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第一章

第三節 奪還の対価は代償と共に1

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 山中、道なき道を男二人がかけ上る。
 舗装されていない山肌は非常に不安定であり、土から溢れる石に木の根、断層に巨岩とまともに通るのも難しい悪路ばかりであった。
「ほっよっとっ!」
 そんな道を目にもかけず一狼は登り続ける。傍らにはアスピスもついているが、その胸中は穏やかなものではなかった。
(虫けらめ……山猿の類いでもこの悪路はここまでのスピードで走破できんぞ?私ですら最低限の身体補助の加護をつけ、脚部と腰回り以外の装備をはずさなければついていけん……)
 ある意味では冷や汗にも似た発汗であった。
(エリス様から体調を全回してもらったとはいえ、加護なしでこのポテンシャルを保てるとは……やはり侮れん……)

「……でよー」
「なんだ?」
 そこで話を切り出したのは一狼。疲労など感じさせない様子で語りかけてくる。
「エリス様が言ってたけどよ、色々聞きたいことがあんだよ」
「……ふん、すでにここは奴等の縄張りだ。油断しない程度であれば話してやる。だが時間もない、補足などは受け付けんぞ」
「いいぜ別に。脳内補完すっから。ほら、はよ!」
「ちっ。まぁいい。まずビキニ様を拘束したふとどきな連中に関してだ」
 そういうと、アスピスの雰囲気もより厳格なものに変わった。それほどまでにその嫌悪感とは裏腹に危険な集団らしい。

「『逆剥』……それが今から向かう集団の組織名だ」
 いうと、静かにその特徴を伝える。
「逆剥とはもともと、ザルツバーク西方の隣国『ヨモツマガハラ』に存在した暗殺集団だ」
(うお、いきなり日本ぽい地名……)
「奴らはもともとはある邪神を崇拝している邪教集団だった。その教義は正常な人間であればまず嫌悪する類いのものであり、それに連なり敵対する者を秘密裏に始末する術を修めていった」
「なるほどな。国のなくなった今、やつらにとって王剣ってのを手に入れる絶好のチャンスってわけだ」
 相づちをうちながらも話から内心で疑問点をあげていく。
「そうだ。しかしこの国の王剣の性質上国内にはこれまではそういった反乱分子や危険な存在は存在できなかった。それもあり、外部からの侵入が可能となった四日前より、外部からの侵攻も多々あったのだ」
(四日前か……)
 本当に、国を失って息つく暇もないままの強行だったのだと。改めてビキニのことを思い返し、自然と奥歯を噛み締めていることに気づいた。
「……今王剣ってのをめぐって戦争してるってのはなんとなく察したけどよ、この国を破ったのがテメーんとこの国で、それで制圧の最中にその逆剥ってのに遭遇したってところか?」
「『形式上』はそうだ」
「……なに?」
「正確にはザルツバークの国王が何者かによって殺害された。その詳細や意図は不明であるが、親交もあり隣国でもある我がヘルグニカがいち早く察知し、支配したという形を取ったのだ」
 その一文だけで今がいかに複雑な状況かさとる。
「いいか、ザルツバークの王剣ミスティルペインは守護を司る剣。その剣能がなくなったことを運よく定期巡回していた我が軍の偵察部隊が発見したからこの状況ですんでいるのだ」
 アスピスはただ語り続ける。その言葉が出合った当初から段々と棘の抜けた様相に変化していくのを気づきもせず。
「そして急遽我がヘルグニカから大隊を半数だし統治を始めたのだ……」
「ってこたぁ俺らが来たときに居合わせたのも……」
「ふん、ヘルグニカの騎士が山賊の真似事などするものかよ。ただ、ビキニ様だけは運が悪すぎたのだ……」
「……」
「ビキニ様は先代の王が討ち取られた際北方にある魔術師の工房にいた。奇しくも戦争が激化し始めていた為、異世界への転移術式の研究を進めるためだ」
 そこでどうしても引っ掛かる点があった。ビキニはなぜ親好のあったヘルグニカに敵意を滲ませているのか、そして自分の世界へきた経緯である。
「ここからは我々でも詳しくはわからんが、事実だけを述べるとだな」
 そういうと、固い口から漏れ出すように真実が流れ出す。

「ビキニ様はヘルグニカが、ザルツバーク国王ティーバック・ザルツバーク・ローゼスペインを討ち取ったと知らされたようだ」
「……」
 やはりというか、国王の名前に突っ込みたい気持ちは場の空気に押し潰された。
 しかし、初めてビキニと会ったときのことを思い返すと全てが繋がっていく。

「貴様らと会う前に届いた最後のの報告では、ビキニ様を飛ばした術式は国王が殺害された当日に発動したらしいが不完全であったようだ」
(俺があいつに会ったときのはそんな三日も四日もいたような感じじゃなかった……時間のラグでもあるのか……?) 

「そして、魔術師の工房は破壊されていた。数人の魔術師の死体と共に」
「…………」
 胸焼けがした。アスピスの話す内容も半分は理解したが、如何せん予備知識もなければ状況も戦況もあらゆる情報が不足している。全体を把握などできるわけがなかった。
 しかし分かったことはある。核心をついているという不思議な自負が。

「なるほどな。つまりビキニはその逆剥って集団に踊らされたってことか」
「……ほう、虫らしい実に浅はかで単純な解答だな。しかし間違ってはいない」

「いいか虫ケラ、貴様の空っぽのオツムでもわかるようにいってやる」
 アスピスの皮肉は抜き去る木々を越えていく。
「ビキニ様は王剣の鍵と言ったが、その名の通り王剣を顕現させられるのはビキニ様ただ一人だけだ」
「ああ、つまり理由は知らねえが逆剥もそいつが狙いってことだろ?」
 さすがにここまでくれば嫌でもわかる。いや、それ事態はかなり前からわかっていた。その上で、確信に変わったこと、それは。
「あいつは王剣の為の生贄に過ぎないってか。胸糞じゃぁねぇかよ」
 話を聞いただけで一狼は逆剥という組織の性質を看破した。それは自分のいた世界……盾浜でも似たような事件、組織が多様にあったからだ。
「ふん、理解したか虫ケラ。だがそれなら余計に気を付けることだな。奴等には戦場に立つ上での矜持というものがない。死にたくなければ、あやつらを人と思わないことだな」
「あぁわかってるよ…………なあ!逆剥さんよお!!!」
 一狼は走りながら叫んだ。山の隅々まで響き渡る怒声にアスピスは一瞬、自分の周囲に人形の影が無数並走していることに気づいた。
「な……いつの間に……!?」
 なぜ気づかなかったのか?
 見れば黒衣に身を包んだ人間が十数人。自分達の周囲十メートル圏内に音もなく並んでいる。
「……………………」
 一狼の恫喝に一切反応はしない。しかし静かに、外套からナイフを取り出し始めた。
「へぇ、こりゃ思ってた以上に律儀さんじゃねぇか?」
 一狼もそこでようやく足を止めた。アスピスもそこで剣を構え応じる。
「道間違えてないか不安だったんだよ。お出迎えまでしてくれるなんてなぁ。いいやつらじゃねぇか」
 チンピラの前口上もほどほどに、そこで外套の一団は円を縮める。
「虫ケラ、油断などするなよ」
「ふん、余裕を持たねえと、このての輩は漬け込んでくるものなんだよ。まぁデモンストレーションにゃあちょうどいいだろう。かかってこいや外道ども。生まれたこと後悔するくらいにはボコらせていただくぜ!」
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