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攻略対象file3:冷酷な大公子
61.ふたりとぴょんぴょん
しおりを挟む「そういえば。ライネス様、どうしてここに」
「……」
「ライネス様?」
「……」
「ライネス様…、…ライネス?」
「軽い視察だよ。この草原はヴィアス領の中でも特に人気の観光地だから、こうして良く視察に来るんだ」
まさかと思って言い直してみると、案の定彼はニコッと笑んで何事もなかったかのように問いに答えた。
確かにライネスと呼べとは言われたけれど、相手が相手だからと一応敬称をつけていたというのに。
流石に大公家の公子を呼び捨ては…と考えた後、不意にレオのことを思い出して口を噤んだ。皇太子殿下を呼び捨てどころか愛称で呼んでいるのだから今更か。
「視察に来ていて良かった。この地に足を踏み入れるには相応しくない者達を、お陰で知ることが出来たから」
この地ということは、対象はここレーベルク大草原だけでなくヴィアス領全体。
事実上の出禁宣告そのもの。ヴィアス大公家は帝国のほぼ全域に影響を持っているから、仮にこの場所との繋がりが切れてしまえば物凄く焦るに違いない。
とは言ってもウール伯爵家は以前から印象が悪かったし…来るべき時が来たといった感覚だ。何にせよ僕には関係の無いことだから何も言えない。
アディくんの悪口を言ったことも…正直根に持っているし。
「何より君に会えたことが今日一番の幸運かな。本当に来て良かった」
「……」
はにかむライネスを見て胸が苦しくなった。
僕は彼に会いたくなかった。出会えたことを幸運だなんて口が裂けても言えない。この感情が単なる拒否感なのか、それとも罪悪感なのかは分からないけれど。
少なくとも、僕は彼の悲運に塗れた未来を知っている。
この様子だとどうやら悲劇はまだ起こっていないようだけれど、それももう直ぐだろう。もう直ぐ彼から笑顔は掻き消え、彼は感情を捨てた正真正銘の悪党になってしまう。
絶望に沈んだ彼が、いつかは主人公に救われる運命だとはいえ、それはまだ五年か…下手をすれば六年も後になる。それまでに抱え続ける悲痛や絶望がどれ程苦しいか、それは計り知れない。
知っているのに、何もしない。何もできない。この事実が耐えられなかった。
情が湧かなければ傷を最小限に出来るだろうって、そう思っていたのにそうもいかない。この世界の運命に導かれているのか、偶然なのか必然なのか。結局僕は彼に出会ってしまった。
出会ったその瞬間、僕にとって彼の運命は他人事ではなくなってしまうというのに。
「…ライネスと、僕は、お友達?」
小さく問い掛けると、ライネスが驚いた様子で瞬いた。
俯きがちに眉を下げる僕を見て何を思ったのか、優しく頬を緩めてひとつ頷く。
「もちろん。私とフェリは友達だよ」
そう言ってライネスがふわりと表情を綻ばせると、揺れていた心に決心の色が灯った。嬉しそうにぎゅっとしてくる彼を見てしまえば、もう躊躇さえ残らない。
友達なら、守らないと。
「…お昼の、お弁当。ライネスも一緒に、食べませんか」
「…!い、いいの…!?私が一緒で…」
私なんかが、と微かに呟くライネス。その寂しそうな声音と表情に、彼の過去の孤独が滲んでいる。
この孤独こそが悲劇の発端であり、彼の絶望の元凶だ。
幼少期、彼は一人ぼっちだった。それは今も同じかもしれない。
チラリと見下ろして映る、彼の両手を包む黒い手袋。その下に彼の…大公家の秘密が隠されている。ライネスがやがて経験する悲劇の発端が。
けれど、それを取り除けるのは聖者だけ。つまり主人公だけだ。知っていたって主人公ではない人間には何も出来ない。黙って見ていることしか出来ないのだ。
未来なんて、分かっていても存外役に立たない。
結局現実もまたゲームと一緒で、配役は運命によって初めから決められている。救う側と救われる側、それは常に確定している。ライネスを救えるのは主人公だけで、その運命は誰にも覆せない。
だからこそ、知っている僕は背負わないと。
仮にも悪役に転生したのなら、彼の恨み憎しみを背負うくらい。
「僕は、ライネスと一緒に食べたい。どうしても。だめ、ですか?」
肩を落として問い掛けると、ライネスは案の定ぶんぶんっと首を横に振って「駄目じゃない!」と慌てた様子で答えた。
「それじゃあ決まり。シモン、ライネスも一緒にご飯食べる」
「……はい」
「おや、何だか不服そうだね」
「そんなこと無いですよ。えぇ、ほんと全然」
適当なシモンの返事に首を傾げる。ライネスの言う通り何だか不満そうだけれど、シモンは違うと言っているから違うのだろう。
それにしても、ちょうどお昼時だったから丁度良かった。お弁当とお菓子はシモンと二人で食べる予定だったけれど、量はたくさんあるから一人増えても然程問題ない。
いい機会だから、もう一人連れて来ていた友達を紹介しようとウサくんを抱え直す。ひょいっと掲げると不思議そうに首を傾げるライネスに、僕の友達を軽く紹介してみせた。
「この子はウサくん」
「ウサ、くん…?」
「大切なお友だちです」
きょとんと固まっていたライネスは、やがて何かを理解した様子でふにゃりと緩み切った笑みを浮かべた。
「そっかそっかぁ、この子はウサくんっていうんだね。よろしくねウサくん」
ぱあっと無表情が輝く。きょとんとする人は多いけれど、ウサくんに挨拶まで返してくれたのはライネスが初めてかもしれない。
嬉しくなった僕は調子に乗って、ウサくんの片手をそろりと持ち上げて小さく呟いてしまった。
「…よろしく、ぴょん」
「!?」
「!?」
びっくりマークとはてなマークが二人の頭上に大量に浮かんだように見えた。それくらいの、稲妻に打たれたくらいの衝撃を強く語る表情だった。
「ぴょん…?ぴょ、ん…??」
フリーズするってきっとこういうことを言うのだろう。そんなことを冷静に思いながら、呆然とぴょんぴょん呟く二人をじっと見上げる。
突然硬直したかと思えばこうだ。確かに急に変なことを言ってしまった僕が悪いけれど、そこまで引きずらなくていいのに。直ぐにでも記憶から抹消してほしい。
嬉しくて衝動的に動いてしまう癖も、いい加減何とかしないと。
「なんでもない。ぴょんじゃない。忘れて」
顔を真っ赤にしてウサくんを抱き締めた僕を見て、ふと何を思ったのかシモンがふらりと動き出した。
向かう先にあるのは例の滝。慌てて手を掴んで引き留めると、シモンはやけに真剣そうな…何か大切なものでも背負っているような瞳で振り返った。
何するの?という質問に返ってくる真面目な声音。
「ちょっと滝行を」
「うん…?」
ちょっとトイレに行ってくる、くらいのテンションで返ってきた言葉に数拍遅れて反応した。
滝行…?と一人困惑する僕を置いて、シモンは「心頭滅却、心頭滅却…煩悩抹殺…ぴょんぴょん…」とぶつぶつ呟きながら虚ろな表情で滝へ向かってしまった。
「どうしよライネス。シモンがおかしくなった」
「うん…そっとしておいてあげよう」
滝にドドド…と打たれるシモンを指差すと、ライネスはそんな様子に温かい視線を向けて頷いた。
きっちりとベストやジャケットを着こなして滝行をする姿は中々にシュールなものがある。
それにしても、さっきから微動だにしないけれど辛くはないのだろうか。ピクリともしない様子に風格が漂っていて、滝行のベテランなのかと見紛うほどだ。流石にシモンに滝行の趣味があったなんて聞いたことが無いけれど。
「風邪ひかないかな」
「滝に打たれたくらいで体を壊すような並の人間とは思えないけど…そうだね、終わったら私の魔法で彼を乾かしてあげるよ」
「本当?ありがとう」
ライネスと和やかに会話をしていると、やがて滝に打たれていたシモンが「心頭滅却!ぴょんぴょん!」と叫んで修行を終えた。
最後にぴょんぴょんを付け足している辺り、恐らくまだ心頭滅却出来ていないと思うのは気の所為だろうか。
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