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第147話 3番目の檻

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 また夢を見た。
 葉脈ようみゃくのように複雑に伸びる光。赤みがかった人の肌のような温かな色。その中に誰かが歩いて行って、包まれるようにして消えていった。

「朝か……」

 目を開けると、そこはいつもの通り自分のベッドだった。
 昨日、ナツと一緒に自分の家まで帰ってきていたことを思い出す。

 階下から聞こえるにぎやかな笑い声から聞こえる。どうやら、かなり寝すぎてしまったらしい。

「あ、アンクおはよー」

 リビングに降りると、テーブルを囲んでナツとリタが座っていた。手には生姜しょうが茶の入ったマグカップを持っている。

「ニックさんが作ってくれたのー、おいしいね、これ」

 キッチンで洗い物をしているニックに、ナツが声をかけた。
 しばらくは行動を共にした方が良いだろうということで、彼女は昨日からリタと一緒に家の離れで暮らしている。

「旦那さまの菜園で採れたての新鮮ですからね。なかなか立派に育っていて、味も良いんですよ」

「へー……ちゃんとらさなかったんだ」

「あっしがちゃんと世話しとりますからね」

 誇らし気にニックが言うと、ナツがおかしそうにクスクス笑った。

「そうだね。前はなかなか収穫しなかったからね」

「前……ですか?」

「前のメイドさんは大切に育て過ぎて、何でも枯らしちゃったんだよ」
 
 ナツがそう言うと、ニックが「優しい人もいたもんですね」と笑った。

「でも、その気持ちは分かりますぜ。この家の菜園は綺麗に整えられている。愛情を持って作られたんですな、その方は」

 感心したようにニックは言った。

「前のメイド……か」

 名前が思い出せずに、頭がピリリと痛んだ。

 ナツとの戦いを経て、記憶が修復されつつある。
 姿はおぼろげだが、その誰かと生活を共にしていたことは思い出すことが出来る。庭だけじゃない。この家具も、調度品も、ベッドも彼女と2人で選んだものだ。

 まぶたに浮かぶ彼女との生活を見ようとすると、めまいが襲った。

「あまり深入りしない方が良いよ。頭に負担がかかる」

「そう……だな」

 リタに忠告されて、記憶を思い返そうとするのを止める。
 瞑世めいせの魔法の影響からか、思考を巡らせようとすると頭痛が走り始める。その痛みの強さは日を追うごとに強くなっていた。

 時間はそれほど残されていないのかもしれない。

「旦那さま、生姜しょうが茶は召し上がらないんですか?」

 俺がマグカップに手をつけようとしないのを見て、不思議そうな顔で言った。湯気からは生姜の良い匂いが漂っている。ありがったが、口に入れようという気分にはならない。

「食欲がかなくてな」

「そうですか。珍しいこともあるもんですな。大好物ですのに」

「……そうだ。ニックに買ってきて欲しいものがあったんだ」

 ニックにメモ紙に買い物リストを書いて渡す。リタにばれないようにキッチンまで歩き、そこでこっそりとニックの手に握らせる。

 書かれた内容を見て、ニックは怪訝そうな顔をした。

「痛み止めですか。しかもこんなに大量の種類……」

「頼む」

「……嬢ちゃんたちにばれないようにってことですね。分かりました」

 俺の表情を見て察したのか、ニックはエプロンを解いて明るい調子で「朝ごはんは作っておいたので、食べてくだせぇ」と言って出て行った。

 ニックが扉を閉めて出て行ったあと、リタがジッと俺のことを見た。

「なに頼んだの?」

「野暮用だよ」

「ふーん」

「……ねぇ、ところでニックは戦わないの?」

 ナツがテーブルに皿を並べながら言った。

「これは俺の問題だからな。あいつはここのメイドだ」

「ニック結構強いはずだよ。戦力を出し惜しみしてる場合じゃないのに……負けた私が言うのもなんだけど」

「だからって戦わせる訳にはいかない。ニックは美味い料理を作ってくれる。それで十分だ」

 ナツはニックが作ったスクランブルエッグを一口含むと、驚いたように固まった。

「……確かにこの腕は私以上……いや、リタよりも上手いかも……」

 ブツブツと言いながら、ナツは凄まじい速度で皿を空っぽにした。

 並べられた料理はいずれも美味しそうだったが、食欲がかない。水とヨーグルトくらいが限度だった。

 あまり無理をする訳にはいかない。
 これからの戦いはさらに激しくなることが予想される。

「なぁ、今日変な夢を見たんだけど」

 牛乳で作ったシンプルなヨーグルトを食べながら、今朝見た夢のことを話す。
 その映像はぼんやりとしていて、うまく思い出せなかったが、それでも象徴的なシーンのいくつかは2人に伝えることが出来た。

 金髪の女の話をしたところで、2人はピンときたように頷いた。

「パトレシアだ」

「パトレシアね」

 2人ともその名前を口にして苦笑いした。

「パトレシア……そうか……分かる、気がする」

 また少し頭痛がする。
 垣間かいま見えた光景から目をそらす。

「……じゃあさっきの夢は本当のことか。あの場所も実際にあるものか」

「アンクが見たのは神の座だよ」

 ナツは「多分、アンクも一度は行ったことがあるんじゃないかな」と言って、俺の方を見た。

「アンクがこの世界に訪れる時、前の女神に導かれた場所と同じだよ」

「それは心当たりがあるが……あんな廃墟のような場所ではなかったぞ」

「あそこは前の女神の権威の象徴でもあり、5大元素の守り神をまつる祭殿でもある。女神の力が沈静している今、崩壊しようとしているのは当然なんだよ」

「じゃあ俺が見た七色の光は……」

「その元素神の力だね。5つあるステンドグラスには主神であるサティの力が分霊されているから」

 ナツは口元をナプキンで拭くとと言った。

「もうこの際だから全部話しちゃうけれど、私たちはそれぞれの元素神を一時的に借りている。火神アグニ地神プリトゥ天空神インドラ水神アパーム、それから風神ヴァーユ。女神の力を象徴するそれぞれを奪って、魔力を増幅ぞうふくさせていた」

「じゃあ、地神プリトゥはどうなったんだ」

「元のところに還ったよ、自分のものになる訳じゃないからね。もともと魔力を増幅させるのが目的じゃなくて、負担軽減のためだったの」

「負担軽減?」

「元素神は女神にとってほんの一部分の力。純粋な魔力は本体にこそある。封印するには女神の力を奪わなければいけないから、元素神の魔力を私たちに分け与えることで、彼女が取り込む魔力を最小限に抑えようとしていたの」

「そうか、いくら『異端の王』になったとしても、保有できる魔力には限度がある……」

 リタの言葉にナツは「そういうこと」と言って頷いた。

「『死者の檻パーターラ』を使ったのもリスクを減らすため。女神を封印するために、自分がパンクしてたんじゃ話にならないでしょ」

「確かに……」

 理にかなっている。
 味方を強力にして、自分自身は女神の封印に専念する。この計画を考えた人間は、どうしても成功させたいと画策したに違いない。

 彼女にはそれほど強い意志があった。

「……アンクの夢が現実だったとするならば……」

 マグカップに出来た波紋を見ながらナツは言った。

「猶予はあと1週間もないかもしれない」

 短い。
 短すぎる。
 
 俺に残された時間を聞いて、魔力炉がズキリと痛んだ。頬から冷たく嫌な汗が垂れて、テーブルの上に奇妙なシミを作った。

「覚悟は……していたんだがな」

 もう、たったそれだけしか時間は残されていないのか。
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