上 下
169 / 220

第139話 旧サラダ村跡地へ再び

しおりを挟む
「いやぁ、ゆうべはずいぶんとお楽しみだったようで!」

 翌日起床してキッチンに降りていくなり、ニックは開口一番、元気良く言った。

「どこで覚えたんだそんなセリフ……」

 少し寝すぎてしまったようだ。午前9時と言ったところだろう。さんさんと輝く太陽がカーテンの隙間から覗いている。今日も良い天気だ。

「おはよー、アンクー」

 俺より少しあとにリタが起床した。昨日、魔力補給を行ったせいか顔色が良いように思える。

「あら、奥さま! おはようございます!」

「やー、もー、奥さまだなんて。やぁねぇ!」

 満更まんざらでもない顔でリタは平手でバシンとニックに肩を叩いた。地味に痛かったらしく、ニックは「うぐっ」とうめき声を漏らした。

「いやぁ、絶好調だね。魔力もみなぎっているし、女神狩りにもってこいの日だね」

「女神狩りって……」

「いやぁ、冗談、冗談! さー今日の朝ごはんはなにかなー」

 完全にリタの地に足が付いていない。こんな調子で大丈夫なのだろうか。少し不安になってきた。
 
 ニックが作ってくれた生ハムのサンドウィッチを食べる。
 この食事も大変お気に召したらしく、リタは余ったサンドウィッチをバスケットの中に詰めていた。

「まるでピクニックだな……」

「良いの良いの、腹が減っては何とやら! あ、ニック、コーヒーを水筒につめておいて」

「はいよぉ。ところでどちらに行かれるんで?」

「旧サラダ村跡地よ」

「……そりゃまぁ大変なところですが……まるでピクニックに行かれるみたいですなぁ」

「そう思うよな」

「これくらいテンション上げていかないとやってられないのよ」

 かくして左手にサンドウィッチの入ったバスケット、右手にコーヒーの入った水筒を抱えたリタと共に旧サラダ村跡地へと向かうことになった。

「よし、準備万端! レッツゴー! ニック、行ってきまーす」

「気をつけてー」

 ニックに送り出されて家を出た。
 隣を歩くリタは鼻歌を歌いながら、軽快な調子で歩いていた。

「キャラ崩壊していないか」

「実は緊張でガッチガチよ。テンション上げてるのは現実逃避……コーヒーいる?」

「いただきます」

 旧サラダ村跡地までは一旦国道まで出てから、森の方へと道を外れる。
 子どもの頃暮らしていた村だから、ある程度まで行けば、俺の庭みたいなものだ。

「ところで旧サラダ村のどの辺りまで行けば良いんだ? 村って言っても面積はそこそこあるし、離れたところに建っている家もある。瘴気しょうきが出ているから、のんびり探索している余裕もないぞ」

「そんなの簡単。瘴気の濃いところへ行けば、自ずと分かるわよ」

「つまり危険な方に進めってことだな」

「そういうこと」

 国道を外れて、森の方へと進んでいく。
 湿った地面を慎重に踏みしめながら歩く。視界の先には不気味な霧が立ち込めている。獣の呻り声が遠くから聞こえてくる。

「久しぶりだな、ここに来るのも」

「それ、本当?」

「え?」

「つい最近も来たことあるんじゃないの?」

 そういえば、そんなこともあるような気がする。
 べとりと肌につくような嫌な湿気。おぼつかない視界。そして前を歩く、騒がしい鳴き声をあげるロバ。

 そして、その上に乗った小さな人影。
 間違いない。記憶の鍵が近づいてきている。

「こっちだ」

 なんとなく分かり始めてきた。右へと方向を変える。
 瘴気が濃い方向。歩くたびに心臓が高鳴る方向へと進んでいく。

 ……呼吸が苦しい。

「アンク、危ない!」

 リタが叫び声をあげる。
 その間にも森のハンターは、俺のすぐ背後へと迫っていた。

 ただの獣じゃない。
 長い胴体としたたかな頭脳を持った怪物。

「なんで……ナーガがここに」

「風の魔法、裂戒の飛ヴァイス!」

 牙を向けて襲い掛かってきたナーガに、リタが手刀を放つ。圧縮された空気が、鎌のような形になって無防備なナーガの首を襲う。

「ギャオオオオオオオ!!」

 断末魔をあげてナーガは崩れ落ちた。胴体と首が真っ二つに裂かれて、蛇の魔物はだらだらと気味の悪い血を地面に垂らした。

 でかい。
 人間の数倍のサイズはある巨体だ。

「どうして、こんなところにナーガが……?」

「本来は存在しない幻影魔獣だよね。『異端の王』が手ずから作り出した魔物が、まだこんなところにいたなんて。まるで……」

 ————まるで、あの時みたいだ。

 そう口走ろうとして頭痛が走る。脳みそを針で刺されたような鋭い痛みが、頭の奥を襲う。

「いっつ……!」

「大丈夫か?」

「……問題無い。ナーガは強力な毒を持っている、気をつけろよ」

 周囲に向けて索敵《サーチ》を展開する。
 勘の良いナーガたちは俺が魔法を展開したのを確認すると、すぐさま補足範疇外へと距離をおいた。やはり、一筋縄ではいかないようだ。

「索敵範囲を拡張したいけど、魔力の消耗が厄介だな……面倒な敵だ」

「あまりここで魔力を消費し過ぎない方が良い。本番はまだこの先にいるから、アンクは索敵を解いて大丈夫」

「しかし……」

「私がなんとかする」

 そう言うとリタはポケットから大きな扇子を取り出した。白い羽が飾り付けられたそれを掲げると、持ち手のところから魔力を注ぎ込み始めた。

「魔導具か」

「わたしの魔力を増幅させる様に作られた特化型の魔導具。……危ないから、ちょっと下がってて」

 リタは扇を掲げて、前方の森へと向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】 その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

CV〇〇〇〇とか最強じゃん~憧れの声優〇〇〇〇の声を手に入れた男の勘違い成り上がり~(〇〇〇〇にはお好きな方の名前を入れてお楽しみください)

星上みかん
ファンタジー
親の借金を返すために睡眠時間を削ってバイトをしていた高校生のハルは、無理がたたって過労死してしまう。 異世界に転生して喋ってみると、なんとあの大人気声優〇〇〇〇(お好きな声をご想像ください)の声になっているではないか。 これは無双確定だな……ってあれ? なんか弱いような…… ……まぁCV〇〇〇〇だし大丈夫だろう! *CV〇〇〇〇の部分にはお好きな方の名前を入れてお楽しみください。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

処理中です...