178 / 220
【共犯者たちの憂い(No.17)】
しおりを挟むどうして人は自らを犠牲にしてまで、他人を生かしたいと思うのだろう。彼は自分が助からないと知ってもなお、戦うことをやめないのだろう。
あるいは私が————
どうして私は自分の記憶を消してまで、彼を生かしたいのだと思ったのだろう。他の選択肢へ進むという疑念さえ持たないまま、この物語を選んだのだろう。
「つまりそれって愛じゃない?」
この疑問をパトレシアに言うと、彼女は迷いなく即答した。
「愛……ですか」
口に出すとこれほど軽い言葉はない。たった数文字で自分の感情を表せられるのだとしたら、こんなに簡単なことはない。
こんなに虚しいことはない。
諦めに似ている。
私には『愛』という言葉の先にもっと強い何かがあるような気がしている。
「私は壁なんてものはないと思うよ。愛の先には何もない。だって古今東西、すべての物語は愛に結びついてきたもの。女は王子さまと結びついて終わり、英雄は民を愛して終わり、神様は人間を愛して終わり。つまり、そこから先には何も物語は生まれない、めでたしめでたし」
「……だとしたら愛とは不毛なのですね」
「どうして、そう思うの?」
パトレシアは首をかしげた。
「めでたし、めでたしだよ。愛でたし、愛でたし。祝福されるのはともかくとして、虚しく思うのはナンセンスだよ」
「現に私たちはその愛のために争っています。これを不毛でなくて、何と呼ぶのでしょうか」
ふと自分たちがやっていることを疑問に感じることがある。
彼を騙して、彼を裏切って、彼を傷つけて、結局私は何がしたかったのだろうかと思う時がある。
自分の選択が全て間違っていたのではないかと、不安に思う時がある。
「互いが互いを思いやっているのに、私たちは何を争っているのでしょうか」
「愛を試すためだよ。どちらの愛が深いかをアンクとレイナちゃんは競っているんだよ」
「どちらの愛が深いか……ですか?」
私の言葉にパトレシアは頷いた。
「愛の強さだよ。この勝負はね、心が揺らいだ方が負けなんだと思う。アンクは解法を使ってまで、ナツちゃんを助けた。アンクの覚悟の方が強かった。だから私たちは負けた」
「私たち……」
「私たちの心には隙があった。手段を選ばなければ、アンクを止めることだって出来たはず」
パトレシアの言うことは間違っていなかった。
多少リスクを伴っても天罰として、アンクを止めることは出来たはずだ。
私たちはそれをしなかった。
「ね?」
「パトレシアさんの……言う通りです。私は『世界の目』で2人の戦いを見ていたのに加勢しなかった」
「思わず見届けたくなってしまった。彼の言葉を、彼の行動を見届けたいと思ってしまった」
「だから……私たちは負けてしまった」
「どうする? このままだと本当に私たちは負けちゃうよ」
パトレシアは本気だった。
逆に言えば、今だったら引き返すことが出来る。アンクの作戦に乗って、瞑世の魔法を途中でやめれば良い。
けれど、そうしたら、彼は……。
「……やはりダメです。あの人は自分を犠牲にして私たちを守りたいと考えている。それを認める訳にはいきません」
「私も同じ考え。それを私たちが許す訳にはいかない」
「……あの人を死なせたくはありません」
アンクの使った解法は非常に危険な魔法だ。
たとえ神の加護を持って生まれた身体だったしても、魔力炉の暴走を引き起こすのは危険過ぎる。あと、1回でも行えば彼の身体は再起不能になる。
「アンクさまを止めます。その為には瞑世の魔法の完成が不可欠です」
「あと、どのくらいかかるの?」
「少なく見積もっても、1週間はかかる予定です」
「1週間か……遠いね」
「アンクさまたちも私たちの時間がないことは気がついているでしょう。すぐに次の『死者の檻』の解除にかかるはずです。そうなった場合、私だけで瞑世の魔法を完成させなければいけません」
その言葉を聞くと、パトレシアは思い悩むように視線を下げた。
「1人で出来るの?」
「出来ないことはありません。ナツさんとユーニアさんからは、あらかじめ魔力を補填してもらっています。あとは封印した女神の力を一気に流し込めば、瞑世の魔法の完成まではまもなくです」
「そうなると……女神の封印がネックになってくるってことか……」
自分の髪に触れながら、パトレシアはしばらく考え込んでいた。
「レイナちゃん、頼みがあるんだけど」
「何でしょうか」
「時間稼ぎ。全部、私が請け負うわ。だから、レイナちゃんは女神の封印に専念してもらえない?」
「それはありがたいのですが……どうやってアンクさまに干渉するつもりですか?」
「私が、風神の力も引き継ぐ。それで十分でしょう」
「それは……」
パトレシアの発言に頬に冷や汗が伝う。
「パトレシアさんにかかる負担が大きすぎます。パトレシアさんにはすでに天空神と水神の力を需要してもらっています。さらに風神まで加えれば、精神への汚染は一層激しいものになります」
私がサティの力を取り込んだ時と同じように、元素神の力を吸収すれば、精神への汚染は免れない。神の力を取り込む代わりに、本来の人間性の喪失は進んでしまう。
「でも、レイナちゃんの瞑世の魔法の完成は早くなるでしょ。一石二鳥じゃない」
「ですが……」
「やるわ」
私の言葉を遮って、パトレシアは言った。
「勝機が少しでも高くなるなら価値はある。場所があそこなら、時間を稼ぐにはちょうど良いから」
「パトレシアさんの精神が持つかどうかが保証は出来ません。そうなると、あなたの本来の目的が……」
「大丈夫よ、レイナちゃん。前に言った通りこれは覚悟の戦いなの。心の隙を見せた方が負け。愛が深い方が勝って、少ない方が負ける」
パトレシアは私の側から立ち上がって、壊れかけたステンドグラスを見上げた。全くの躊躇もなく、意志の揺らぎもなく、彼女は風神を奉納しているステンドグラスに手をかざした。
「パトレシアさん……本当に……」
「これはね、私の戦いでもあるの。一度死んだ私が、生き返った意味があるとするならば、今度は足を踏み出すことを恐れないこと」
ステンドグラスから魔力が放たれる。
その光がパトリシアを包んだ。彼女の綺麗な金髪を、七色に染めていく。
光の中心に立ったパトリシアは、力を身に纏い大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ、レイナちゃん頑張って。どうか全てが上手くいくように祈ってるわ」
「はい。パトレシアさん、どうかあなたが自分の幸福を得られることを祈っています」
「私は死者だよ。もうこの先なんて無い」
「……死者だからこそです」
毅然とした姿勢で、自らを魔力の暴風の只中に置く彼女に語りかける。パトレシアの身体は奔流する魔力に、臆せずにさらに踏み込もうとしていた。
「死者だからこそ、パトレシアさんはより幸福な結末を選んでほしいのです。後悔しないことも大事ですが、意地ではなく意志で進んでください。私はあなた方を不幸にしたくて、呼んだのではありませんから」
「……ありがとう、レイナちゃん」
彼女はにっこりと笑って、さらに一歩。まばゆい光の中へと進んでいった。彼女の身体に、大量の魔力が流れ込み、彼女の魂を変化させていくのが分かった。
0
お気に入りに追加
368
あなたにおすすめの小説
最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした
服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜
大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。
目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!
そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。
まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!
魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
男女比世界は大変らしい。(ただしイケメンに限る)
@aozora
ファンタジー
ひろし君は狂喜した。「俺ってこの世界の主役じゃね?」
このお話は、男女比が狂った世界で女性に優しくハーレムを目指して邁進する男の物語…ではなく、そんな彼を端から見ながら「頑張れ~」と気のない声援を送る男の物語である。
「第一章 男女比世界へようこそ」完結しました。
男女比世界での脇役少年の日常が描かれています。
「第二章 中二病には罹りませんー中学校編ー」完結しました。
青年になって行く佐々木君、いろんな人との交流が彼を成長させていきます。
ここから何故かあやかし現代ファンタジーに・・・。どうしてこうなった。
「カクヨム」さんが先行投稿になります。
異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜
KeyBow
ファンタジー
間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。
何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。
召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!
しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・
いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。
その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。
上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。
またぺったんこですか?・・・
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
俺だけ成長限界を突破して強くなる~『成長率鈍化』は外れスキルだと馬鹿にされてきたけど、実は成長限界を突破できるチートスキルでした~
つくも
ファンタジー
Fランク冒険者エルクは外れスキルと言われる固有スキル『成長率鈍化』を持っていた。
このスキルはレベルもスキルレベルも成長効率が鈍化してしまう、ただの外れスキルだと馬鹿にされてきた。
しかし、このスキルには可能性があったのだ。成長効率が悪い代わりに、上限とされてきたレベル『99』スキルレベル『50』の上限を超える事ができた。
地道に剣技のスキルを鍛え続けてきたエルクが、上限である『50』を突破した時。
今まで馬鹿にされてきたエルクの快進撃が始まるのであった。
貞操逆転世界に転生したのに…男女比一対一って…
美鈴
ファンタジー
俺は隼 豊和(はやぶさ とよかず)。年齢は15歳。今年から高校生になるんだけど、何を隠そう俺には前世の記憶があるんだ。前世の記憶があるということは亡くなって生まれ変わったという事なんだろうけど、生まれ変わった世界はなんと貞操逆転世界だった。これはモテると喜んだのも束の間…その世界の男女比の差は全く無く、男性が優遇される世界ではなかった…寧ろ…。とにかく他にも色々とおかしい、そんな世界で俺にどうしろと!?また誰とも付き合えないのかっ!?そんなお話です…。
※カクヨム様にも投稿しております。内容は異なります。
※イラストはAI生成です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる