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攻略対象file3:冷酷な大公子
66.ぴーす
しおりを挟む遊び疲れて眠ってしまった昨夜を挟み、今日は朝食を終えてすぐにお父様に呼び出された。
「フェリは本当に…いつも想定外の事態を持って帰って来るのだな…」
「ごめんなさい。お父様」
執務室のソファに腰掛けて、ぐったりと疲労を顕にするお父様。
その手にあるのは、早馬で今朝届いたというヴィアス大公家からの手紙。大公妃の誕生日パーティーについての招待状だ。ライネスは早くも約束を実行してくれたらしい。
「ヴィアス家が北部以外の貴族を招くなど…前代未聞だ」
眉間に指を当てて呟くお父様。どうやらかなり疲弊している様子だ。
確かに、あの大公家が東部の貴族であるエーデルス家の人間を招待したとなれば、大々的な噂が流れることは避けられないだろう。
北部は他の地域に比べ、貿易などの交流があまり進んでいない。というよりは、自発的に鎖国のような状態を維持していると言った方が正しいだろうか。
その為パーティーやお茶会も北部内の貴族同士で楽しむことが多く、婚姻の相手もまた、分家貴族や近隣領地の貴族であることが一般的。
半鎖国状態である故の、独自の文化が発達しているのが北部の特徴だ。
そんな北部の…それも北部の主とも呼ばれる大公家が、東部の大貴族であるエーデルス家の人間に招待状を送った。これは北部だけでなく、帝国全体の貴族に衝撃を与えることだろう。
「大公家のパーティーとなると、規模はかなり大きなものになる筈だが…大丈夫なのか?」
静かな空間を好み、喧騒を苦手とする僕だから。だからお父様は心配してくれているのだろう。お茶会も未だまともに熟せない僕が、大公家という大貴族のパーティーで果たして上手くやれるのかと。
確かにその心配通り、僕自身でも不安は感じている。けれどもう、そんな我儘を感じている場合ではない。
僕に出来ることは何だってやると決めた。フェリアルに出来ないことでも、きっと僕なら出来るはずだから。
だって僕には武器がある。未来を知っているという、何よりの武器が。
「…お父様の心配は、理解しています。でも…行きたいです。どうしても、パーティーに参加したいです」
もしかしたら止められるかもしれない。悲劇の一端を。
僕にしか出来ないことがあるのなら、絶対に目を逸らしてはいけない。
「…分かった。但し絶対に一人では行動しないこと。護衛にシモンを必ず連れて行くんだ」
「…!わかりました。絶対シモンを連れていきます」
仕方なさそうに微笑んで頷くお父様。シモンは初めから連れて行く予定だったから、お父様が口にした約束事は寧ろ有難いものだ。
早速シモンにパーティーのことを伝えに行こうと立ち上がった時、お父様が不意に何かを思い出した様子で僕を呼び止めた。
「渡すのを忘れていた。ヴィアス家からの招待状に紛れて、今朝早馬で届いたものだ」
「お手紙、ですか…?」
手渡されたそれは、シンプルな封に入れられた手紙だった。独り言のように問いを零しながら封を裏返し、そこに記された名前に息を呑んだ。
「ディラン兄様…ガイゼル兄様…」
渡された手紙は二枚。
片方には『ディラン・エーデルス』の名前が整った文字で記され、もう片方には『ガイゼル・エーデルス』の名前が角張った勢いのある文字で記されていた。
兄様達からの手紙…まだ入学二日目だというのに、もう手紙を送ってくれるなんて。
早くも兄様達の面影を感じたのが久々の出来事のように感じる。実際はほんの前日にお別れしたばかりなのに。
早く読んで返事を送らないと、とお父様にお辞儀をして、今度こそ執務室を足早に後にした。
* * *
「シモン。兄様たちからお手紙届いた」
駆け足で自室に入ると、せっせと掃除をしていたシモンに手紙を掲げる。シモンはぱあっと顔を輝かせて手を止め、嬉しそうに「よかったですね!!」と喜んでくれた。
「それにしても随分早いですね。昨日入学したばかりでは?」
「学校が楽しいから、はやく教えたかったのかも」
「うーん…そうですかね…」
入学式を終えた翌日に早馬で手紙を送って来るくらいだ。
きっと少しでも早く伝えたい素敵な出来事に出会ったのだろう。お友達が出来たとか、教室の雰囲気が予想以上に素晴らしかったとか、そういうことを手紙に記しているのだと思う。
何やら不安そうな表情を浮かべるシモンには気付かないまま、僕はソファによじ登ってすとんと腰掛けた。二枚の手紙を交互に見つめて軽く悩む。
数秒経ってようやく、まずはガイゼル兄様の手紙から読んでみようと決めた。
わくわくと胸を高鳴らせて封を切る。二つ折りに閉じていた手紙を開き、殴り書きのように書き連なったその文章にぽかんと目を丸くした。
『俺のチビへ。
昨日はちゃんと眠れたか?俺がいねぇから怖くて眠れなかったろ、俺も全然眠れなかった。こっちは案の定クソだぜ。どいつもこいつも喧しく媚び売ってくるだけのつまんねぇ奴らばっかだ。早くチビに会いてぇ、三年なんて耐えられるわけねぇだろ。休暇は必ず帰るから、それまでは兎を俺だと思ってーー』
その先二枚三枚と文章は続いており、呆然としながらも全てに目を通す。
思っていた内容とは違ったけれど…とりあえずは元気そうで何よりだ。
「ガイゼル様は何と?」
「…うーん…昨日は眠れなかったって」
「え。そんな浮足立つくらい学校楽しかったんですね、意外…」
どう返事を書くのが正解なのだろう…と悩みながら手紙をそっとしまう。今度はディラン兄様の手紙を読んでみようと、もうひとつの方の封を開いた。
丁寧に折られた手紙には、形の整った綺麗な文字で、規則的にぎっしりと文章が綴られていた。
『俺のフェリへ。
帰りたい。帰りたい。帰りたくて堪らないのだが、帰っても良いだろうか。フェリ不足で死にそうだ。何も手につかない。これからは毎日フェリの夢を見ることを祈って眠ろうと思う。フェリも寂しくて俺の夢を望んでいるはず。夢で会おう、愛おしい俺の――』
大半の部分からは目を逸らすとしても、それ以外だって特に内容は変わらない。目まぐるしく構成が展開されるガイゼル兄様の手紙に比べ、ディラン兄様の手紙は同じ内容の繰り返しといった印象だ。
一番多いのは断然『帰りたい』という言葉。突然『帰りたい』がいくつも綴られている部分や、関係の無い文章の間に脈絡なく割り込む『帰りたい』の一言。
余程帰りたいのだろうな…と月並みな感想しか出てこなかった。
「フェリアル様?何だか難しい顔をしてますけど…ディラン様に何かあったんですか?」
「…ううん。夢で会おうだって」
「あー、なるほど。大体察しました」
静かにスッと手紙をしまう。これは早く返事を書かなければと思い、紙とペンを手に取った。
すると、不意にシモンが何かに気付いた様子でディラン兄様の手紙を取り、封をシャカシャカと振る。
シャカシャカなんて音どこから…?と首を傾げると、シモンは封の中からコロリと何かを取り出した。どうやら手紙の他に何かが入っていたらしい。
「これは…」
シモンが驚いた様子で呟く。
中に入っていたのは、円状の小さく薄い鏡だった。これは何だろう、ただの鏡にしては小さすぎる様な気もするけれど…。
「映像記録の水晶ですね。並の貴族では手に入らない高価な代物ですよ」
「水晶?」
「えぇ。その場の光景を水晶に写せば、時を切り取ったかのような写し絵が出来上がるらしいです。俺も初めて見ました」
「それって…」
それはもしかして、写真が撮れるということ…?
この世界にも写真を…いや、風景を写すという概念があったのか。カメラとか、直接的な物の概念は無いようだけれど。
考えてみれば絵画などの概念は当然あるし、何より現代のゲームの世界だから、所々に近代的な発明があっても何らおかしくない。
「でも、何も写ってないよ」
水晶をすりすりと触り違和感に気付く。兄様の姿が写っていないことに眉を下げると、シモンが苦笑混じりに答えた。
「たぶんこれ、フェリアル様に送って欲しくて同封したんだと思いますよ」
「…僕が、水晶に写ればいいってこと?」
なるほど。兄様が写る用ではなく僕が写る用の水晶か。
それなら、とシモンに水晶を手渡し「うつして」とお願いする。
シモンはグハッと呻きながらも水晶を受け取り、少し離れて僕を鏡に写した。
水晶は写る側が鏡のようになっているから、内カメみたいで意外と便利だ。乱れた髪をそれとなく直して襟を正し、ソファに姿勢よく座り直した。
「ぴーすでいいかな」
「え"、何それ可愛すぎか…??」
「…?ぴーすおかしい?」
「ぴーすとはそもそも何なのか…いやっ!でも可愛いのでOKです!!」
ぴーす、と両手でピースの形を作ると、シモンがぶわっと鼻血を吹き出して悶絶しだした。
「謎のポーズだけど、謎すぎるけど…でも可愛い…!!可愛いから何でもいいや!!」
シモンが笑顔でそう言ったのと同時に、水晶がキラリと強く光る。どうやらこの光が反映を終えた合図らしい。
現代で言うカメラと違って、風景を写すにはそれなりの時間がかかるようだ。
「ちゃんと写った?」
「えぇそれはもう!まぁ流石に実物の輝き全てを反映させる技術は無いみたいですが…それでもこの愛らしさですよ!天使です!」
「すごい。綺麗にとれてる」
「このぴーす?というポーズ、きっとこれから爆発的に流行りますね!!」
楽しそうに語るシモンに頬を緩める。画期的な技術を目の当たりにしてとても興奮しているようだ。
僕はこういう技術は前世で見慣れているから、それほど真新しさは無いけれど。それでもこの世界でこういう物を見ると、何だか感慨深いものもある。
「ディラン兄様、こんなので喜んでくれるかな」
僕の姿より、邸の綺麗な外観とか庭園の景色を写した方がよかったかもしれない。
そう悩みながらも水晶を新しい封に入れ、二人への返事を書こうと紙に手を伸ばした。
ちなみに後日、ディラン兄様から大量の水晶が届き、色々なポーズの写し絵を量産することになったのは別の話だ。
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