上 下
194 / 220

第161話 私の勝ちね

しおりを挟む

「悔しい……」

 地面に崩れ落ちたパトレシアが言った。

「悔しい、悔しい、悔しい」

 その声はだんだんと大きくなって、泣きじゃくるように彼女は何度も拳で地面を叩いていた。その身体はさっきのような神がかった魔力は消え失せようとしていた。

「私の……勝ちね」

 追い打ちをかけるようにシュワラが言った。
 目には見えないが、勝ち誇ったような笑みを浮かべていることは想像に難くない。

「『体裁を気にしたあなたの負けね』……」

「2回言うなぁ! あー、もー、どんだけ根に持つタイプなの、あなた!?」

「あら、知らなかった?」

「知ってたけどさ……」

 はぁとため息をついてパトレシアは言った。

「まさか、あんな子どもの時のことを覚えているだなんて。だって6歳にもなっていなかったじゃない。私とあなたが別れたのって……」

「でも、あなたも覚えていたでしょ」

「う……」

 パトレシアが起き上がる音がする。
 よっこいしょと声をあげて、服についたほこりを払った。

「と、当然でしょ。あの日々が今思えば、私の人生で1番平和な時だったんだから」

「私も同じよ。それからの私はずっと孤独だった」

「……孤独」

「そうよ。友達1人出来なかった。理解してくれる人もいなかった。そばに寄り添ってくれる人もいなかった。誰かに取り入ることでしか生きていけなかった。私の世界には敵と味方で区分されるような寂しいものだったの」

「それは……」

 パトレシアはと悲しそうな声で言った。

「私のせいだね。私が勝手にあんなことをしたから」

「……そうよ、反省しなさい」

「むぅ」

 シュワラの言葉にパトレシアが意気消沈するのが分かる。肩を落として、彼女はぼんやりと下を向いている。

 そんな彼女にシュワラは「だからね」と言って言葉を続けた。

「今度はちゃんと私に相談しなさい。私の方があなたより優れているんだから」

「シュワラ……」

「もう1人にしないでちょうだい。私とリタとあなた、3人いればこの故郷もきっともっと通りになるわ」

「……分かった」

 パトレシアは大きく頷いて言った。

「しょうがない。今回は私の負けね」

「今回は、ってあなたもなかなか負けず嫌いよね」

「だって4対1だから卑怯ひきょうじゃん。あ……そうだ、アンク! アンクはどこ!?」

 キョロキョロと辺りを見回したパトレシアが、俺の方へと駆け寄ってくる。
 ナツに支えられながら、俺もなんとか立ち上がったが、すぐにパトレシアに組み伏せられた。

「ばかばか!! なんて無茶するのよ!! こんなにボロボロになって、もう!!!」

「わ……悪いな」

「あー、もー、心配したー!!」

 後方で「私にも謝れ」とリタが抗議の声をあげているが、パトレシアは無視して俺の身体をぎゅうと抱きしめて言った。

「ごめんね、こんなやり方しか出来なくて」

「謝ることじゃないさ。俺も……悪かった」

「何が?」

 パトレシアはきょとんとした様子で言った。

「昔のことだよ。俺が無責任なこと言ったばかりに、こんな形になってしまって、申し訳なく思った」

「あぁ、そのこと」

 彼女は小さく頷くと、さらに強い力で俺を抱きしめた。

「それこそ謝ることじゃないよ。だってアンクの言ったことは嘘じゃなかった。私はどっちにしたって後悔していた」

「そうなのか……?」

「うん、最善な選択肢になんてなかった。あそこで間違いあったとしたら、私のおごり。1人でどうにか出来ると思っていた。それが私の罪」

 過去を悔やむように、涙で頬を濡らしながら彼女は言った。

「この都市を救えなかったのは、わたし。こんな瓦礫の山にしてしまったのは、わたし。たくさんの人が死んだのは、わたしのせい。全部、わたしが悪い」

「気にやむなよ。誰もお前を責めちゃいない。お前が正しいことをしようとしていたっていうのは、みんな知ってる」

「みんな……?」

「ほら、見ろよ」

 見えずとも感じる。
 パトレシアの頬を撫でて、上空に視線をあげさせる。

「あ……」

 雨雲が消えていく。
 真っ黒な暗雲が瘴気を吸い込んで、遥か上空でバラバラに散らばる。

 空が晴れていく。

「少なくとも最悪な選択ではなかった。そう思えば、ちょっとは救われないか」

「わたし……」

 太陽の光が差し込む。
 温かな輝きが頬を撫でる。風が吹いて、爽やかな空気を感じる。

「もう晴れないと思って……」

「少し時間がかかっただけだ。いつまでも誰かを恨み続けるなんてこと、出来るはずがないんだ。いつかはお前を許してくれる」

「……嘘みたい……」

 パトレシアはそういうと、しばらく俺の腕の中で大泣きしていた。言葉は出さずに、ただただ泣いていた。涙で顔がぐしゃぐしゃになるまで、彼女はずっと涙を流していた。

「アンク」

「おう」

「……助けてくれてありがとう」

 それを聞いて、頬が緩む。
 今俺が出来ることはとりあえず終わった。目を開けて、パトレシアがいる方向に顔を向ける。

「どうして……」

「ん?」

?」

 彼女の言葉に自分が置かれている状況を、ようやく認識する。見てなかったのではなく、『見えていなかった』のだと、理解した。

 まぁ良い。
 まだ生きてる。2人救ったんだ、安すぎるくらいの代償だ。

 唯一の感覚は闇の中に吸い込まれるような感覚だった。暗闇の奥から手が伸びて、俺を掴むと光の通さない深淵へと引きずり込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...