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第161話 私の勝ちね
しおりを挟む「悔しい……」
地面に崩れ落ちたパトレシアが言った。
「悔しい、悔しい、悔しい」
その声はだんだんと大きくなって、泣きじゃくるように彼女は何度も拳で地面を叩いていた。その身体はさっきのような神がかった魔力は消え失せようとしていた。
「私の……勝ちね」
追い打ちをかけるようにシュワラが言った。
目には見えないが、勝ち誇ったような笑みを浮かべていることは想像に難くない。
「『体裁を気にしたあなたの負けね』……」
「2回言うなぁ! あー、もー、どんだけ根に持つタイプなの、あなた!?」
「あら、知らなかった?」
「知ってたけどさ……」
はぁとため息をついてパトレシアは言った。
「まさか、あんな子どもの時のことを覚えているだなんて。だって6歳にもなっていなかったじゃない。私とあなたが別れたのって……」
「でも、あなたも覚えていたでしょ」
「う……」
パトレシアが起き上がる音がする。
よっこいしょと声をあげて、服についた埃を払った。
「と、当然でしょ。あの日々が今思えば、私の人生で1番平和な時だったんだから」
「私も同じよ。それからの私はずっと孤独だった」
「……孤独」
「そうよ。友達1人出来なかった。理解してくれる人もいなかった。そばに寄り添ってくれる人もいなかった。誰かに取り入ることでしか生きていけなかった。私の世界には敵と味方で区分されるような寂しいものだったの」
「それは……」
パトレシアはと悲しそうな声で言った。
「私のせいだね。私が勝手にあんなことをしたから」
「……そうよ、反省しなさい」
「むぅ」
シュワラの言葉にパトレシアが意気消沈するのが分かる。肩を落として、彼女はぼんやりと下を向いている。
そんな彼女にシュワラは「だからね」と言って言葉を続けた。
「今度はちゃんと私に相談しなさい。私の方があなたより優れているんだから」
「シュワラ……」
「もう1人にしないでちょうだい。私とリタとあなた、3人いればこの故郷もきっともっと通りになるわ」
「……分かった」
パトレシアは大きく頷いて言った。
「しょうがない。今回は私の負けね」
「今回は、ってあなたもなかなか負けず嫌いよね」
「だって4対1だから卑怯じゃん。あ……そうだ、アンク! アンクはどこ!?」
キョロキョロと辺りを見回したパトレシアが、俺の方へと駆け寄ってくる。
ナツに支えられながら、俺もなんとか立ち上がったが、すぐにパトレシアに組み伏せられた。
「ばかばか!! なんて無茶するのよ!! こんなにボロボロになって、もう!!!」
「わ……悪いな」
「あー、もー、心配したー!!」
後方で「私にも謝れ」とリタが抗議の声をあげているが、パトレシアは無視して俺の身体をぎゅうと抱きしめて言った。
「ごめんね、こんなやり方しか出来なくて」
「謝ることじゃないさ。俺も……悪かった」
「何が?」
パトレシアはきょとんとした様子で言った。
「昔のことだよ。俺が無責任なこと言ったばかりに、こんな形になってしまって、申し訳なく思った」
「あぁ、そのこと」
彼女は小さく頷くと、さらに強い力で俺を抱きしめた。
「それこそ謝ることじゃないよ。だってアンクの言ったことは嘘じゃなかった。私はどっちにしたって後悔していた」
「そうなのか……?」
「うん、最善な選択肢になんてなかった。あそこで間違いあったとしたら、私の奢り。1人でどうにか出来ると思っていた。それが私の罪」
過去を悔やむように、涙で頬を濡らしながら彼女は言った。
「この都市を救えなかったのは、わたし。こんな瓦礫の山にしてしまったのは、わたし。たくさんの人が死んだのは、わたしのせい。全部、わたしが悪い」
「気にやむなよ。誰もお前を責めちゃいない。お前が正しいことをしようとしていたっていうのは、みんな知ってる」
「みんな……?」
「ほら、見ろよ」
見えずとも感じる。
パトレシアの頬を撫でて、上空に視線をあげさせる。
「あ……」
雨雲が消えていく。
真っ黒な暗雲が瘴気を吸い込んで、遥か上空でバラバラに散らばる。
空が晴れていく。
「少なくとも最悪な選択ではなかった。そう思えば、ちょっとは救われないか」
「わたし……」
太陽の光が差し込む。
温かな輝きが頬を撫でる。風が吹いて、爽やかな空気を感じる。
「もう晴れないと思って……」
「少し時間がかかっただけだ。いつまでも誰かを恨み続けるなんてこと、出来るはずがないんだ。いつかはお前を許してくれる」
「……嘘みたい……」
パトレシアはそういうと、しばらく俺の腕の中で大泣きしていた。言葉は出さずに、ただただ泣いていた。涙で顔がぐしゃぐしゃになるまで、彼女はずっと涙を流していた。
「アンク」
「おう」
「……助けてくれてありがとう」
それを聞いて、頬が緩む。
今俺が出来ることはとりあえず終わった。目を開けて、パトレシアがいる方向に顔を向ける。
「どうして……」
「ん?」
「こっちを見ないの?」
彼女の言葉に自分が置かれている状況を、ようやく認識する。見てなかったのではなく、『見えていなかった』のだと、理解した。
まぁ良い。
まだ生きてる。2人救ったんだ、安すぎるくらいの代償だ。
唯一の感覚は闇の中に吸い込まれるような感覚だった。暗闇の奥から手が伸びて、俺を掴むと光の通さない深淵へと引きずり込んでいった。
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