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第157話 パトレシアとシュワラ

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 ◆◆◆


「昔の話が聞きたいんだね。私たちが何も知らない子どもで幸せだった時代のことだよ。陽の当たる明日を何の疑念もなく信じられた時のおとぎ話みたいなもの」

「俺は何が起こったのかを聞きたい」

「分かった……パトレシア……私の姉とシュワラはね、すごく仲良かったんだ」

 イザーブに到るまでの道中、リタはシュワラとパトレシアの事を話し始めた。

「ちょうど家も隣同士で、同い年だったからね。私もシュワラに良く遊んでもらってた」

「……昔のことですわ」

「そう、昔の事。しょっちゅう遊んでいたなぁ。庭を駆け回ったり、執事に隠れて木に登ったり、壁に落書きしたり、垣根を破壊したり……」

「えぇ……」

 パトレシア、シュワラ、リタと3人はまるで本当の姉妹のようだった。
 今では想像がつかないくらいに、3人の仲は良かった。喧嘩もするけれど、すぐに仲直りする。どこにでもいるような普通の女の子だった。

 けれど、そんな関係にも終わりが訪れた。

「学園に上がるくらいの時だったかな。私たちの両親の仲が悪くなった。良くあることだったんだよ。昨日の味方は今日の敵。シャラディ家と私たちの家は商売敵として対立し始めたの」

 事の発端は、当時のイザーブではごくありふれたことだった。
 土地の利権に関するトラブル。シャラディ家が取引していた中心部の土地を、パトレシアの両親たちが裏から手を回して横取りするようなことをした。

 それに激怒したシャラディ家は、今度は同じことを行った。スパイを送り込んで、取引の情報を盗み聞きして土地を奪い取った。

「ふたを開けてみれば、事が起こる前から私の家はリタたちの家にスパイを潜り込ませていたらしいですわ。表には出てなかったけれど、裏で同じようなことは既に行われていたの。一触即発だったというわけです」

「それから、お互いの家に出入りすることは当然禁止。街で会うところを見つかれば、無理やり引きがされた。私たちは大人の都合で友達じゃなくなってしまったんだ」

 仲良くしてはいけない、話してはいけない、近づいてはいけない。3人はそういう風に教育された。

 仲の良かったリタたちとシュワラも互いの親から、憎み合い競いあうような関係を強制された。

「学園に上がってからもそれは変わらなかった。2人とも頭が良くてね、1位と2位を争うような関係だった。もちろん、どちらかに負けると、ひどく叱責しっせきされる」

「ひどいな……」

「それでも私たちとシュワラは隠れて、遊んだりもしていたんだけれどね。お付きも知らない公園とかで遊んだり、こっそり手紙のやりとりをしていたりさ」

「子どもながらに理解はしていましたからね。大人の下らないプライドで自分たちの関係を変える必要がない。私たちはずっと友人で、これから何が起ころうと互いを憎み合うようなことはしないと、言葉には出さずも信じていました。それも……あなたたちが事を起こすまでの話です」

「……何が起きたんだ?」

 シュワラはそっぽを向いて窓の景色に目をやった。代わりにリタが少し後悔するような顔で言った。

「クーデターよ。私たち、イザーブの資産家に対してクーデターを起こしたの」

 それが起きたのは俺とユーニアがちょうど街を離れた後だったそうだ。シャラディ家を始めとしたイザーブの資産家の不正を、リタたちは告発した。もちろん、その中には自らの家も含まれていた。

「国のお偉いさん方は、ほとんど資産家に丸め込まれてしまっている。だから国王や聖堂の本山を動かせるほどの不正の証拠を集める必要があった。詐欺や偽造硬貨の製造、それから……」

「……人身売買とかですわね」

「そう、それが1番大きかった。孤児や辺境の住民たちを奴隷として売買していた記録があるの。その記録を証拠として、聖堂の大本山に訴状そじょうとして送ったの」

 女神教において、人間の身体は神聖なものとして規定されている。人身売買は女神教の聖典で大罪として記録されている。

 人身売買に手を染めていた人間は、イザーブの資産家のほぼ80パーセント。彼らは財産を没収されて、イザーブでの活動を抑制されることになった。

「まー、要は追放ね。シャラディ家の私たちの家の財産も没収された。牛耳ぎゅうじっていた資産家たちはイザーブの片隅に追いやられた。イザーブを覆っていた黒い霧はようやく晴れる気配を見せ始めた」

「どうして、リタたちはそんなことをしたんだ? 自分たちの財産を没収されてまで告発を……」

「……それはアンクのお陰なんだと思うよ」

「俺の?」

「うん」

 リタは頷いて、昔を懐かしむように窓の外に視線を向けた。

「私は聞いていないけれどね。あなたの言葉がお姉ちゃんを決意させたんだと思う。ユーニアとアンクと別れた後のあの娘は、決意を固めたように思えたから」

「そうか、俺が何か言ったのか…………ダメだ、全然思い出せない」

「記憶が戻れば、きっと分かるよ」

「そう願う。それで……クーデターの後はどうなったんだ」

「結論から行けば、うまくいかなかった」

 リタは小さくため息をついた。

「告発した後、私たちはイザーブの再建を始めたの。けれど妨害工作のせいでうまくいかなかった。追放されたくせに、それくらいの力は残っていたの。彼らの妨害さえなければ、きっとイザーブ侵攻も防げたはずだったんだけれど……全てはタイミングね。今更言っても仕方がない」

 資産家たちは結託けったくして、パトレシアを引きり下ろそうと画策していたらしい。水道を破壊したり、防衛設備を解体して、イザーブを弱体化させる工作をしていた。

 イザーブ侵攻が起こったのは、そんな時だった。

「まず最初に襲われたのは防衛設備を解体した商人たちよ。全員、死んだ。自業自得と言えばそれまでだけれど……でも、イザーブ侵攻では何の罪もない人たちも沢山死んだから」

 リタは拳を握り締めながら辛そうに言った。
 見張り台を解体されたせいで、住民の避難が遅れた。リタたちの活動に好意的だった露天の商人たちも含めて多くの人が亡くなったらしい。

「シュワラたち、カルカットに拠点を移した資産家たち以外はみんな死んだ。運が悪かったとしか言いようがないけれどね」

「……わたくしはそうは思いませんわ」

 リタの言葉にシュワラが口を挟んだ。

「この事件の責任の一端はあなたたちにあります。もっと言うなら、あなたのお姉さん、彼女が当時のイザーブの顔役でした。避難が遅れたのも、防衛の不十分さも彼女にあることは間違いありません」

「シュワラ、それは言い過ぎなんじゃないか。聞いていただろ、妨害にあっていたんだって」

「部外者はお黙り」
 
「部外者扱いかよ……」

「そうですわ。あなたが何を言ったのかはしりませんが、パトレシアのやったことは結果としてみれば、最悪な結果をもたらしました」

 シュワラはそう言って俺を鋭い視線でにらみつけて言った。

「言ってしまえば全部、自分で抱えて自爆したのよ、あいつは」

「それは言い過ぎじゃないか」

「それが事実です」

 ずっと胸に溜まっていた怒りだったのだろう。シュワラは吐き出すように「裏切られた」と言った。

「裏切られた……?」

「私はあの人のことを友達だと思っていました。ずっと信じていた」

 それはシュワラの口から出るには信じがたい言葉だった。さっきまで散々恨み言を重ねていた彼女からいまだに「友人」という言葉が出るとは思わなかった。

 意外にも、リタはシュワラの言葉に驚きも反論もしなかった。

「その意見に関しては、私も同意。あの娘は1人で何もかも背負いすぎる。シュワラにも私にも相談せずに、あの娘はクーデターを起こした。でも、シュワラ、きっとあの娘はあなたを傷つけまいと……」

「そんなことくらい分かります。ヘドが出るほどのお人好しだってことくらい知っています。だからこそ許せない……!」
 
 幼い頃に誓い合った約束をシュワラは語った。シュワラは足元にこぼすようにその言葉を放った。

「ずっと友達で居ようって言ったのに」

 それは彼女たちが幸福だったころに、目指した理想の姿だった。

「私たちが目指していたものは、同じだったのですから。いつか、必ず、私たちが普通でいられる世界を共に作ろうと誓った」

「……そう……だったね」

「あいつは私のことを共犯者はおろか、遠ざけるような真似をしました。自分だけ動いて、クーデターなんてものを起こして……! 1人だけ罪を背負って、苦労して、責任を負って、失敗した……!? そんなこと、許せるものですか!」

 シュワラの瞳は怒りに燃えていた。
 自分に対して、何も言わなかったこと。置いてけぼりにして、相談すらしなかったこと。全て1人で責任を負って、1人で苦しんでいたこと。彼女の怒りはその全てに向けられていた。

「……友人だと思っていたのは、私だけだったってことかしら」

 炎のように輝くシュワラの瞳から、涙が1粒落ちた。

 
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