって体は回復し、どうやら今は心の回復に努めているようだ。
僕は正直、大公妃様に見せる顔が無いから少し気まずい。いくら『大公家の悲劇』の一端を防ぐ為とはいえ、一人の人間の選択肢を奪ってしまったことは事実だ。
それも、生か死かという最も重い二択のうち一つを。
「……」
いや…もしかしたら僕は、本当にとんでもないことをしてしまったのかもしれない。そう思うと途端に湧き上がる不安と恐怖で、体が微かに震え出す。
呼吸が浅くなってきた直後、誰かがぎゅっと震える体を抱き締めた。
「っ…!」
至近距離で靡くのは、底の無い暗闇みたいな漆黒の髪。硬直する僕の耳元に唇を寄せた彼…ライネスが小さく囁いた。
「"ありがとう。あなたのお陰で目が覚めた"」
息を吞む。震えをピタリと止めて見上げた先には、甘さの籠った柔らかな微笑みがあった。
続いて紡がれた言葉に、心に沈んでいた不安や恐怖が霧のように散っていく。
「母上からの伝言だよ」
救えた事実に対してなのか、それとも別のことに対してなのか。
酷く大きな安堵が湧き上がって、潤む瞳を隠すようにぎゅっとライネスに抱き着いた。
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