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第143話 それでも私は間違った選択を

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索敵サーチ

 捉えろ。
 どんなに大きくても、岩だけで構成されていたとしても、こいつは人の形をしている。だとしたら、1つ1つの岩の動きは人間の筋肉の動きを模倣もほうしているはずだ。

 設計者が人間であるならば、動かす際に使う部位は似ている。

「固定《フィックス》……!」

 支点となっている部位。腰部。太ももから左膝にかけて。もっとも魔力が集まっているところに対して、固定魔法をかける。

「ぐ、おぉぉぉおお!!」

 俺の魔法に反発するように、ナツの魔力がき上がる。
 魔力の過負荷で脳の奥がビキビキと音を立てる。頭の奥が沸騰したかのように熱くなっている。

 ここで引く訳にはいかない。
 たとえ脳みそが爆発しようと、全部の神経がダメになってしまおうと、ここを持ちこたえないことには道はない。

「く……そったれ……!」

 俺はどうしてもここでナツを救わなきゃいけないんだ。
 2度も失わないように。俺の目の前から消える彼女をもう見たくない。

「リタ……頼む!」

「うん、いくよ……!」

 出力調整が不可能だと言われた扇に、多くの魔力が注ぎ込まれているのが確認出来る。持ち手の方はまばゆく、直視できないほどの緑色の光で包み込まれていた。

 狙う場所は無防備になった土人形の右脚。
 足を踏み出したまま止まっている無防備の脚へと、全力の攻撃をぶつける。

「風の魔法、香運の舞ガンダヴァハ!」

 扇から風の刃が現れる。
 今まで繰り出したものより遥かに大きい。展開の衝撃でリタ自身の身体も吹っ飛ばされる。周りの木々をバターのように引き裂いて、風の刃は土人形の脚の部分を真っ二つに引き裂いた。

 足部分を破壊された土人形は、ぐらりとバランスを崩し、後ろの方へと倒れ始めた。

「『わ、なになに!?』」

 ナツが驚きの叫びをあげて、わたわた両腕を動かしている。バランスを崩した巨体は立て直すことが出来ず、ゆっくりと背中から地面に倒れようとしていた。

「今だ!」

 リタが俺の合図に合わせて、風の魔法を使って俺の身体を勢いよく吹き飛ばす。再びロケットのように発射された身体は、ナツのいる頭部に向かって、斜め45度の角度で跳んだ。

 今度は1人で跳ぶ。リタがいないので軌道変更はできない。もう後戻りはできないし、する余裕もない。

 ここで勝負を決める。

「『めないでよ……!』」

 土人形が雄叫びをあげる。
 身体のいたるところが分離して、とげのミサイルとなって発射される。飛翔する俺を追いかけるようにまっすぐ、突撃してくる。

「焦ったな、ナツ! 固定フィックス!」

 想定通りに向かってきた攻撃を弾く。
 まっすぐに向かってくるだけの攻撃なら、固定するのは簡単だ。発射された岩のミサイルを全て止めて、振り切って直進する。

「『地の魔法、そびえ立つものプリティブ・ムル』」

 今度は俺の行く手を阻むように、岩の壁が展開する。土人形の胴体からせり出すように次々と壁が現れる。

 軌道変更は出来ない。するつもりもない。
 音を立てて現れた壁に向かって、魔力を注ぎこむ。

固定フィックス!」

  展開し始めた岩の壁を、ぶつかる寸前で止める。数センチの余裕もなく、身体と岩がすれ違う。

 残りあと少し。土人形の首のところまで来ている。
 
「『もう! お願いだから止まってよ!』」

「嫌だ! 絶対に止まらない!」

「『止まれーーー!!』」

 イライラが爆発したように叫んだナツは、土人形を再びオレンジ色の魔力で包んだ。

 超高速移動。
 発動した場合、避けようがない。土人形がゆっくりと動き始め、攻撃を身構えた瞬間、ガクンとバランスを失った。

「『わ、なになに!?』」

 タイミングも完璧。
 お留守になっていた足元で、固定魔法が発動している。

「とった!」

 身体の動きは人体を模倣している。
 ひざの一部を固定するだけで跳躍は不可能になる。

 バランスを崩した土人形は超高速移動をすることができずに、膝をついた。土人形の頭部まで飛翔した俺は、ナツが立っている場所に着地した。

「アンク……」

 焦燥した顔のナツが見る。顔には焦りと、理解出来ないと言った困惑があった。
 
「どうして、どうしてなの……、こんなことをしても何の意味も無いって分かってるでしょ。私たちの記憶を取り戻しても、アンクの命は助からないんだよ。この戦いに何の意味もないじゃない……」

「それも何となく分かる」

「じゃあ、どうして……」

「……その答えはナツが教えてくれただろう」

「……私が?」

 ナツは訳がわからないという様な顔をした。

「私は何も教えていない」
 
 土人形の上から見える景色は恐ろしいくらいに高かった。あたりが点のようにしか見えなくて、それは凄く寂しい景色だった。

「ほら、ナツの家に言った日、覚えているだろう」

 あの夜のことも、ありありと思い出せるようになっていた。目を開けば、ソファに寝転んだナツの姿が浮かんでくる。故郷を出る俺に付いていけば良かったと言ったナツの姿を思い出す。

「あの時、自分で言っていたんだ。『そうだったとしても、私は間違った選択をする』って。そのセリフそっくりそのままナツに返すよ」

「それは……」

「俺の行いは間違いなんだろ。でもそれで良い。今の俺には間違っている方が、ずっと正しいように思える」

 今の行動がたとえ理に敵っていないとしても、そうしたいと思う欲望には叶わない。心のベクトルがずっと彼女たちの方向を向いているのに、それに逆らうことなんて出来るはずがない。

「俺はどうしようもなく、お前らに会いたかっただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」

「それって……後先考えてないってことじゃん」

 上空に風に髪をなびかせながら、ナツは吐き捨てるように言った。

「本当に無計画でここまで登ってきたってこと……? あきれた。本っっっっっっっ当に呆れた!!」

 ボウッと魔力をたぎらせて、ナツは顔をあげた。手をかざし地面を揺り動かした彼女は泣いていた。泣きながら笑っていて、俺と向き合っていた。

「アンクのバカ!」

「ナツ、俺は本気だ」

「……それじゃあ本当に私が出来なかったことじゃん! ここで間違った選択をくだせるなんて、大事な人のために全部捨てられるなんて! うらやましい! 悔しい! ねたましい!!!」

「……それは手放したら2度と手に入らないんだ」

「知ってる」

 ナツの身体がゆらりと動く。
 次の攻撃が予測出来ない。凄まじい魔力を持ったナツは土人形を失っても、なお凄まじい魔力で俺と対峙していた。

「だったら、私もワガママを突き通すから。ここで私があなたを倒す。アンクに私は救わせない。私があなたを救う」

「そうは……させない」

 ナツに向かって1歩踏み出す。
 死への恐怖なんかとっくになくなっていた。今はそれよりもずっと怖いものがあって、それへの恐ろしさだけで俺は歩くことが出来ていた。

 今の俺にとっては、彼女たちとの、ナツとの輝かしい記憶を失う方がずっと怖かった。


 それに比べたら、やがて訪れる死はどうでも良いくらいにちっぽけなものだった。
 
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